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84/112

その84

 魔王が魔法陣に接触するその寸前、魔法は発動しゲートは開いた。

 魔法陣をそのままぶち壊すかのような勢いだった魔王は為す術もなく開いたゲートに飲み込まれていき、在るべき世界へと帰っていった。

 まあ、残念ながら向こうの世界において存在は許されなかったみたいだけど。

 魔王を向こうに帰して数回深呼吸した後に脳裏に映したビジョンを見て俺はそんな感想を抱く。


『ようやく、です。ええ、先祖代々語り継がれてきた悲願をようやく達成できそうです』

『ぐ……ぁ……』


 どこか感慨深げに呟くユナ様を、魔王は苦しげな声を上げながらも身動き一つせず見ていた。

 なにせユナ様の腕が魔王の心臓部を貫いていて、その腕に支えられて魔王は空中にぶら下がっているような状態なのだ。

 そこまでされても血は一切流れていないのでなんだか現実離れしているが、腕を生やしたりしていたところも考えれば、魔王は人型をしてはいても中身はもはや人はおろか生物的ですらないのだろう。尿便意コントロールも効かなかったし。

 よく見れば魔王を貫いたユナ様の手には何かしら小さいボールのようなものが握られていて、そこから魔王の肉体へ今にも千切れそうなほど細い糸が辛うじて繋がっているのが見える。

 察するにあれは魔王の核とでも言うべき代物で、肉体との繋がりがほとんど断たれているために魔王は身動きできないのだろう。


(魔王がそっち戻った瞬間何があったのか解説プリーズ)

『(雄二が戦ってる間に魔力をひたすらチャージしていたユナがズドン)』

(オッケー把握)


 なるほど、つまり魔王は本当に向こうに戻ってすぐ仕留められたわけだ。

 太陽のごとき熱量を受けても多少ボロボロになる程度に頑強な肉体をもつ魔王も、世界最強なユナ様が時間をかけて練り上げた魔力の前には抗えなかったか。

 もう少し詳しく聞いてみればユナ様は魔王が消えたそのすぐ後に魔力を溜め始めていたらしい。どうやら消えた時点でおおよそ何処へ行ったのか当てをつけ、俺とビージであれば魔王を引き戻せると即座に判断しての行動だったようだ。

 流石の判断力と切り替えの早さに呆れるばかりである。


『さて……後はこれを完全に滅すれば……っと、どこまでもしぶといですね』

『は……はは……最後の……私の最後の砦……そう簡単に……破らせてなる……ものか……』


 それからユナ様は魔王の核を砕こうとし、眉を寄せる。

 どうも何かしらの守りが施されているようでユナ様の力を持ってしてもそれを破れないらしく、魔王が微かな力を振り絞って勝ち誇ったかのような笑みを浮かべる。


『これは……ただ力を集めればなんとかなるものでも無さそうです。仕方ありませんからコレを使うとしましょう』

『……そ……れは……!』


 そう言って取り出したのは何か宇宙を閉じ込めたかのような不思議な液体の入った小さな瓶。

 魔王がそれを見て驚いた反応を示すあたり何かヤバイものか、相当なレア物か。


『えーと?』

『ビージさんも愛飲している魔力水。飲んで耐えられるならばその美味しさにたちまち虜になるその水は飲めばすぐさま魔力を回復します。が、それは王城に湧いているような薄められたもの(・・・・・・・)の話なんです。で、これはそんな魔力水の原液(・・)なんですけどね。飲めば僅かな時間神にも匹敵するとも言われる程の魔力を得られるんですよ。その代わり効果時間が切れた後は生涯魔力を扱えなくなるんですけど。ゴク……あ、美味しいです』

『え、ちょ、ユナ!?』


 瓶に入った液体を見て首を傾げていたビージにユナ様はその液体が何なのかどういう効果があるのか説明して、あっさりと飲んだ。

 その行動にビージが慌てふためくも、時すでに遅し。

 ユナ様の体から翡翠色のオーラみたいなものが立ち上りビジョン越しでさえ強烈な存在感を示していた。


『さて、既に名も失った古き亡霊の王。長き因縁もこれでおしまいです』

『く……そ……私はこんな……』

『えいっ』


 そうしてユナ様は魔王に一方的に最後通告を叩きつけ、魔王の言葉に一切耳を貸すことなくそれはもうあっさりと魔王の核を握りつぶした。

 その瞬間僅かながらに動いていた魔王の肉体はピタリと動かなくなり――塵となって消えた。

 また、その数秒後にはユナ様から立ち上っていた翡翠色のオーラも消え同時に彼女の存在感が一気に小さなものとなる。


『ユナ! 大丈夫なのか!?』

『ええ、流石に疲れて少し体が重いですけど……ああ、違いますね。この重みは魔力を扱えなくなったものによるものですから。今後はこれが私にとって普通の感覚ですか。ふふ、新感覚です』


 そんなユナ様にビージが少し慌てて声を掛けるが、彼女自身が説明していたように本当に魔力を扱えなくなったらしい。それも完全に、だ。

 あの世界、色々と頑丈なせいか魔法の才覚もない一般人ですら最低限肉体が魔力によって強化されているのだが、その強化すらユナ様は失っているらしい。

 今の彼女は言うなれば地球人と同等程度の耐久力しかなく、それはあの世界においては致命的なハンデだった。

 けれど、当事者のユナ様はケロッとしていて「さ、帰りましょうか」とビージに告げていた。

 そんなユナ様にビージは胸中、さぞ大荒れだろうに当人が納得しきった様子を見せているために何も言えずにいた。

 やがて一先ずの整理はついたのかビージはようやく重い口を開いた。


『その……よかったのか?』

『ええ、もちろん。多少不自由にはなりますけど仕方ありませんし、それに……』


 表情に陰り無く答えるユナ様はじっとビージの方を見ると、


『私には素敵な騎士様がいますから。実は守られるお姫様っていうのにもちょっとだけ憧れていたんですよ?』


 と、少しだけ頬を染めながらも満面の笑みで告げた。

 そんなユナ様の言葉にビージも迷いを吹っ切ったのだろう、心なしか表情がキリッとしている。


『……全力で守ります。ずっと』

『ええ』


 なんて会話をして徐々に近づいていく二人……そんなシーンを迎えた所で俺はビジョンを見るのをやめた。

 ビージのイチャコラを見るなんてごめん被るのだ。

 もっと早く見るのやめてよかったはずだけどなんかタイミングがな。

 アイツだって普段であればわざわざ俺にそういうのを見せたりなんかしないだろうに、それだけアイツも色々余裕を失っていたのだろう。


 そうしてしばし俺はその場で佇む。

 魔王との戦いの余波で近辺の魔物は一掃されたからひどく静かで、そんな静寂が次第に此度の魔王騒動が終結したことを実感させていく。

 と、同時に一気に疲労感が押し寄せてきた。

 なにせ相手は魔王。

 怒りのままに戦い終始押せ押せだったが、それでも反撃が無かったわけではなく。

 しかも、その反撃は有象無象のそれとは違い、確実にこちらの命を削ぐとくれば消耗もやむなしだ。

 おまけに後先考えず肉体に強化魔法陣刻み込んだのも今になって響いている。

 傷はすぐに塞がったけどそれでも出血量は結構あったから貧血気味だ。


「っと、傷跡治しとかないと」


 戦闘を振り返っていてふと気づいたので治療の魔法を使い、しっかりと傷跡を残さないように治しておく。

 よく見れば服も結構ボロボロだし、後で着替えないと。


「……ふう、とにかく異界部屋に戻るか」


 それからふと未だに異界の真っ只中に居ることに気づき、俺は異界部屋へと足を向ける。

 その足取りは重く、たまにフラつき転びそうになる。

 傷は治しても減った血が増えるわけではないし、魔法による治療とは言え多少の体力も使うからな。


「おっと、戻ってきたか。ふむ相当疲れていると見えるな。人間、疲れた時は休息が大事なのだろう? すぐ休むといい。ああ、そうだ、できれば奴の結末を後日教えてくれるとありがたい」

「ああ……ニュートも魔王の力が異界に与える影響ってのを抑えててくれてありがとな」

「私と貴公の仲だ、気にするでない。ではな」


 異界部屋に戻ると腕組みしてじっと待っていたらしきニュートに迎えられる。

 どうやらニュートから見ても俺は相当疲れているように見えたようで、気を利かせたのかそそくさと立ち去っていった。

 時間を見れば昼の二時半といった所。

 笹倉さんもまだ帰ってこないだろうし、一先ず何か食って夜まで寝よう。

 そう決めて異界部屋から元の空間へと戻り、リビングに入ったら一旦休憩とソファに座り――――そのまま意識が落ちた。

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