その80
実家に帰省し、一日泊まった後はすぐにいつものアパートへと帰宅した。
実家で受けたセクハラはあまり思い出したくないが、なぜか両親二人仲良く軽くお腹の調子を崩すという天罰もあったのでもう気にしていない。
また、ダンボール一箱分の避妊具は結局そのまま貰い、今は異界部屋に置いてある。
考えてみればダンボール一箱分って結構なもんだよな……金額的に。その点を踏まえるとありがたいとは思うのだが如何せん渡されたシチュエーションが宜しくなかった。どうにも素直に感謝する気になれないのは俺が悪いだけではないだろう。
そうしてアパートへ帰ってきてから数日が経ち、俺は出掛ける準備万端といった様子の笹倉さんを眺めている。
忘れ物などのチェックを済ませた彼女は俺の方を向くとニコリと笑い、声を掛けてきた。
「じゃ、行ってくるね」
「うう……どうか無事に帰ってきてね……」
「もう、大袈裟だなあ」
涙ながらに無事を祈る俺に苦笑しつつ笹倉さんはそのままどこかへと向かい歩きだす。
そんな彼女の姿を玄関から見送る俺。
そう。今日の俺は同行せず玄関から見送るだけだ。
なぜなら彼女は遊びにいくわけではなく仕事に行くのだから。
ただ、俺としては仕事だからこそ本当は同行して傍にいたかった。
だって仕事、と言ってもそれはアルバイトとかではなく魔術師として異界浄化の仕事だからな。
当然ある程度危険があるわけでそんな仕事に一人で行かせるなんて心配で胸が締め付けられてしまう。
実際その提案を受けた時に俺も一緒にと言ったのだが、他ならぬ笹倉さん自身に断られてしまった。
曰く、ちゃんと自立したいらしく、今回の仕事はその第一歩らしい。
さらにその自立したいというのがおれと対等でありたいからとも言われ、そんな神の御言葉に逆らえる俺ではなかった。
多分、彼女はずっと前から考えてはいて、この前両親に紹介したことでいよいよ表に出てきたといったところだろう。
真剣に考えて決めたことを彼氏だからと縛れるはずもないのだ。
とはいえ心と頭が一致してくれるわけでもないから今尚見苦しく涙目で見送っているのだが。
ちなみに異界浄化の仕事は以前に海で出会った夢野さんが仲介してくれたみたいだ。
連絡して数日で実際に異界浄化の仕事が回ってくる辺り、魔術師界隈において異界浄化の人手は一人でも欲しいって感じなんだろう。
さてそんなこんなで笹倉さんの後ろ姿も見えなくなったところでいい加減涙を拭くと玄関の扉を閉める。
けれどリビングの方には向かわずそのまま玄関の側に設置してある異界部屋に繋がる門へと足を向けた。
何もしないでいるとひたすら悶々としていそうだから、俺もこの日に予定を入れておいたのだ。
とはいえそれも向こう次第な所があるのでどうか予定通りであってくれと願いつつ俺は我が親愛なる分体へと念話を繋ぐ。
(さて、予定通り進みそうか?)
『ああ、いつでも封印を解いて魔王に喧嘩売れるぜ』
(おお、なら前いった通り観戦させてもらうわ)
念話の相手は勇者として異世界に召喚されたビージ。
以前より魔王の復活を待たずに殴り込みにいくと言っていたので今回はその観戦をさせてらおうと事前に約束をしていたのだ。
それだけなら別に異界部屋に来る必要は無いのだが、折角の魔王との戦いも一人で見るのはちょいと味気ない。
「おーいニュート、聞こえてるだろ? ちょっと用があるから来てくれないか」
てなわけで俺はどこへと言うわけでもなく普通の声でそう呼びかける。
すると、呼びかけてから十秒も絶たない内に目の前の空間が僅かに歪み、そこから全身が鱗に覆われ竜の顔を持つ人型の存在、いうなれば竜人が姿を現した。
「おお、我が盟友よ。貴公から呼び出されるのはこれが初めてだな? いつもは私がフラッと姿を現すばかりであったから少々驚いた。それに安心もした。私はそこまで嫌われてはいなかったのだとな。いや、実は私もようやく自身の言語能力が少々面倒であることに気づいたのだ。聞かれていないことを長々と――と、いかんな。貴公と話すのも久々で、今まさに面倒なことになっていたな。うむ。で、だ。此度はどういった用件か?」
「相変わらずだなニュートは」
早速とばかりに矢継ぎ早に言葉を連ねる竜人――ニュートに苦笑しつつもひとまず適当な椅子を示して迎え入れる。
言うまでもなく今日はニュートと共に魔王戦の観戦をするつもりであり、そのことを伝えれば目の前の竜人は即座に頷き、どこかワクワクした様子を見せるがふと疑問でも浮かんだかのように首を捻る。
「しかし異世界の出来事を如何にして見るというのだ?」
なるほどそれは当然の疑問だろう。
なにせ遠い遠い異世界のこと。仮にドローンを向こうに渡しても電波がこの世界まで飛んで来るわけもなく、そもそも魔王との戦いの余波にドローンが耐えられるとも思えない。
「ああ、一つ考えがあってな。ひとまず思念に影響される異界と魔法を組み合わせて作ったのがこれなんだが」
そういって指差したのは幅が俺の身長くらいありそうな大きなテレビだ。
異界は思念の影響を受けて簡単にものを作れるからちょちょいと作り壁に設置しておいたのだ。
「ふむ。確かテレビというものだったか……? いや、これは外見を模しているだけか」
「その通り。まあ外見通り映像を映すものではあるんだが、その映像はテレビとか録画ではなく俺の頭の中のイメージなんだ」
正確には異世界にいるあいつらとの視覚共有によって得られるビジョンの投影である。
このビジョンに限定してテレビに映るように調整するのには微妙に骨を折ったがそれも今日までに鍛えられた魔法創造力によってクリアした。
この視覚共有自体は能力共有と同じように異世界に同時に召喚されたあの日からあったものだが、初日に数回使っただけでそれ以降は使わないようにしていた。
最初はただ使わないという取り決めだけだったが、ビージが封印関係の魔法をいくつか覚えた所で実際に使おうと思っても使えないように魔法的にも封印して徹底的に使用を避けてきた。
なにせこの能力はプライバシーの侵害が酷すぎる。
俺とあいつらは同じ存在でもあるが、別の存在でもある。だから著しくプライバシーを侵害するこの能力は満場一致で封印することとなったわけだ。
ま、第三者が介在するわけでもない俺たちの間での取り決めだから一時的に封印を解くのも簡単であり、だからこそ魔王戦の観戦ができるのだが。
「――なるほど、貴公も相変わらず実に数奇な存在よな」
「ちょっと特殊な経験があるだけで普通の存在だっつの」
そんな俺の説明を受けて軽口を叩くニュートに相槌を返しつつ、念話でビージに確認を取ってからビジョンを繋ぎ同時にテレビを点ける。
『ういーっす、今魔王が封印された森を進んでいるけど見えてるかー?』
『ええと初めまして、でしょうか。身勝手ながらあなたを……ビージさんをこの世界へとお呼び立てしたユナと申します』
すると鬱蒼とした森をバックに無駄な決めポーズを取るビージとザ・お姫様といった清楚でおしとやかな雰囲気の美少女、ユナ様の姿が映し出されビデオ電話の如くこちらへと話しかけて来た。
……はて。
あくまでもビージの視覚を共有しているはずなのになぜビージ、お前が映っているんだ?




