その98
支部長との極めて平和的な話し合いから一月と少しが経った頃。
学期末のテストも終え、終業式も既に過去となりクリスマスを目前に控えた冬休み初日。
聖夜のデートに向けて本日はゆったりまったりと……修練に励んでいた。
「なぜだ」
「うーんやっぱり駄目みたいだね」
ずっと以前から試行してやはり駄目だったから予想していたことではあったが、しかしどうしてもなぜと首を傾げてしまうそれに笹倉さんは苦笑していた。
――――こちらの魔法。
その習得は勇者印の成長補正を持ってすら今日に至るまでできておらず、ばかりかその欠片にさえ触れられずにいた。
一体どういう理由から習得できないのだろう。不思議な話である。
とは言えだ。
何も成果が無いわけでもなく、魔法陣を身体の内側に形成することによって一般人の目を避けて魔法を使うことが出来るようにはなり、また認識阻害も改良してわざわざ認識を阻害したい人を陣内に入れる必要もなくなった。
おかげで笹倉さんの手を煩わせることなく空を飛んだりすることもできるようになったわけだが……うむ。いい加減諦めるか。
なんとなく習得できないことが悔しくて今日までずっとやってきたわけだけども、成長補正の力もあるのにこのザマともなれば何かしらの要因で不可能なのだろう。
「ところで、エージさんはまだ……?」
「ん、ああ。まあね」
俺が魔法習得を諦めたのを察した笹倉さんがふと思い出したのかエージについて尋ねてきたので俺は頷く。
そう、気がかりなことといえばエージのことだ。
どうもここ最近は余裕がないらしく連絡がなかなか取れないし、取れてもどこか焦っているようですぐに念話を一方的に切られたりしている。
断片的に聞いた話だと、以前聞いた対悪魔教団との状況がよろしくないらしい。
なにか手伝おうかと聞いても見たが固辞されてそのままだ。
ビジョンで覗き見してみるかとも思ったがそれも対策されていてこちらから向こうの様子を窺い知ることはできなかった。
向こうが助けを固辞し、情報もない以上エージを信じる他ないのだがこうも長期間に亘って音信不通が続くと不安にもなるというものだ。
そして。
噂をすれば影がさすとでも言うべきか、その日の夜。
エージから連絡が入った。
『すまん! ゲート開いてくれ!』
(は?)
ふいにエージと念話がつながった感覚がしたかと思えば開口一番に告げられる要請。
突然のことでわけも分からず困惑の声を返せば、ひどく焦燥した様子でエージは叫んだ。
『いいから! 頼む! 速く!』
「っ!?」
「ど、どうしたの!?」
切羽詰まったその声に戸惑いつつも俺は立ち上がり、ゲートを開くだけのスペースのある場所へと移動する。
そんな俺に笹倉さんが驚いていたがその声には答えられず、エージのもとにゲートを開きはじめる。
そうしてこちらの準備が整い、それを伝えようとするよりも速くゲートが繋がった。
「うお!?」
途端にゲートを通ってきた大きな影に驚きそれを思わず避ける。
一体何が……っとそれを確認するよりも速く何やらやばいものがゲートから出てくる気配にそちらに集中する。
『っ! 防げええええ!!』
そうエージが叫ぶのと同時、ゲートから飛び出してきたのは鋭く細い何か。
よほどやばい代物か、命の危険すら感じつつもそれがスイッチとなって意識だけが加速して世界がスローになる。
そうして戦闘用に意識が切り替わりようやく確認できたそれは何やら神聖なものすら感じさせる淡いオーラを纏う銀色の槍だった。
それは先程避けた何かへと向かっているようで、直前のエージの叫びが脳内で響く。
瞬間、俺の体はそれを止めようと動き、現実には目にも留まらぬ速度で飛来したそれの柄を掴むことに成功した。
「っ!?」
しかし掴んだ槍は想定以上に速く、そして重かった。
わずかに勢いを落としただけでなおも直進する槍に引っ張られ、体勢が崩れそうになる。
予想外の威力に驚きつつも、即座に強化魔法を使い体勢を立て直すと無理矢理に軌道をずらしにかかる。
明らかに何かしらの魔法がかけられたそれは俺の力をもってしても本当に少しずつしか軌道を変えられず、このままではターゲットであろう大きな影……否、人物の右肩を貫くコースであり、それですら絶対にダメだという直感が叫ぶ。
あともう少し! もうちょっと!
頭の中で繰り返し叫び、歯を食いしばってしかしそれでも……!
そう思ったその瞬間、目の前まで迫っていたその人物が何かに引っ張られるように大きく動く。
「――らぁ!!!」
なぜ、とは思わなかった。
この状況でそれができる者など一人しかいなかったからだ。
もう憂いはないと俺は槍を止めることに集中する。
槍はターゲットが大きく動いたことでそちらへと方向を変えようとする力が働いていたが、先程まで俺の力は少なからず槍の軌道を逸らせていたのだ。今更それを許すわけもない。
そうしてそのまま槍は部屋の壁へと向かいついには衝突した。
ただの壁であればその槍は容易く穿っていたであろうが、あいにくとその壁には笹倉さんを何が何でも守るため、そして俺自身の暴走対策にと過剰に過剰を重ねた防衛機構を備えている。
故にその槍の一撃は壁を穿つことはなく、結界はそれを受け止めてみせた。けれども槍に込められていた魔法も相応に強力だったようで、結界は大きく波打ち、頻繁に強い光が放たれる。
それでも壊れることなく結界は槍を受け止め続け、しばらくして槍が纏っていたオーラもすり減って行く。比例するように結界への負荷は小さくなり、ついには槍に込められていた魔法のすべてが尽きたのか動きを止めた。
同時に掴んでいた部分が突然強度を失ったかのようにグシャリと砕けて床に落ち、その衝撃で槍は粉々に砕け散ると魔力として空間に霧散してしまった。
どうやら槍そのものが魔法で作られたものだったようだ。
しばらく警戒するも他に特に異常はなかったのでホッと一息吐いて振り向く。
「新城くん……」
「……やっぱりか」
笹倉さんが抱えているのは、気絶している様子の小柄な女性。
見ればところどころ穴が空いていたり焦げていたりとボロボロになったドレスを纏い、朱色の長い髪もボサボサで傷んでしまっているが、間違いない。エージの神でもあるルミナスさんだ。
なるほどエージが慌てるわけだ。
ドレスだけでなく、彼女自身もボロボロでそこらかしこに切り傷であったりあるいは何かに貫かれたような傷が見える。
だが不思議とその傷から出血する様子はなく、さらには徐々にではあるが塞がっていくのが確認できた。
痛むのか厳しい表情をしているが、呼吸自体は落ち着いており、魔法で探査してみても容態はとりあえず安定しているらしい。
とはいえ明らかに重傷なので軽く回復魔法を掛けて変な拒否反応が出ないことを確認してから本格的に使い傷を塞いでおく。意識は戻さないがそれでも幾分表情も和らいだので一安心だ。
それを伝えれば笹倉さんも安心したように表情を和らげると、彼女をベッドまで運んでいった。
無事とわかった以上、服がボロボロなルミナスさんを俺が運ぶというのは憚られる為運ぶのを任せて見送りつつ彼女が無事であることをエージへ伝えようと念話をつなぐ。
とはいえ直前の状況とかさっきの槍のことを考えると相当な修羅場にいそうだから簡潔に伝えるだけにしておこう。
(槍は防いだ。ルミナスさんも容態は安定してるぞ)
そう伝え、念の為しばらくは念話を繋いだまま待ってみる。
だがやはり余裕がないのだろう反応が帰ってくることはなく、仕方なくエージの無事を祈りつつ切ろうとしたそのタイミングで。
『…………よかった』
小さく、弱々しく、けれども心底安心したようなエージの声が聞こえてきて、直後繋いでいた念話が断ち切られたのを感じ取る。
(おい)
そのあまりにも弱々しい声に嫌なものを感じ、慌てて念話を繋ごうとするも繋がらない。
(おい、エージ? なあ!?)
何度も何度も繋ごうとしてみるが、一向に繋がる気配はなく。
(……嘘、だよな?)
言葉にできない喪失感が俺を襲った。




