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95/112

その95

 某日。土曜日の昼下がり。

 その日、笹倉さんの携帯が着信を知らせる音を響かせた。


「あれ、夢野さんからだ」

「何も無しに電話は珍しいな」


 かつて海の底で出会ったフリーの魔術師である夢野さんと笹倉さんは、あれ以来なんやかんやとそれなりに親しい関係を築いていた。

 実際その伝手で彼女は異界浄化の仕事を受けることができたりしているわけだ。

 俺もまた直接ではないがその恩恵を受けている。

 そんな夢野さんと笹倉さんの連絡手段はもっぱらメールで、電話するときも事前にメールで確認が入るのが常だったので、そういうのなしに直接電話がかかってきた現状はなかなかに珍しいと言えた。

 だからなんとなく俺もそれが気になって、読んでいた本に栞を挟んで仕舞い、そちらへと意識を向ける。

 それから電話に出た笹倉さんだったが、あいさつなど定番のやり取りを交わした後少し戸惑った様にしながらもこちらへと視線を向けてきた。


「どうも、私だけじゃなくて新城くんにも伝えたいことがあるみたい」

「へえ。なんだろ」


 どうやら夢野さんが用があったのは笹倉さんにではなく俺たち二人にであったらしい。

 俺がいよいよ聞く姿勢を整えたのを見て笹倉さんがハンズフリーの機能をオンにしてくれる。

 その空気を察したのだろう、直後に夢野さんの声が携帯のスピーカーから聞こえてきた。


『どうも。突然の電話ごめんなさいね。どうしても伝えないといけないことがあって』

「構いませんけど、いったいどうしたんですか?」

『ええ、ちょっとね。その前に聞いておきたいのだけれど、あなたたち全国に現れるっていう巷で話題の謎の売人については知ってる? 便秘がよくなるビタミン剤を――」

「ぶっ!? ゴホッ! ゴフッ……」

『ちょっと大丈夫?』


 むせた。

 夢野さんにとってはただ話をする前提でしか無いのであろう情報を聞いて思いっきりむせた。

 少し前、オカルト番組で取り上げられたほぼ確実にデージの仕業であるそれ。

 あのときも驚いたけど、まさかこうして知人の口からその情報を聞くことになろうとは……ああ、喉が痛い。

 しかし、どうして夢野さんが?


「すみません、飲み物が変なとこ入って」

『ああ、辛いわよね。大丈夫そうなら話を続けるわよ?』

「は、はいどうぞ」


 内心の動揺を隠し、即興の嘘で誤魔化しながら息を整える。

 まあ、半分はホントの事だ。飲み物じゃなくて唾ってだけだし。

 笹倉さんにも既にデージについては話しているためにいろいろ察したらしく、隣からジトーっとした視線を感じるがそれもスルーだ。


『で、便秘がよくなるっていうビタミン剤を売ってる売人がいるっていう情報は知ってる?』

「えっと、一応」

「私もそういうニュースがあったって新城くんから聞きましたよ」


 実際はその真相だって笹倉さんには話してあるけどね。

 こうして俺たちに連絡が来てる時点で無駄なあがきにも思うが、下手にあれこれいって自爆する必要もあるまい。


『この売人がもしかしたら向こうの住人かもしれなくて。それも意思疎通できるようになった、ね』

「意思疎通、ですか」


 どうやらそういう魔物もいるってことを魔術師界隈でも把握はされていたみたいだ。

 くそう、やはりデージと俺の関係性がバレたのか?

 いや、まて。まだ続きがありそうだ。


『うん、そういうのがいるのよ。まあ、その辺り詳しくはまた今度ね。その件について今いろんな人たちに話を聞いてるらしくて、あなたたちにも話を伺いたいみたいなの。それで明日、日が昇ってるうちに斡旋所の支部のほうに来てほしいってことなんだけど、大丈夫かしら?』

「ええ、特に予定も無いんで大丈夫ですよ」


 どうやら夢野さんも伝言役を任されただけで呼び出しの詳細は知らないらしい。

 それに話の流れから別段俺たちをピンポイントに呼び出してるわけでも無いようだ。

 これならまだ大丈夫だろうか?

 どちらにせよここで拒否すれば疑いを強めることになるし、伝言役を任された夢野さんに迷惑がかかってしまうということで逃げることなく呼び出しには応じることにした。


「それにしてもどうして夢野さんが?」

『私も今日呼び出されたのよ。どうやら、ここ2ヶ月でちょっと困難なところを担当して貰った人を呼んでるみたい。で、あなたたちとは一応伝手があってちょうどいいからってことらしいわ』


 なるほど、そういうことか。

 呼び出しであれば斡旋所の方から直接連絡すればいいのにと思ったが、彼女も呼ばれていたわけだ。

 その際に向こうの人が俺たちとの伝手に気づいたってところか。

 それにしたってやはり直接連絡してくればと思うが、ある程度気心の知れた相手からという一種の配慮かもしれない。

 そうした配慮がされるってことはいろんな人から話を聞いて必要な情報を集めてるだけなのかもな。

 となれば、下手なことを言わなければこの件に本格的に巻き込まれることは避けられるかもしれない。


『ってことで確かに伝えたからね。面倒だと思うけどよろしくね』

「はい、こうして呼ばれた以上はちゃんと行きますよ。伝言ありがとうございました」

「舞さん、ありがとう。また今度遊びにいきましょう」

『ええ、喜んで。それじゃあね』


 少し楽しげな声を最後に通話は終わり、しばし聞いた内容を整理して……ため息を一つ。


「さて、何を聞かれるやら」

「まだ情報収集って感じみたいだけど……それに関する情報を私達は知っちゃってるもんね」


 既に適当に誤魔化すというのは決定事項だが、向こうが望む答えを持ち合わせているというのはなんとも面倒だ。

 こちとら所詮は高校生だし、向こうの取り調べに口を滑らしたりしないか今から不安である。

 まあ、腹をくくるしかあるまい。

 いざとなればデージ達を売ろう。

 彼らが蒔いた種なのだから、彼らに責任を取ってもらうのが普通だ。

 デージを生み出した要因が俺にあったとしても、そんなことは関係ない。大丈夫、俺とデージの仲だ。きっと笑って許してくれるだろう。







 しかしそれでなんとかならない場合も考えて今のうちにできることはしておこう。

 そんなわけでとりあえず笹倉さんには件の当人と話すと告げて、それから実際に念話を繋げる。


(おい、このゴミカス売人。話がある)

『は、何その呼称……え、もしかしてなんか騒ぎになってる?』

(もしかしなくてもガッツリなってるわ!!! てめえ、こっちが優しさからスルーしてやってたのに!)

『いや、それ関わるの面倒くさがって……』

(シャラーップ! で、ともかくだ。今日斡旋所の方から連絡があったんだよ。便秘解消ビタミン剤売ってる売人が魔物っぽいから情報が欲しいから来てくれってな)


 この野郎、俺がこうして伝えるまで騒ぎになってることなどてんで気づいちゃいなかった。

 こんなことなら先日テレビで見た時即座に文句言っておけばよかったわ。

 しかもこいつ俺らおなじみの制裁が効かないチートだから質が悪い。


『あー、まじか。現世に行くときは完全に姿変えてたし、俺が魔物とはバレても雄二との関連性はまず疑われないと思ってたんだけどな』

(いや、向こうも断定してるわけじゃなくてここ2ヶ月でやや浄化困難とされる異界を担当した者を呼んでは話を聞いてるらしい)

『ここ2ヶ月? っていうともしかして俺が生まれた時期に絞ってたり?』


 言われて気づく。

 なるほど確かに二ヶ月というとデージが爆誕した日が中間ぐらいになる。

 つまりデージ爆誕日の前後一ヶ月に焦点を当てて時期を絞っているというわけだ。

 わざわざその時期に絞っているということは……?


(んー、デージが生まれた時期に気づいてる?)

『さあね……単純に俺が現世に現れ始めたのがここ一ヶ月だからかもしれんし』

(あーそっちのほうが自然か。無駄に裏を探りすぎか)

『まーしょうがないだろ。面倒事ってのは思考を鈍らすもんな』

(てめえのせいだろうが!!!)

 

 何を他人事のように……!

 くそう、こいつに尿便意コントロールが効かないことが腹ただしい。

 何か、こいつにも聞く制裁を考えておかなければ。だがそれは後にして先に用事を済ませとこう。


(はあ、さておきだ。明日はとりあえず誤魔化すけど万が一の時はお前売るからよろしく。あとそれでどうにもなりそうになかったらお前とユキネの……)

『さんをつけろ』

(……ユキネさんの力も借りたいから協力してくれるように説得しといて)


 面倒事はそもそも巻き込まれないように気をつけるのが一番で、巻き込まれそうになったらなんとか回避が次善の策だろう。

 それらに失敗したら次は妥協案の提示だが、それもダメなら後はもう圧倒的武力によって黙らせるしかあるまい。

 そんなわけでその辺りの協力を取り付けておこうというわけだ。

 俺の提案にデージは少し呆れた様子を見せるが、元はと言えば身から出た錆ということもあってか、最後には了承してくれた。

 ふふふ、これで万が一の時はなんとかなるだろう。

 とはいえ、流石にこの切り札は本当に本当の最終手段。

 それこそ抹殺とか不当に拘束されそうになったりでもしなければ、使うつもりは毛頭ない。

 こっちの世界は情報やら権利やら義務やらの柵が大きいために力で目立つのはやはり避けておきたいのである。


 さて、一先ず俺程度で考えられる備えはできたし、後は明日の結果次第。

 どうか準備やら不安やらが全て無駄に終わることを祈っておくとしよう。

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