その88
あけましておめでとうございます
「助けて!! ニュートえもん!!!」
異界部屋へと駆け込みながら叫べば、程なくして部屋の一点に魔力が集まっていき、やがて一人の竜人が姿を現した。
「……そのような名ではないのだが……まあいい。さて、助けてとはどういうことか。ああ、今貴公の情報を読み解いたので別に言わんでいいぞ」
さっすがニュート先生だ!
こっちが慌ててるのを察して何を言わずともどういう状況なのか理解してくれたらしい。
全く有事の際にはこれほど便利なこともないというのに、プライバシーだのなんだの文句を言ったのは誰だよ。
「しかし先程の名の呼び方といい、どうも貴公には余裕があるようだが」
「いや、無いから! ほんとすぐに、なんとかしたいんだって!!」
なんせ件の笹倉さんは拘束されながらもいじらしく体を寄せてきたり、誘うような視線を送ってきたりと、今もなお色仕掛けは続いているのだ。
アホなことを考えていないと俺のちっぽけな理性が持っていかれかねない。
「ふむ。それで貴公の女の状態を教えてくれというわけか。ま、貴公との仲であるからして別に構わないが。さて……ふむふむ……」
俺の女とかそういうやや乱暴な言い方はやめて。そう思ったが今から彼女の状態を診てもらうのだし、他の言い方とか聞かれても困るので口を噤んでおく。
ニュートらしいっちゃらしいしね。
さておき、俺の頼みを快く聞いてくれたニュートは早速笹倉さんの様子を探る。
といっても本当にただ見るだけで触れたりもしない。
かわりに瞳孔の大きさが頻繁に変わっているようだからそもそも触れたりする必要がないのだろう。
「ふむ。だいたいわかったが一つ確認のため口の布を解いてくれるか?」
ニュートなりの配慮か、彼自身が笹倉さんに触れることはなくそう俺に頼んでくる。
流石にこの状況で触れるななどとほざく俺でも無いのだが、その配慮には感謝しつつ言われたとおりタオルで作った即席の猿ぐつわをはずす。
まあ猿ぐつわっつってもめっちゃゆるーくつけて彼女自身がそういうプレイとでも思ってるのか自発的に噛んでいただけだけど。
「もう、いいの? 新城くんがしたいようにしてくれていいのに」
「ふーむ、私の言葉は聞こえているか?」
「んーニュートさんお久しぶり? でも、私これから新城くんとひとつになるから悪いけどどこかに行ってくれないかな」
「ふむ。ところで他の男ともしたいとかいう欲求はあるのか?」
「は? ふざけないで。新城くん以外の男なんてどいつもこいつも最低な奴らなんだから」
「なるほどなるほど」
猿ぐつわを外されたことになぜだか不満げな表情を見せた笹倉さんにニュートが話しかけるが、彼女の反応はなんともつれないものだった。
しかしニュートはそんな彼女の言葉になぜだか満足そうだ。
俺もニュートのとんでもない質問に即答で他の男について否定してくれたことをひっそりと喜んでいた。
それから目配せをされたので改めて彼女にタオルを噛んで貰って後ろで軽く縛って固定した。
笹倉さんは黙り込み、けれど発情しきったような息遣いをしながらこちらを見てくるが、それを努めて無視しつつニュートの話に耳を傾ける。
「うむ、なるほど。確かに術をかけられてるようだ」
「術? まさか、笹倉さんは魔術師に襲われたのか!?」
そうして告げられた言葉に俺は一瞬頭の中が真っ白になる。
もしそうなら悠長なことはしてられない。
一刻も早く彼女を正気に戻し、襲った魔術師を細切れにしなくては!!
「落ち着け。勝手に結論を急ぐでない」
「あ、ああ。確かにその通りだな……ん、つまり魔術師の仕業ではないと?」
「うむ。私は人ではないから完全に理解してるとは言えんが、それでも人がこのような術をかけるのであればその意識の向く先は自身にするものではないか?」
ああ、確かに言われてみればそうだ。
そんな魔法があったとしてわざわざ他人に積極的にしても意味がない。
一度彼女と話をしたのはその対象を調べるためか。
なるほど彼女が俺にだけ迫ってきてることを考えれば魔術師の線はかなり薄いな。
「まあ、そもそもだ。以前にも言ったようにこうして実際に目にすれば異世界に関わらぬものでも情報を読み取れる。さらにそれが異界のことであればなおさら容易いことでな。つまりは魔物の仕業というわけだ」
「魔術師じゃないとなれば、まあそうだよな」
今日も彼女は異界に赴いていたわけだしそれは当然だろう。
しかし人を発情させる魔物とかはた迷惑な魔物もいたもんだな。
「かなり珍しく淫魔だとかそのあたりの伝承や物語の情報を元に生まれた個体のようで中途半端にそういう能力を持っていたらしい。とはいえその個体はかなり不完全なものでハッキリとした意思はなく、周囲の者を無差別に発情させるだけでそれにより何か目的を達成するわけではないようだがな」
不完全な淫魔ねえ。
……もし完全な再現をされていたとしたら……ぞっとしないな。
「それにしても貴公は幸せものよな」
「は?」
「この魔物、まあ便宜上淫魔と呼ぶが、能力だけは割と強力でな。恐らく大概の人は老若男女問わず目についた人間に対し片っ端から発情していただろうが、そこの娘はただ貴公だけを見てその他には全く興味を示さない。随分と愛されているようではないか」
しかし、実のところ不完全な淫魔の能力は俺が考えているよりもずっと強力で先程チラリと考えた最悪の事態を引き起こしかねないやべえものだったらしい。
それを聞いて顔から一気に血が引ける感触が走った。
もしも笹倉さんが誰かれ構わず発情していたら俺は多分血涙を流し、その相手の人々を皆殺しにでもしていたんじゃないかと思う。
同時にそんな強力な能力にかかって尚彼女が俺だけを見てくれていることに気づきふと彼女へと視線を向ければ、そこにはもう目にハートマークでも浮かんでそうな淫靡な雰囲気を漂わせた魔女がただひたすらに俺のことを見つめていた。
滅多に見れないドエロイ笹倉さんに危うく理性を壊される所であった。
「っ……! それでその術の解除はどうすればいいか分かるか?」
「所詮不完全な者の術。一度発散させてやれば勝手に解除されるだろうし、恋人なのだろう? だったら抱いてやればよかろう」
「!?」
ばっ、おま!
え、何いってんの!?
そりゃお前、俺だってその気がないとは言わんけどそういうのってやっぱお互い正気のときにしたいじゃん!?
そんな事を怒鳴り散らしたくなったけど、目の前の竜人はいろいろ価値観が違うのだとグッと堪え、それ以外の方法がないのか聞いてみた。
「愛し合っているのなら問題はないと思うが、人間は色々ややこしいな。まあ、要するに魔法の類だ。貴公の魔力を流し込んで一時的に体内の魔力の流れを乱してやればすぐに解除されるだろうて」
すると、呆れたように肩を竦めつつ別の方法を教えてくれる。
そういう穏便な方法があるなら先に言え、こんちくしょう!
などと構ってる時間も惜しい。
早速彼女へ近づき、ゆっくりと慎重に彼女に魔力を流しこむ。
触れた瞬間軽く喘ぎ声が聞こえたような気がしないでもないが、きっと気のせいだ。
集中を乱さず魔力の注入を続けて、不意に彼女の身体が一瞬痙攣しそのまま気絶してしまう。
もしや、流す量をミスったかと慌てたがそれは杞憂だったみたいで、すぐに彼女は目を覚ました。
「う……ん? あ、新城くん、おかえり……私……あれ、ニュートさん? ってここ異界の部屋?」
「おお、よかった。ちゃんと戻ってる」
目を覚ました笹倉さんからはすっかり淫靡な雰囲気は消えて、ちょっと寝ぼけてはいるがいつもの彼女に戻っていて一安心だ。
そんな俺に首を捻りつつ彼女は数回ぱちぱちとまばたきをして、不意にその顔を真赤に染めて固まった。
「あ……嘘……私あんな下品な……あ……ああ……」
「え、あー…………えーっと。なんて言ったらいいか……」
正気を失っていた時のことは何も憶えていなければ。
どうやらそんな都合のいい話は無かったようで、バッチリと彼女が取った言動やら行動やらを思い出してしまったようだ。
こういうときってどうフォローするのが正解なのだろう?
何かしら優しい言葉を言うべきなのか!?
むしろ何も言わないほうがいいのだろうか!?
「さて、問題も解決したようだし私は去るとしよう。また困ったことがあればいつでも呼んでくれ。もちろんただ話をしようというのも大歓迎だ」
「あ、ちょ」
どうすべきなのか悩んでいるとニュートが空気を読まずにそう告げてさっさとどこかへと消えてしまう。
もしや場の空気に居た堪れなくなったかとも思ったが、なんというかやりきったという雰囲気を纏っていたし本当に問題が解決したから退散しただけなのだろう。
ちくしょうめ!
先程までニュートが居た場所を睨み心のなかでそう罵倒してから視線を笹倉さんへと向ける。
すると未だ真っ赤なままの顔を手で覆いつつブツブツと呟きながら時折首を振って、後悔やら恥ずかしさやらに苛まれる姿があった。
そしていよいよ限界が来たのだろう。
「うわあああああああん」
彼女は泣き叫んで異界部屋から逃げるように元の部屋へと飛び出していくのであった。
今年もよろしくおねがいします




