その83
ビージ達の目の前から魔王は姿を消し、そのすぐ後に俺の背後から笑い声が聞こえてきたのでまさかと思い振り向けば、居た。
即座にビージ達が映るテレビを切り集中できるようにして、何が起きても対応できるよう背後に現れた男――魔王を監視する。
「はは……! これほど笑ったのはいつぶりか。奴ら私が逃げるとは思いもしなかったのだろう。クク……あの驚愕に満ちた顔! あの間抜け面を見れただけで爽快だった。さて、ここは部屋か? っと、先客が居たのか。ふむ、そうだな。一先ずこれからの足がかりとしてこの部屋を貰おうか――――は?」
先程、ビージ達と激闘を繰り広げていたはずのそいつは、どうもテンションが上っているのか先程までのラスボス然とした雰囲気は消え一人楽しそうに色々とぼやいていた。
それから気配で俺たちに気づいたのだろういろいろ言いながら振り向いて……固まった。
正直俺もまさかの来客にかなり驚いたけど目の前で一人芝居を見せられれば冷静になるってもので、とりあえず固まった魔王が動き出すまで視線を外さないでおくことにした。
ほら、猛獣と遭遇したら目を逸らしちゃダメっていうし。
「………………なぜ」
「お、再起動した」
「そんな……バカな……私は貴様の持つ縁を使ってこの世界へと渡ったのだ……その時点で世界の綻びは消え貴様は二度と元の世界に、この世界へ足を踏み入れることはできなくなったはずなのになぜ……!」
ほっほーう?
縁だの綻びだのと初耳な情報満載だけど、その縁とやらを使ったから俺のそばに転移してきたのかね。
まあ神でも無い存在が簡単に世界を行き来できるのは異常といえば異常。
行き来に何かしらの制限が掛けられてても不思議ではない。
少なくとも魔王がいたあの世界においてはそういうものだったのだろう。
まあ、そんなことよりだ。
今は魔王になんて声を掛けようか。
一先ず誤解を解く……いやいや折角相手が勘違いしてるんだからそのまま動揺させておこう。
この状況だと戦わないといけないの俺だし、取り乱して幾分威圧感は減っているけどそれでも凄まじい存在感から魔王の力は実際ヤバイってのはヒリヒリと肌に感じるし。
よし、ここは絶望感を煽る方向で行こう。
「知らなかったのか? 勇者からは逃げられないんだぜ」
「…………ああ、忌々しい! 世界も、神も、貴様もッ! ……だが、いつだって答えは単純だ。なれば、私は貴様を倒し今度こそ自由をこの手にするとしよう」
あ、選択肢ミスったわ。
逆に開き直ってラスボスモード入ったわこれ。
「……ところでニュートさんや」
「すまんが手助けはできぬぞ。私は奴の力が異界に与える影響を抑えるので手一杯だ」
「あー……それは、助かる」
そういえば魔王は元の世界では魔力の噴出する場所を刺激するような存在だっけか。
ならばその力が異界にも影響を与えるのもやむなしか。
むしろその影響を即座に抑えてくれているニュートに感謝しか無く、それ以上に助けを求めるなどできようはずもない。
ならば、ここは俺一人でなんとかするしか……。
「あ……」
いや待て。
異界に影響が出たとしてそれはどこまで波及する?
異界の中だけか? それとも入り口も?
はて、今日、我が愛しの女神様は何処に行ったか。
「っ!」
「ぐぅ!?」
それに思い至ったその瞬間、俺は内側からマグマのように熱く滾る力が溢れてくるのを感じ取り、本能がまま動いて魔王を殴っていた。
「ざけんなよてめえ……ふざけやがって……。よくも、俺の女神様を危険に晒してくれたなあ!」
「ぐ……消耗も考えず初手から全力だと――――ッ!?」
「避けんじゃねえ!」
そのまま追撃を入れたがそれは躱され思わず声を荒げる。
もはや一刻の猶予もないのだ。
相手が魔王だとかそんなのはもうどうでもいい。俺の全てを持って目の前の外敵を排除する!
そうと決まれば当然尿便意コントロールを行使。
……だが、魔王は先程殴ったダメージ以外に反応は見せることはなく。
「チッ、そりゃ封印されながらも何百年も生きてる化け物、消化器官なんざあるわけも無いと!」
「何の話を……! くっ、先程までの動きとはまるで違う……! これが今代の力か……っ!」
効かないとわかれば即座に破棄し、文句を口から零しながらただ全力で拳を振るい蹴りを放つ。
そのまま異界部屋から叩き出して異界に出ても攻撃の手は緩めない。
武術としてみれば俺の攻撃は最低限の型を保っただけの暴力でしかないが、しかし後先考えず全力の込められたそれは、ビージとユナ様相手に高い戦闘技術を見せた魔王の守りすらも打ち砕き、ついでに余波で異界の魔物が消滅していく。
無論俺にだってビージの得てきた戦闘技術は使えるだろうけど訓練を通して体にその動きを染み込ませてない俺では使いこなせるかわかったものではないからあえて意識しないでおく。
「防ぎきれん……! だが、捌けずとも致命傷は避けるぐらいならばっ! 先に力を使い果たすのは貴様のほうだ!」
その言葉に俺は全身に直接強化魔法陣を刻んでさらにギアをあげることで答えた。
肉体に直接刻むというのは言ってみればナイフで切り刻んで紋様を描くようなもので、故に全身に切られた痛みが走り結構な出血もしたが知ったことではない。治癒力も同時に上がっているので即座に塞がるし、傷跡だって後で治せばそれでいい。
同時にビージに魔力をこっちに回せと要求しておく。
いいから回せ。
出来ないなら今すぐ作ってできるようにしろ。
減った魔力は水でも飲んで回復して回復したらまた寄越せ。
状況が状況故にかなり乱暴に頼んだが、しかしそこは流石というべきか、数十秒後には魔力が満ちていくのを感じ取る。
無茶で勝手な要求になんだかんだと応えてくれたビージに少しだけ俺も冷静さを取り戻す。
そうして少し落ち着いた頭で状況を整理するも、このまま続行すべきと判断する。
どうも魔王はこの我武者羅な戦法が大層お気に召さないようでずっと苦しげな表情のままなのだ。
「ぬぐ……勇者ビージ! これほどの力を振るいながら、なぜ! なぜ一向に衰えぬのだ!?」
「はっ、そもそも今お前と戦ってる俺はビージじゃねえ。雄二だ」
『でもって勇者な俺は腹をタプタプにしながら魔力供給中なのである。うぷ』
一向に衰えない俺に酷く取り乱す魔王にいい加減一つの誤解を解いてやる。
ついでにビジョンの投射魔法であっちの世界で魔力水をがぶ飲みしているビージの姿も見せてやれば魔王は目を見開いて硬直する。
「らあ!」
「ぐぅ……っ!!」
当然そんな隙を見逃すわけもなく、溢れる力と魔力を拳一点に集めて魔王を思いっきり殴り飛ばせば数十メートルを転がっていき、大層苦しそうな表情を浮かべてフラフラと起き上がる。
それなりダメージを与えたようだが、どうせ魔王のことだから回復力も桁外れに決まってる。
だから、俺は距離が離れたのをいいことに二層の魔法陣を展開して小さな太陽を作り出す。
連盟相手には余波だけで終わりその真価は発揮されなかったこの魔法を魔王にはたっぷり味わってもらうとしよう。
「召し上がれってな!」
以前はそのまま水に変えたそれを躊躇なく発射。
見た目の印象とは裏腹にその小さな太陽はかなりの速さで、フラフラだった魔王は避ける間もなく爆炎に包まれた。
しばし轟々と業火の音だけが鳴り響き、俺は爆炎の先を睨みつける。
そうして油断なく構えていたお陰で黒い影が爆炎の中から飛び出しこちらへと迫ってくるのを察知した。
「あの程度で倒れるなどと!」
「思ってないさ。だけどこれでチェックメイトだ」
流石に少しボロボロになりながらも怒りの表情を浮かべて突撃してきた魔王に対し俺は手を翳す。
翳した手の先。
そこにはとある魔法陣が浮かんでいた。
防御系の魔法とでも思ったのか魔王はそれを見て一層勢いを増してついに浮かんだ魔法陣に触れるその寸前――
「ッ――!?」
――道は、繋がった。




