その86
九月の頭。
夏休みは終わりを告げ二学期が始まりを告げるこの日、当然、俺は始業式に出席し先生の長い話を右から左へと聞き流していた。
終業式でも猛威を奮った校長の睡眠魔法は尚も健在で、俺は襲い来る眠気に抗うためなんとなしに夏休みの日々を思い出す。
とはいっても、魔王騒動以降は特にこれといって目新しい何かがあったわけでもない、極々普通の日々を送っていた。
無論、当たり前の日々を笹倉さんと過ごすというだけで十分凄いことではあるのだが、しかしそれは校長の魔法に抗う力にはなり得ないのだ。
むしろ幸せ成分が脳内に行き渡って限界値を超え、気絶すらありえる。それは本末転倒であろう。
だから何かないかと考えをめぐらし、なんとなく思い出すのはビージがなんやかんやと初夜を迎えただとかくっそどうでもいい自慢話を聞かされたこと。
自慢話といってもその時のビージは嬉しさと情けなさの両方を兼ね備えた微妙な調子ではあったけど。まあ、アイツも結局俺と同一的存在。ようするにヘタれて殆どは喰われただけに終わったとかそんなオチに違いない。
無論分体とは言え他人の事情なぞ別に知りたくもないので適当に祝福――腹痛を伴う――をしてスルーしたが。
そういえばそのお相手であるユナ様だが、彼女はやはり天才であったらしく、俺が以前適当に掃除した時に無限倉庫に放り込んでおいたなんちゃって気功術指南書を読みそこから発想を得てガチの気功術を扱いだして以前ほどでないにせよ強さを取り戻したとか。
その話をしてからしばらく経つしもしかしたら召喚されたばかりの頃のビージ程度にはもう強くなってたりして……なんて。
まあ、こうして思い出してもやっぱり魔王騒動からは落ち着いた日々だったな。
笹倉さんは異界浄化のアルバイトであったり、普通に女友達と出かけたりとかで結構出かけてたけど俺は基本お家で一人だった。
どっか遊びにいく友達とかいないし、居たとしても面倒だから声は掛けないけど。
ま、元々は一人でエンジョイできる質だったし、笹倉さんがいない寂しさに少し慣れれば別にどうってことはなかった。
なんだかんだいって一人の時間は笹倉さんと同居してから全くプレイできてないゲームの消化だとか異界部屋でのあれやこれやの試作だとかやるにはちょうど良かったし、一度離れて行動するからこそ一緒にいられる時間がより楽しくも感じられたので何事もバランスが大事なんだなと思い至ってからは別行動も苦では無くなっていたし。
異界部屋での試作だがそれは武器であったりプラモ的なものであったりと多岐に渡る。
あの空間は思念によって簡単にいろんなものが作れてしまうので、材料など気にせず色々作れるのが楽しい。
それにいよいよ話し相手が欲しくなった時には話好きなニュートもいたからな。
あれ、こうして思い返してふと思ったけど、もしかしたらニュートって俺の友達ってやつなのだろうか?
いや、確か俺のこと盟友とか言ってたし普通に友達か。数年ぶりに出来た友だちは人外っていうのは中々変な話だが俺も話しててそれなり楽しいからそれでいい。
尚、AとかBのあいつらはノーカウントである。
さてそんなこんなで始業式も終わり、その後は教室でその他もろもろの連絡事項とか係ぎめなどを片付けて本日は終了である。
で、俺と笹倉さんが帰ろうと準備しているところに一人のクラスメートがやってきた。
「えーっと、あ、く……? く……くぼ……あ、久保田くん。ってなんで肩を落としてんの?」
「……いや、別に」
「いまのは新城くんが悪いよ」
やってきたクラスメート――久保田くんに気づいた俺は極々普通に声を掛けたのだが、久保田くんはなぜだか落ち込んだ様子を見せた。
それを見て首を捻っていると笹倉さんから苦言を言われてしまったが、どうやらパッと名前を思い出さなかったのがいけないらしい。
思い出せただけ俺は成長したと思うのでむしろ褒めて欲しい。
「で、どしたん」
「ん、ああ、実は面白いというか興味深い情報を拾ったからさ。二人にも教えとこうかなって」
「興味深い情報ねえ。でもなんで俺たちに?」
用事はわかったけど俺たちにそれを話す意味が分からない。
別になんか面白いことがあったからって俺達に話す必要って無くないか。
ただのクラスメートでしかないはずだが……。
「その情報が例のあれ関係っぽくてさ。それに、ほら。友達だろ?」
「えっ」
例のあれ……ってのは多分魔法とかその辺りの関係だろう。
だがそれよりも最後に付け加えられた一言に俺は思わず声を漏らした。
途端、久保田くんは一瞬ポカーンとした顔を晒し、次いで苦渋に満ちた顔で睨んできた。
「……まあ、たしかに俺達の関係はさほど深くないけどさあ。それでもなんだかんだ助けてくれたり色々教えたりしてくれたじゃんか」
「あーまあ、あれは騒動になりそうだったし成り行きで仕方なくみたいな感じだったし」
「それでもさ、俺は結構助かったし感謝してんだぜ? なのにその反応は傷つくって」
はあ、そういうもんなのか。
「でも、それなら精々知り合い程度じゃね?」
「新城、お前もうちょっと周囲に興味っていうか関心っていうか、そういうの持ったほうがいいんじゃないか?」
「いやいやめっちゃ周囲に興味持ってるって。今だってほら、笹倉さんのさもありなんと言わんばかりの態度の謎を解き明かしてる最中だし」
「……もっと広く視野を持とうぜ」
広く?
なるほど、彼女の美しい所作一つではなく全体的にも見ろというアドバイスか。
……ふむ。今日も彼女は美しい。
流れるようなサラサラの髪とスタイルの良さが分かるシルエットが相乗的に彼女の魅力を引き上げている。
後は、胸の急成長は最近落ち着いてきたみたいだな。ざっと見てC~Dといったところか。
「うん、もういいや。ともかくさ、二人に伝えたいっていうのはこれのことなんだよ」
久保田くんのアドバイスを受けて笹倉さんの観察をしていると、彼は何かを諦めて本題を切り出し、数枚の紙を机の上に置いた。
見たところ何かの雑誌のコピーっぽいが、なんだろう……胡散臭い内容だ。
「ドッペルゲンガーは実在、我々はついに伝承の裏付けを入手……?」
「出会った人は一時意識不明に、だって」
笹倉さんと一緒に軽く読んでみるも、どうも胡散臭いというかなんというか。
これってあれだろ?
いわゆるオカルト雑誌ってやつ。その一部のコピーだよな。
こういうのってこの手の雑誌ならよくある話だと思うのだが。
「どうだ?」
「どうだって言われても」
「ねー。あ、もしかしてアレ関係かもってこと?」
問いかけに一つの可能性を告げた笹倉さんに久保田くんは満足げに頷く。
なるほど、一応久保田くんや他の異世界からの帰還者にその辺りも軽く伝えてあるからな。記事を見て異界の魔物を連想したってことか。
「そういうこと。これを読んでピンと来たんだ。これは間違いなく黒だ……ってね!」
「あーうん。で、俺達に話したのはまさか真偽を確かめてほしいとか?」
「いや、まあできれば確かめてほしいけど、俺も割りと荒唐無稽なこと言ってる自覚はあるから別にいいよ。ただこの情報を共有したかっただけだし」
残念ながら久保田くん程真面目に捉えられなかった俺に、彼は特に気を悪くするでもなくあっけらかんとした様子でそういった。
「それに本当だっとしてさ、もう力は使えなくなった俺よりは二人のほうが色々危なそうだし」
「なるほど。心配してくれたわけか」
「ああ、俺は友達と思ってたからな、俺は」
分かった分かった。
俺も一先ず友達だって認めますって。
だから強調しなくてよろしいです、はい。
そんなわけで友達が一人増えた。しかも今度はちゃんと人間の友達だ。
まあ、結局そう連絡も取り合わないだろう未来がひしひしと見えるけれども。
「にしても、久保田くんってこういうオカルトが好きだったんだな」
言って、ふと思い出す。
そう言えば久保田くん含む異世界行った奴ら普段から異世界行ってみてーとか会話していたような。
それを考えれば普通か?
「まあね。以前はオカルトはオカルトとして楽しんでただけだったんだけど……実際に体験しちゃったわけで。だったら本当の話もあるかもって思うとなんだかすげえ気になっちゃってな」
「ああ、なるほど」
なるほど確かに異世界転移からの帰還とかいうファンタジーをたっぷり体験してきたのだ。
しかもこっちの世界にも異界があったり魔物が一応存在していたりってことも教えてはいたのでオカルト系の情報の中に本物があるかもと思ってしまうのは仕方のないことなのかもしれない。
俺も詳しくは知らないが、実際過去には魔物が異界から飛び出し騒ぎになったという事例はあったらしいし。
とはいえ、だ。
昨今では日夜魔術師がそういうことがないように異界浄化に励んでいる。
オカルト雑誌の特集が本当に異界から飛び出した魔物によるものかと言われれば、まずないと言わざるを得ない。
ま、それでも折角心配してくれて教えてくれたわけだし、一応頭の片隅には入れておこう。
あるいはこちらから調べてみるのもいいかもしれないが……ま、それは気が向いたらでいい。
それから久保田くんと軽く雑談を交わして別れ、俺達は家路につくのであった。
Q.久保田くん is 誰?
A.かつてエージとともに異世界に渡りサバイボゥの果てなんやかんやと帰還した雄二のクラスメイト
書いてた私も存在は覚えてるけど名前なんだっけ? って状態だったので一応




