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87/112

その87

 久保田くんから聞いた話がフラグとなり、程なくしてドッペルゲンガーと出会ってしまった……なんてことはなく、俺は変わらぬ平和な日常を過ごしていた。

 折角心配してくれてのことだったので俺もそれを一応は真面目に受け取り、折を見てニュートにも話を聞いてはみたのだが、それは空振りに終わっている。

 ニュートは元々が異世界の情報が集まって生まれたからか、この前の魔王のような異世界に関することであれば影響を抑えたり、異界を漂う情報を読み取ることもできる。だが、ルーツが異世界のソレであるせいか、こっちの世界特有の情報についてはなかなか集めきれないらしい。

 曰く実物であったり、実際に何かしら影響を受けた存在を見ればまた別のようだがそうでもなければ名前やらそういうのがいるといった程度の情報からは何も得られないようだ。

 なので結局のところドッペルゲンガーについては『いる』とも、『いない』ともいい切れずさっぱり不明であった。

 そんな存在不明の輩をいつまでも気にしても仕方なし、久保田くんには悪いがドッペルゲンガーのことは頭の片隅に置く程度にして、ほぼ忘却の彼方である。


 ところでニュートが読み取れる情報だが、俺についてはかなりの精度で情報を得られるらしい。

 やろうと思えば朝起きて夜寝るまで何をしていたのかすら簡単に察知できるとのこと。

 プライバシーの欠片もあったもんじゃないし、そもそも何故俺のことだけピンポイントに察知できるのか。

 至って普通の一般ピーポゥですよ俺は。


「ふむ、冗談にしてはユーモアというものが足りないと私は思う。さておき、それは当然であろう。貴公は一種の特異点なのだ。あの、奇異な体験をしたあの日から貴公はずっと常に異世界と繋がっておる。そんな輩が普通などとよもや本気で言っているわけでもあるまい?」


 とは、現実逃避にとぼけていた俺に対してかけられたニュートの言葉である。

 まあね。

 なんやかんやと言い訳してみても、俺が普通からはかなり逸脱しちゃってるのは自明の理であった。

 そのおかげで能力やら魔法やらの恩恵を受けているのだから文句を言えるはずもなく。

 まあ、要するに俺はなんていうか異世界側のあれこれと定義されていてそれ故にニュートには情報が筒抜けであるみたいだ。

 とはいえニュートは竜人という見た目の割にはデリカシーもあり、わざわざ情報を読み取ろうとは考えていないらしく、一応のプライバシーは守られているのはありがたいことである。






 さて、そんなこんなで二学期の始業式からはや一ヶ月。

 ドッペルゲンガーと出くわすことも無ければ他の魔物が暴れるということも、魔術師からちょっかいかけられることもなく、その他特にめぼしいイベントも無いまま平和に時は流れていた。

 異世界組も特に異常はない。強いて言うなら最近エージは悪魔絶対殺す教団との抗争でいつも忙しそうであることぐらいか。

 ある意味大問題ではあるのだが、ずっと抗争してるからその辺りはもはや俺達の間では日常の一コマである。

 遠い異世界のことで手助けのしようもないし、本人からもなんとかしているから大丈夫だと言われてるし。

 いざとなれば頼ってくれとは言ってあるのでエージについてはそれまでは放置でいいだろう。

 ビージの方はやはり魔王を倒したということもあって、平和な日々を過ごしているらしい。


 そんな彼らのことはさておき今現在の俺はといえば、異界にて魔物の掃討中であった。

 別に趣味だとかストレス発散の為にしているわけではなく、きっちりと異界浄化の仕事としてこなしている。

 そう、俺もまたこの仕事をするようになっていた。

 しばらく前にふと気付いたのだが、俺ってばずっと無収入であった。

 アパートの家賃は父が払ってくれていて、その他の経費も仕送り頼みである。

 高校生だしそんなものといえばそんなものではあるが、将来的には俺は笹倉さんと結婚するのだ。

 なのにお金は親に任せて甘えっきりってそれ超ダサくねとふと悟ってしまったのだ。

 しかも一方で笹倉さんは異界浄化の仕事によりそれなりの収入を得ていた。

 おまけにその収入を生活費に充てようとしてくれて、


「将来は夫婦になるんだし、一緒に頑張ろうね」


 なんて、少し照れながら笑ってくれたけどその瞬間俺は彼女の可愛さに悶えつつも、同時に自身がヒモまっしぐらな現状に衝撃を受けたものである。

 これはいけないと、俺は笹倉さんに仲介を頼み異界浄化の仕事を斡旋してもらったのである。


「それにしても……ホント、呆気ないな」


 あまりに作業的であったが為に追想にふけりながらも、たった今確認できた限りで最後の魔物を倒して周囲に何者もいなくなった異界の中でポツリと呟く。

 今日までに異界浄化の仕事ももう、数回受けているがいつだって早々にけりがついてしまう。

 エージや、ビージの力を共有している俺にとって異界の魔物など大した脅威でもない。

 だから拍子抜けするほどあっさりと魔物を倒せてしまい、そのまま一帯の魔物の殲滅もさほど時間もかからず終わってしまう。

 こんな簡単なお仕事で結構な収入を得られるのだから魔術師が異界浄化に励むのもわかると言うものだ。

 まあ、一般の魔術師にとっては常に命を張った大仕事なのだろうけども。

 ちなみに笹倉さんは別の異界の浄化に赴いていたりする。

 彼女もまた相当な実力者なので順調に荒稼ぎしてることだろう。

 とはいえ心配が完全になくなることはなく、彼女の無事を祈りつつ一応異界の中をもう一度確認してきっちり仕事を終えてあることを確認し、早々に帰宅しようと動き出した。






 そうして無事、アパートへと辿り着く。

 こう一人での帰り道はなんとなく厄介事に巻き込まれそうでちょっと緊張してしまう。

 例えばどこぞの世界から同時に召喚されたりとか。

 あんな経験はもうお腹いっぱいだし、これ以上同一的存在が増えても混乱するだけだ。

 それから玄関の鍵を確かめれば開いていたのでどうやら笹倉さんがすでに帰宅していることを悟った俺は帰る場所に愛しい人がいる幸せを噛み締めつつも意気揚々と玄関の扉を開いた。


「ただい――!?」


 声掛けしながら玄関に足を踏み入れると、超高速で人影が迫ってきて思わず固まる。

 そしてその人影は俺に飛びかかると、そのまま深く口付けをしてきた。


「っ……」

「ん……はあ……んん……」


 あまりに突然のことで驚いたがすぐにその相手が笹倉さんだと気づき、何故かわからぬが突然訪れた至福の感触を全力で甘受する。

 しかし、どういうわけか今日の笹倉さんはやけに積極的且つ大胆になっていてそれから数分間に渡り唇を奪われ続けた。

 それもすっごくディープなやつだ。


 無論俺たちは恋人同士。

 俺がいくらヘタレであってもそれぐらいの経験であれば何度かしたことはある。

 いつもであればただただ至福の感情に飲まれて結果気絶して彼女に軽く睨まれていただろう。

 だが、今は普段の笹倉さんらしからぬ大胆さに頭が混乱し、気絶することなく彼女に貪られ続けていた。


 これはこれで非常に嬉しいが……やはりおかしい。

 確かに笹倉さんは時折俺を驚かせるような大胆さを見せることはある。

 だがいまの彼女はその普段見せるものとはまた違うのだ。

 そう確信した俺は鋼の意志でこの幸せな一時を終わらせるべく、彼女の肩に手を当て、グイッと身体を離す。


「んあ……おかえり、新城くん……好き……大好き……だからキスしよ? んーん、それだけじゃなくてもっと深く……しよ?」


 離されたことで笹倉さんはちょっと惜しむような表情を見せるがすぐに妖艶な笑みを浮かべて誘惑してくる。

 うん、エロい。

 そして完全に正気を失っている。

 正直に言えばそのお誘いだけで天にも登る心地にさせるほど嬉しく、我が肉体も一部素直な反応を見せている。

 しかし愛の戦士たるもの正気を失ったままの相手と致すわけにはいかない。

 断腸の思いで俺はその誘惑を無視して、一先ず彼女を拘束した。


「んん、いいよ? 新城くんの好きなように……」


 ごめんね。

 ちょっと口も塞がせてもらうね。

 少しばかり下品になってる彼女を見ても興奮こそすれど幻滅はしないし俺も覚悟を決めて受け止められる。

 しかしそれはあくまで彼女が彼女のままでいるという前提があればこそだ。

 明らかに何かしらの影響を受けて正気を失っている彼女の声に応えることはできない。

 

 そうして俺は拘束した笹倉さんを抱き上げると、異界部屋へと向かう。

 きっと、アイツなら。

 アイツなら彼女の状況を教えてくれるだろうと、そう期待して。

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