その93
デージが愛を失ったショックから立ち直った。
かと思えば出会って間もない異界の少女ユキネと結婚した。
ってなんだそれ!?
そんな簡単に決めていいのか!?
思わずそう問いただそうとして、しかしそれは寸前のところで飲み込むことに成功する。
あまりの急展開に驚いたけど、よくよく考えてみればこれは当人同士の問題だ。しかも双方納得してるのならなおさら俺の口出しすることではない。
「ふふん、他人の恋路に口を挟まんのは立派だが、まだまだ青いのう。顔にはっきり出ておるぞ。変な気を回さず、なんでも聞くがよい」
「ぬう」
しかし、年の功には勝てなかったようでユキネは俺の心の内をあっさり読み当てて楽しそうに笑う。
こうなるといっそ色々聞くべきかもだが、今更それでいいのかなどと二人の決定を疑うようなことはしたくない。
そうなると、聞くべきは……一つか。
「んじゃ、お言葉に甘えるとして。デージのどこに惚れたんで?」
「おっと、わらわが此奴に惚れておる前提の質問か」
「……あれ、これは思わぬ大ダメージの予感……ドキドキしてきた……」
とりあえず聞くならこれだろうという質問に対してのユキネの返答にデージが胸を抑える。
多分不整脈ってやつだな、お大事に。
「いやの、此奴と伴に在るのはわらわも望むところではあるが、そう在ろうと決めたのは此奴が条件を満たしていたからにすぎないからの」
「条件?」
「そう。わらわと同じ魔の物であり、確かな意思や理性を備えておるのが生まれるのをずっと待っておったのよ」
なるほど、たしかに条件に合致したからと言うのであれば現状惚れてないのも当然だろう。
つまりデージはこれから愛を育まねばならないわけだ。
まあ結婚してから愛を育むというもの、お見合い結婚などで往々にしてあることだしそれも一つの愛の形だしそういうことなら何の問題も無いだろう。
デージも胸をなでおろして、愛を掴み取るために奮起している様子だ。
それに声の調子から察するにユキネはデージのことをそれなり気に入っている様子だしその未来もそう遠くはないだろうと思わせる。
しかし、ふと思う。
その条件に合致するものがもっと以前に異界に誕生しているのを俺は知っているのだが……。
「んーと、知ってるかどうかわかんないけど俺の知り合いにニュートって魔物がいるんだけど」
「ああ、あのトカゲかの? トカゲとじゃれ合う趣味はあいにくと持ち合わせておらんのよ」
聞いてみればユキネもそれは把握していたようでバッサリと切り捨てられる。
それと同時に俺の傍に魔力が集まり、今まさに噂していたニュートが姿を現した。
「ふむ。価値観など人それぞれで違うものだからな。私自身はこの姿を気に入っておるが、同時に人から見れば異質であることも理解はしている。しかし、私としては先輩とも言えるユキネ殿に色々話を伺いたいのだが。なにせ私は異世界に特化した存在が故にこちらの情報を読み取るのは不得手なのだ。そのあたりのことを聞ければ私も嬉しいのだが」
「貴様のその堅苦しい態度もまた気に入らんの……何よりも貴様は愛を知らん」
「ああ、ユキネ殿は愛を知る同胞を望んでいたのだったな。その点我が盟友の分体となれば、これ以上無いほどに愛を知っておるだろう。しかし、雄二よ。まさか自分の魂を分け我らが同胞として誕生させるとはつくづく興味の尽きない人間だな、貴公は」
ああ、どうやらユキネのいう条件にはまだ続きがあったらしい。
愛を知るものとなればなるほどニュートが言うようにデージは適任だろう。
それにわざわざニュートの事をトカゲ呼ばわりしていたことも鑑みるに容姿もある程度は条件に入ってそうではある。
デージがイケメンかどうかは……いや、デージの容姿=俺なわけだしイケメンだな。うん。
にしても、ニュートさんや。別に俺が自発的に魂を分けたんじゃないぞ。
そこは勘違いしないように。
「ユキネさん、その愛を知っているってのは?」
「言葉の通りじゃ、旦那様よ。意思を持った魔の物は稀少ではあるが、日々生まれる魔の物の数も膨大故にいないわけでもない。けれども愛を知りだれかを愛することができるのは今日まで結局現れなかったのよ」
「繁殖できるわけでもない魔物にそれを求める方が酷だと私は思うがな」
「わらわも半ば諦めてはいたが……ふふ、運命とは摩訶不思議よの。これでわらわは愛されることで美しさにさらに磨きがかかるであろう! 無論、もはや夫婦であるからの、わらわも旦那様を愛することを誓おう。それもまたわらわの美しさに繋がるであろうしの」
それからふいに投げ掛けられたデージの問いから始まるユキネたちのやり取りの中にどうにも聞き逃せないものがあった。
ユキネは今確かに言ったよな?
意思を持つ魔物がいないわけではないと。
どうせ、そいつらも例によってやったらめったら強かったりするんだろ?
ここにいるニュートたちは大分友好的だけども、中には戦闘狂だったりやたら暴れ回るやつもいるかもしれない。
そんなのがいるだなんて知りたくなかった。
いや、知らずに襲撃されるよりはマシとも言えるのだろうが、世の中とは不思議なものでそれまで認識もしてなかったのに不意にそれを認識してしまったせいで騒動に巻き込まれるというのは往々にしてあるものなのだ。
人、それをフラグと呼び、古くから恐れてきたものである。
っていうかこの思考がもうフラグを補完してしまってることに気づき、鬱なんですけど!
いや、待て。
意思を持つからと言って本当に強かったり、戦闘狂だったりなんてことはないかもしれんな?
「その他にいる意思を持った魔物ってさ、意思持ってるだけで大した力は持ってないとか持ってても大人しいとかそういう……」
「ちゃんとした意思を持つに至った時点で異界に漂う情報を効率的に読み取りその中で自身に必要なものを選び取り込むが故、奴らは例外なく相応の力を持ちおるのう。そして好戦的な輩が多いの。まあ力で言えばそこのトカゲにはどれも及ばぬであろうがの。こちらに流れた異なる世界の情報全てをその身に宿しておるそやつはわらわから見ても規格外じゃ」
ほんの少しの希望を抱いて口に出し、けれどもあっけなくユキネによってその希望は粉砕された。
まあ、実のところ予想していたことではあった。
そもそも魔物は好戦的な輩が多い。
それにデージの前身であるドッペルゲンガーもどきがそうであるように姿形が整っただけの魔物ですら相当強いのに、意思まで持った魔物が弱いはずもないのだ。
代わりにニュートには及ばないという情報も得たけれども焼け石に水である。
「ふはは、案ずるな雄二よ。私は異世界に関する情報の集積と管理の権能を持っておるのでな。その権能でもって貴公の情報は一片たりとも敵対的な魔物に渡さぬようにしているから、貴公が考えるような騒動にはそうそう巻き込まれることはあるまいて。サービスで貴公の女の情報も保護しているからそちらも安心だ」
「おっと、そうなのか。なんで俺が異世界枠なのか知らんけどそれは助かる」
そんな俺の不安見抜いたニュートから心強いお言葉を受けた。
なんか権能だとかよく分からんこと言ってるけどつまりあちらから俺を探してどうのこうのって事にはならないっってことだろう。
いやあ持つべきものは竜人の友だな。
「なんだ、じゃあ俺もあんま警戒しなくてよさげか」
「ん? 貴公は盟友の分体であるがそれ以前に我らが同族。あくまでもこちらの存在であるがゆえに私の権能外だ。本当は雄二の女の情報を保護するのも厳しかったのだが、しかし雄二と私は盟友なればその辺りも配慮してやらねばと少し無理をしてなんとか保護しておるのでな、あいにくと貴公の分まで保護する余裕もない」
デージもまた安心した様子を見せるが、しかしそれは性急に過ぎた。
どうやらデージに関しては情報の保護とやらの対象外だそうで。
となれば今後意思を持った魔物が興味を持つのは俺ではなくデージ。そういうことになるはずだ。
「っしゃあ! 異界における厄介事はデージ担当ってことだな!」
「は!? ざっけんな、てめえ! 俺はユキネさんとのドキドキワクワク新婚旅行の予定があるんだぞ!?」
「ふふ、何、せっかくの機会。わらわの旦那様の紹介ついでに絡んでくる輩は蹴散らせばよかろうよ」
「えっ……いやユキネさんがそう言うならまあ、いいけど」
厄介事を引き受けることになりそうで騒ぐデージだったがユキネのナイスアシストによって、手のひら返しでデージも快く受け入れてくれたようだ。
多少不満があるようにも見えたけど多分気のせいである。
で、その後はデージ達の今後の方針などを軽く聞いて今回の会合はお開きとなった。
今後はデージは完全にユキネと行動を共にするようで、なんとなく親友がどこか遠いところへ行ってしまうようなそんな気持ちが少しだけ沸いたけど電話以上に気軽に話せる以上そんな哀愁もすぐに消えた。
なお、二人は最初に言っていた通り世界中を旅していくことにしたようだ。
デージ曰く愛を勝ち取る新婚旅行だと。
そんな宣言をするデージを楽しそうに見ているユキネが印象的であった。
ちなみに異界の座標は通常空間の座標と一致しているらしく、異界経由で世界中どこでも行けるみたいだ。
あとニュートみたく、離れた地点に突然姿を現すことも可能なようで移動にはほとほと困らないようである。
ま、別にそれはどうでもいいのだが、とりあえずデージは俺と同じ姿をしているのでその辺り気をつけて欲しいところだ。
そんなこんなで此度のデージ爆誕騒動もこれにて一件落着……とはいい難いけども一先ずは静観できる程度には落ち着いてなによりだ。
最初ユキネが現れた時はすわまた厄介事か、と警戒したものだけど結果的には彼女が姿を表してくれたのはラッキーだった。
特にデージに想い人ができたことが何よりの収穫だろう。
そのおかげで、デージは愛を取り戻したわけだし。
闇堕ちデージが誕生していたならば俺と同等の能力を持ち、そのくせ尿便意コントロールは効かないというあまりにも強大な相手になっていただろう。あの能力が自分に本気で向けられるなど考えただけで恐ろしい話だ。
まあ、彼女が現れなくてもデージは結構自制してくれそうだったが、これで可能性は限りなくゼロになったということで。
それに一応なんというか兄弟かそれに類するような存在だし。
どうせなら幸せになって欲しいという思いは普通に俺にもあったのだ。




