その94
デージ爆誕から一月程経ったある日の昼下がり。
部屋をこれでもかと飾り付け、あら方の準備を終えた俺はなんとなくテレビでやっていた都市伝説特集を見ていた。
『今、東京の新宿で怪しげな売人が――』
という流れから始まったそれは、なんでも日が暮れた頃に現れる男女二人組がビタミン剤を売りさばいているというものだった。
そりゃまあ、路上でビタミン剤売るとか確かに怪しいし色々問題もアリそうだけどもだからといってその程度で都市伝説とか最近はその手のネタも尽きてきたようだな。
そう思っていたのだが、次の言葉に俺は興味を持ってしまう。
『こちらにありますのはビタミン剤。しかし売人はこれを便秘に良く効く祈りが込められたものとして販売していたようなんですね』
便秘……?
いやいや、安直だとは思うけどね。
なんとかに効くパワーストーンだとかまあ、そういうタイプのやつと同じだと思うんだ。
そう思いつつ見ているとそれに関する再現VTRが放送され始めた。
曰く、売人はハッキリとこれはビタミン剤だと告げ、私が祈りを込めたから便秘を解消する効果があるのだと喧伝して新宿を歩いていたらしい。
無論そんな怪しげな商売に乗るものなどそうそういないのだが、そういうのをおもしろがって買う人も案外世の中にはいるようだ。
挙句、本当に飲んじゃった人もいてそれが都市伝説の始まりになったとか。
その人は長年便秘に悩んでいて、ある時気の迷いでそのビタミン剤を買ってしまったらしい。
で、その日の夜に酒を飲んで酔っ払った勢いでそれを飲んでしまったのだが、なんとびっくり次の日の朝には便秘はバッチリ解消してブツはスッキリおさらばしちゃったらしい。
そんな体験をした人が次々と現れ、口コミで徐々に徐々に広まっていったようだ。
ある人がそれを飲んで効果を実感し、あまりの効果の高さを不審に思い病院で検査してもらったらしいが身体に異常はなく、残っていた錠剤を調べてもらっても本当にただのビタミン剤だったという。
そこからこれは本物の祈りが込められているだとか、そういう話も流布されるようになり、ついにはこうしてこの番組に取り上げられるようになったと言うわけだ。
いや、なるほど。
便秘に効く魔法のビタミン剤。
まあ、たしかに都市伝説っぽいといえばそれっぽいネタかもしれない。
どちらかと言えば新手の詐欺として取り上げそうなものだけど、そうでないのは実際に効果があったからだろうか?
もしくは他の番組では詐欺とかで騒がれているのかもしれない。
そんなことはさておきだ。
なんとも嘘くさい話だが、番組で売人の特徴も放送されていたのだけどそれがどうにも気にかかる。
男女二人組で、女の方はどえらい美少女で白い着物姿、男の方はいつも真ん中にどでかく『D』と一文字だけ書かれたクソダサTシャツを着ていたらしい。
便秘に効くビタミン剤。
そして売人の姿。
この二つの情報を与えられると、どうにもこうにも俺の脳裏にはある二人の人物が浮かび上がってしまう。
つか先日には東京の土産買っておいてやったぞとかテレパシー来てたし、絶対あいつらだろ。
何やってんだあのアホは。
もちろん他人の空似だとかそもそもガセネタの線もあるにはあるけど、俺の中ではほぼ確信となっていた。
無論、聞けばすぐに分かることであるがそれはしないでおく。
向こうが特に報告してこないことだ。
触らぬ神に祟り無し。いると分かっている蛇を藪から出す必要もなかろうて。
さて、そうしてなんとも奇妙な番組を見てからしばらくして、そろそろ愛しい笹倉さんが帰ってくる頃合いとなった。
とりあえずテレビは切っておくとして……おや。
「ただいまー」
「おかえりー」
噂をすればだ。
玄関が開かれると同時に掛けられた彼女の声に普通に応じつつ、彼女がリビングにくるその時を待つ。
そして扉が開かれ彼女のご尊顔が見えたその瞬間、手の持ってた複数のクラッカーを同時に鳴らした。
「ひゃ!?」
「誕生日イブ、おめでとーーーーー!!!!!」
驚いた様子の彼女にお祝いの言葉とともに部屋中に魔法で創られた花火が弾けてファンファーレが鳴り響く。
そんな全力のお出迎えに彼女は大層喜んで……おや?
「あれ、なんでそんなきょとんとしてるんです?」
「いや、誕生日イブって……あと演出過多かなあ」
くっ、俺としたことが事前調査を怠ったか……!
それに演出も凝りすぎてしまったようだ。反省である。
「まさか誕生日イブに馴染みがなかったとは」
「いや、そもそも誕生日にイブとかないでしょ……」
あれ、そうだっけ。
だってクリスマスにイブがあるわけだし……いやあれってそもそも誕生日ではないんだっけ? まあいいか。
さておき、今回の趣旨を彼女に説明しておこう。
「ほら、明日笹倉さんの誕生日でしょ?」
「うん、そうだね」
「せっかくだしサプライズしたかったけど……ほら、俺の普段の行いがね」
「ああ……うん。実際私も明日はすごいんだろうなあとか思ってたけど」
得心がいったとばかりに彼女は頷いた。
うんうん、これで理解してもらえそうだ。
「じゃあ、前日にやればちょっとはサプライズになるかなって!」
「いや、前日にっていう発想はちょっと理解できないかなあ」
が、残念ながらこの素晴らしき発想についてはあまり理解を示してもらえなかった。
むう、最高のアイデアだと思ったんだが……まあ、仕方ない切り替えよう。
「それはそれとして誕生日……イブ? おめでとう!」
「もう、新城くん自身もちょっと迷っちゃってるじゃない! でも、ありがとう。新城くんらしくて好きだよ」
おっと、今日の主役は笹倉さんだってのに嬉しいこと言ってくれちゃって。
まあ今日と言わずどんな日でもいつだって主役は笹倉さんだけどな。
世界は笹倉さんの為にあるのは皆知ってる一般常識である。
「ところで、この盛大に祝おうとしたエネルギー、何処にぶつければいいでしょうか」
「私に言われても困るかなあ? 抱擁でもしてみる?」
俺の言葉にそういって両腕を広げる笹倉さん。
あまりに強力なその誘惑にもはや抗えるわけもなく、俺は気づけば立ち上がりゆっくりと彼女へと近づいてそっと抱きしめれば彼女もまた抱き返してくる。
これぞ至上の抱き心地。
以前であれば軽く気絶していただろうこの状況にも今ではすっかり慣れて、至福のときを堪能することができる。
「んー、やっぱこれがないと帰ってきた気がしないねー」
というのも、彼女とアレしたあの日以来すっかりこうすることが日課になっているからだ。
なんというかあの日以来不意に思い出してドギマギしてしまうことがよくあり、そんな行き場のない思いをそれぞれ受け止めるために抱きしめたり抱きしめられたりを繰り返していたらこうなった。
今ではこうして二人一緒に家で揃う瞬間がたまらなく愛おしく、待ち遠しい。
無論学校から二人で帰った日も玄関をくぐってまずすることは熱い抱擁である。
素晴らしきかな我が人生。
そんな日課を経てようやく落ち着いた俺だったが、しかし無駄にテンションをあげて用意していたごちそうが消えることはなく。
その後は結局一日速い誕生日パーティってことでそれらごちそうを腹に収めた後はゆっくりと二人の時間を過ごすのだった。
そして迎えるは笹倉さんの誕生日当日。
朝ごはんも食べ終え、頭も完全スッキリと目が覚めたタイミングで俺は早速と用意していたプレゼントを無限倉庫から取り出して彼女へと渡す。
「はい、ということで誕生日プレゼントです!」
「ありがとう! ……お、指輪だ?」
「フッフッフ、婚約指輪でーす……なんーて」
そう冗談めかして言ってみたけれど実は本気だったり。
それには笹倉さんは俺のものだっていう独占欲も現れていてそんなちょっと醜いところを誤魔化すために実はもう一つ、大きなくまのぬいぐるみをプレゼントに用意してあるのでそちらも渡そうとして、しかし。
それよりも早く彼女は受け取った指輪を躊躇なく左手の薬指にはめた。
「わ、流石新城くん、ピッタリだよ。どう? 似合ってるかな?」
「っ! う、うん。似合ってると思うよ?」
「そっかありがとう。これからずっと付けとくね?」
無邪気な笑顔で問いかけてくる笹倉さんに俺は少し動揺しながらも答えれば、彼女は嬉しそうに笑ってジッとこちらを見つめてきた。
その瞳に不意に妖しい光が一瞬灯ったのを見て俺は何もかも見透かされていることを悟る。
彼女は全部分かった上であえてそうして、そしてちゃんと喜んでくれている。
そのことに俺は凄く嬉しくて、凄く気恥ずかしい気持ちになるのだった。




