その82
当たり前のように不意打ちをして、当たり前のように魔王を挑発するユナ様に、魔王は多少忌々しげな目を向ける。
が、すぐにそんな態度を打ち消してじっと構え、さりげなく追加の不意打ちを仕掛けようとしていたビージをギロリと睨む。
空気をぶち壊されても、不意打ちされてもすぐに冷静さを取り戻すこの魔王は予想していたよりもずっと厄介かもしれない。
そんな魔王に同じ手は通じないだろうしかえって邪魔になるだろうと俺はこちらの声が向こうに届かぬように調整する。まあ、あれは別に狙ったわけでもないしな。
そうして俺が調整したのを見計らってか隣に座っているニュートが口を開く。
「ふむ、もう相手の気を削ぐ手助けはよいのか?」
「いや、あれは単なる事故だし俺としては必要以上に関わろうとは思ってないから」
「む、そうなのか。流れるようにあの娘が不意打ちを入れていたが……」
それはユナ様が腹黒だから。そう思ったが他ならぬビージの想い人なので一応伏せておき、とりあえず笑って誤魔化しておく。
「しかし、こう画面越しで尚且つ遠い異世界のことであるからはっきりとは分からぬが相手は随分とできるらしい。貴公の分体はもちろんあの娘もまた相当のようだが果たしてどうなるか、まるで読めんな」
それからやや険しげな目でそういうニュート。
この竜人は特殊な生まれから、膨大な力をその身に宿している。その力は俺たちが扱える最高の結界すらも破って見せるほどで、そんな力の持ち主に太鼓判を押される魔王の力はやはり侮れないのだろう。
まあ、だとしても。
「必ずビージ達が勝つさ」
だって負ければ死ぬのだ。
ビージもエージも分体故か死への恐怖はないらしい。しかし大切な人を、ユナ様を死なせることは必ず避けようとするだろう。
そしてユナ様もそんなビージのことをよく分かっていて、どんなに危険な状況になってもビージの傍を離れることはない。
であれば、ビージは。
ビージたちは絶対に勝つ。
そんな思いが込められた言葉にニュートは、竜の顔で分かりづらいが確かに、ほんの僅かに笑い、それから黙ってテレビへと視線を向けた。
俺もまたテレビへと視線を向ける。
画面では既に戦闘が始まっていた。
ビージが剣を薙ぎ、ユナ様が拳を撃つ。
見事に息のあったコンビネーションで攻撃を仕掛ける二人だが、そんな二人の猛攻を魔王は真正面からさばいていた。
少しでも二人の攻撃に時間差があればその時間の間にそれぞれを弾き、あるいはするりと避け、完全に同時に放たれた攻撃も硬質化した腕によって綺麗に受け流される。
だがその程度のことは二人も承知の上なのだろう、防がれても防がれても体勢を崩すこと無く次の行動へと移行して攻撃の手を緩めない。
そうして魔王も攻撃を捌くのに両の手では足りなくなり、しかしそれは腕を生やして増やすという荒業によって即座に解決される。
それを見たビージは顔を歪めていたが、動きの精細さが欠けることはなかった。
『気持ち悪っ』
『ええ、本当に。身も心も醜悪そのものですね』
『好きなだけほざけ。私は私の目的を果たす』
むしろ、会話する余裕すらあるらしい。
魔王はもちろんビージもユナ様も狂気じみた動きをしているというのにどこにそんな余裕があるのだろうか。
と、次の瞬間ビージとユナ様の動きがまた一段感早くなる。
どうやら魔王が腕を増やしたことに対抗しギアを上げたようだ。
おまけに剣やら拳やらの物理的な攻撃と同時に針状に圧縮された魔法も放ち始めている。
当然魔王もまだ限界なはずもなく、ギアを上げたビージ達の攻撃にも対応し、魔法も極一点に障壁を展開して相殺していた。
高速で動き回りつつ物理的攻撃と独立して魔法を放つビージ達も大概だが、その攻撃を躱しつつ、瞬時に魔法の着弾地点を見極め最低限の防御でやり過ごす魔王も大概である。
そうして戦いは激化の一途を辿るも、両者引かず劣らずで奇妙な膠着を見せていた。
「うむ、凄まじい戦いだ。どちらも実に繊細で高度な戦闘技術を駆使しながらも互いに有効打は無しか。しかし、このような動きを可能とするとは人の可能性というものは底知れぬな」
「人の可能性というかあいつらその辺から逸脱してそうだけどな」
「では、貴公もすでに人から外れておるやもしれんな」
「そこはほら、住んでる世界の違いとかなんとかできっと多分大丈夫」
郷に入っては郷に従えって言うし。……なんか違う?
実際のところはまあ、画面の向こうの状況がちゃんと視えている時点でお察しである。
それにしても魔王戦、基本は肉弾戦で魔法も派手なものはなくこうして見ていると存外地味だな。
さすがのビージも映画みたいな演出を意識するわけにいかないようでいつの間にやらやや遠い場所から魔王を自動追尾するだけになっているから、余計にそう感じてしまう。
逆に言えばその程度は維持する余裕はあるということなので少しだけ安心できる。
そんな感じでニュートと軽く感想を交えたりしつつも魔王との戦いを見続けているとふいにそれぞれの魔力を纏った攻撃がぶつかり弾け、戦闘が始まってから初めて距離が空き、そのままにらみ合う。
『やれやれ、常軌を逸して強いのは今代も変わらずか』
『攻撃全部防ぎながら言われてもな』
『醜悪なれど、力だけは認めざるを得ませんね』
ビージたちを認めるかのような発言をする魔王に傷はなく、全く堪えた様子もないその表情からはまだまだ余裕を感じ取れる。
まあ、それはビージたちにも言えることだが。
『……私がこの力を得るのにどれだけの者を犠牲にしてきたか。それを思えば貴様らは理不尽だ。天賦の才に神の慈悲。そんなもので多大な犠牲を強いて得た力に並ぶのだから』
『なんだ、嫉妬か?』
『ああ、そうかもしれん。私にも才があれぱ、神に力を貰っていれば、あの日――――』
まるで過去の出来事を悔いるかのような言葉。
しかしその声に後悔の念など欠片もなく、ただ淡々と告げているだけだ。
『――――民を贄にしたその時には神に成れたかもしれないのだ』
それが分かっていたから続けての言葉を聞いても特に驚くことはなく、ビージ達も同じように全く動じない。
『……なんてな。神になるつもりもないし、才やら神の力も必要ない。私はただ全てを思うがままに生きたかった。だから手っ取り早く力が欲しくて、そこに材料があったから実行した。しかしそうまでしても未だに私は勝手気ままに生きられずにいる。いつもいつもそれを邪魔する存在が現れてきたからな。そう貴様たちみたいな忌々しい者が』
そう言ってため息を吐く魔王だが、なんとまあ勝手なことを。
最初にユナ様が言っていたが本当に幼稚で情けない思想だが、そこに躊躇が無いのが怖い所か。
しかし、なぜここに来てそんな話をするのだろう。
ビージ達も別に黙ってただ話を聞いているばかりでないのだが、饒舌に話しながらも魔王は隙を見せないから結果的に動けないでいる。
しかし間もなく二人は動くだろう。
隙がないなら作り出すまでと若干脳筋じみたところが二人にはあるのだから。
『さて、私はここまでの戦いで十分理解した。ああ、今回も結局私は負けるのだと。私も貴様らも互いに全力を欠片も出していないが、それでも理解ってしまったのだ。それは貴様らも同じだろう? 力を得るというのも考えものだ。そういうことに否応なく気づいてしまう。どうなるか分からないのであれば望む結果を引き寄せるため抗える。だが、明確に結果が見えてしまえば……難しい。しかし私は知っている』
だが二人が動くよりも先に、魔王が動く。
声は相変わらず淡々としていたが不意に魔王が嗤う。
『答えはいつだって単純だ』
『っ!? それはっ!?』
次の瞬間、魔王の足元に魔法陣が展開された。
どこまでも緻密で膨大な情報が刻まれたそれはとても一瞬で展開できるものではない極大魔法。
その浮かんだ魔法陣にユナ様が珍しく動揺し、ビージも目を見開いている。
それはかつて俺も写真で見せてもらった送還魔法陣に酷似していて――――
『ははっ! いつかの勇者は実に興味深い技を持っていたぞ。体内で術式を構成し発動するという私達が使う魔法とは別の体系のそれ。封印された私は虚空の中でそれを紐解き、おかげでこうして貴様らに勘付かれることもなく魔法を構成できたというわけだ。そう答えはいつだって単純。無理なら諦めて逃げればいい。それだけだ――」
――――最後に魔王はそう言ってビージ達の目の前から姿を消した。




