その85
――――夢を見ていた。
辺り一面真っ赤な彼岸花の咲く小道を歩いているそんな夢。
ずっと歩いているとやがて随分と幅の広い川へたどり着く。
そこにはだれもおらず灯りが吊るされた小さな小舟があるばかり。
けれど不思議とその舟は俺のために用意されているように感じられ一歩舟に近づいたその時。
――ドパーン
そんな音を立てて川に水柱が上がり小舟は降ってきた岩に粉砕されて沈んでいった。
それからふと対岸に人影が二つあることに気づく。
そしてそれは父さんの方のじいちゃん、ばあちゃんであることに気づいた。
はて、あの二人は俺が小学生の頃には双方亡くなっていたはずだけれどもなんで今更夢に出てくるのか。
あとじいちゃん象ほどにある大きな岩をどうやって持ち上げてるんですか?
「おーーい! ゆう坊や、ひっさしぶりだのう!」
「ゆう坊がこんなに大きくなっててばあちゃん、嬉しいよお」
「でも、ここにくるのはまだ早いでなあ」
「さっさと帰りんさいねえ」
俺の疑問をよそに二人は一方的に声をかけてきたかと思えば、おじいちゃんが持ち上げていた大岩をよっこらせっと投げた。
物理法則もなにもあったもんじゃない。
呆気に取られた俺は避けることもできず、飛んできた岩に押し潰されるのであった。
「――――――は!? …………?」
ここは……?
なんか変な夢を見た気がするけど……ああ、そっか。一旦座って一息入れようとしてそのまま眠っちゃったのか……いや、眠ったというか気絶したというべきだな。
思った以上に消耗してたんだなあ俺。
さておき、少し回復した気もするし、お腹もかなり空いてるし動きましょう。
そう思ったがいまいち頭が回らずぼんやりする。
うーむまだ動けないかなー、これは。
「……ん、なんかいい匂いが」
そうしてしばらく座ったままぼーっとしていると次第に頭が回ってきて、ちょっぴりスパイスの効いた食欲をくすぐる匂いに気づく。
それに足元にはずり落ちたらしき薄めの掛け布団もある……やべえ。
これ笹倉さん帰ってきてるじゃん。
俺、結局ボロボロの、しかも血まみれの服を着たまま気絶してたから相当不安にさせたはずだ。
あーやべえ。
これ、なんか言い訳したほうが?
いや何があったかちゃんと説明すべきだろうか?
くっそ、何考えてもやべえしかでてこねえ。
「あ! 起きてた。ちょうどご飯出来たから起こしに来たんだけど……動けそう?」
「あ、うん。とりあえずは平気、かな」
どうフォローしようかと一人アタフタしているとリビングのドアからひょっこりと笹倉さんが顔を出して声を掛けてきた。
想定していたよりもずっと落ち着いていた彼女の様子に面食らいつつも、ゆっくり立ち上がって少し身体の調子を確かめて返事をする。
それを聞いて少しホッとしたような顔をした笹倉さんは近づいてくると軽く俺の身体に手を添える。
どうやらこれから歩くのにフォローしてくれるらしい。
とは言え、我が肉体もそう軟なものでもなく、ソファからテーブルまで移動するのにそう苦労も無かった。
気絶に近いものだったとしても、少し寝た甲斐はあったようだ。
そうしてテーブルに付けば、すでに目の前にはいくつか料理が並んでいる。
ご飯に焼き魚に味噌汁にレバニラ炒め。
中でもとりわけ存在を主張しているのは最後のレバニラ炒めでこれでもかと言うほどに山盛りだ。
それに香りから察するにちょっとにんにくも効いてるかな?
「おいしそう」
「うん、丹精込めて作ったし変な失敗もしなかったし、味見もしたけどちゃんと美味しく出来てるはず」
それは楽しみだ。
魚だって凄くいい感じに焼けてるし、もう辛抱たまらない。
二人でちゃんといただきますと言って、早速レバニラから頂けば期待を裏切らぬ美味しさで思わず頬が緩む。
どうやらレバーにはほんの少し強めに胡椒を効かせてるようでピリッとした胡椒の刺激が食欲を加速させ箸を進ませる。
そしてレバニラだけでなく魚も絶妙な焼き加減だし、味噌汁も身体に染みるちょうどいい塩梅だし、ご飯だっていつもよりもふっくらしている。
どれもこれもが凄くおいしくて、凄く丁寧に作られていて、それはやっぱり俺の為なんだと思うと少し申し訳なくも感じてしまうし、そして嬉しかった。
そうしてあっという間にご飯を平らげてごちそうさまと手を合わせた頃には体調もすっかりよくなり、一緒に食器を片付けてリビングのソファに隣同士に腰掛けた。
食事中は何も言われなかったけど、それも俺を気遣ってのことだというのは分かっている。
だからちゃんと話をしないと。
そう思うも何から言ったものかと考えを巡らせるが中々まとまらず、それでも笹倉さんは黙ったままただ隣に座ってくれている。
「……今日、ビージが魔王と戦うって言ってたからそれを暇つぶしがてら観戦してたんだよ」
「うん」
しばらく沈黙が続いた後、俺は何があったかを説明していく。
「――そしたらさ、途中で魔王がビージの前から逃げて、かと思えばこっちの世界にやってきちゃって。それでやむなく戦闘になって……そんときにちょっとボロボロになっちゃいました」
「ボロボロになっちゃったんだ……。それで、その魔王は?」
「ああ、無事向こうで倒されたよ」
「そっか」
それを聞いて笹倉さんは少し黙り込む。
ドキドキしながらも彼女が口を開くのを待っていると、やがて彼女は一つ頷いた。
「うん、聞いた限り色々仕方ないって感じ、だよね」
「まあ……でも、その後ソファで意識失っちゃったのは……その、心配させてごめん」
「ううん、大丈夫。帰って来た時は心臓が飛び出るかと思ったけど、魔法使って診ればすぐに何処もおかしなところはないって分かったし、新城くんが黙って私を置いていくわけないしね。でも……本当に、ほんとに無事で良かった……!」
そういってずっと落ち着いた様子だった彼女はふいに涙を流しぎゅっと抱きついてきた。
やっぱりあの平然とした態度は俺を思ってのことだったんだな。
俺は腕を回して軽く抱き返しつつもそんなことを思い、申し訳ない気持ちが溢れてくる。
そしてそれ以上にこうして心配して泣いてくれるのがたまらなく嬉しいと思う自分も居て、俺はなんて酷い人間なんだろうと思わず苦笑しつつも彼女の温かさをじっと味わうのだった。
人の温もりに癒されてしばし、笹倉さんも落ち着き、俺もいい加減素晴らしき肉感に幸福がキャパオーバーしそうになったところでどちらからともなく身体を離した。
そうしてお互い落ち着いたところで、なんとなく彼女の姿を眺めてみる。
先程まではあたふたしてちゃんと見れてなかったし、彼女だって今日は異界に赴いて魔物と戦ってきたはずなのだ。俺だってちゃんと無事を確かめないと。
そうして上から下まで余すことなく視線を巡らせてふと違和感を抱く。
別に体調が悪そうとかそういうことではなく、こうシルエット的なものが違う。
そう、腰元まで伸びた髪を後ろでまとめていて……。
「ポニーテール? というか髪伸びてる?」
「ふふ、いつもなら顔合わせてすぐ気付いただろうに。やっぱさっきはかなり不調だったんだね」
「それはもう許して……じゃなくて、なんでこんな急に伸びてるの!?」
朝出掛けるときは肩に触れるか触れない程度だったはずで、その髪の伸びようは端的にいって異常だ。
もしかしてそれにともなって何らかの障害が発生してたりはしないかと焦るも当人はなんとも呑気に笑っていた。
「体調とかは大丈夫なのか?」
「全然平気だよ。急に髪が伸びて重くなった分少し首が疲れただけで、それももう慣れたし」
ひとまず体調に問題はないらしい。
それを聞いてほっとして一息吐き、それから許可を貰って彼女の髪に触れる。
……すごいサラサラだし、本当に彼女自身の髪の毛のようだ。
「なんかね、異界で……もちろん小異界のほうだけど、色々順調すぎて暇な時間があったからなんとなく新城くんは他の髪型で好きなのあるのかなあとか考えてたら、伸びてました」
「伸びちゃったか」
まあ小異界とはいえ異界は異界。
思念に影響を強く受ける場所だからそういうことも……あるのだろうか。
いやでも今日は特に何があるか分からないしなあ、あのクソ魔王のせいで。
念のため俺も魔法で確認させてもらったけど、ホントに髪がただ伸びただけで異常は見当たらなかった。
本当に大丈夫……らしい。
うん、大丈夫だと確認できたならそれでいいか。
何よりも重要なのは、だ。
「ロングヘアー! ポニーテール!! 超!!! かわいい!!!!」
「あはは、もうすっかり元気でいつも通りだね」
ここに来て新鮮な笹倉さんの姿を見てテンションが上がらない訳がない。
しばらく俺の興奮は冷めやまず、笹倉さんは苦笑しつつもそんな俺を受け入れた。
活動報告でサボってた分のコメ返信してます。
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