その79
前回のあらすじ。
雄二の実家を訪れた二人。
穏やかに迎えられて彼女の紹介も済み、両親にも好印象を与えられたようでめでたしめでたし
……と綺麗に終わるかと思いきや、雄二の両親はセクハラめいた爆弾を投げつけたのであった。
「は?」
間の抜けた声が口から漏れた。
はて、この親は今なんといったか。
やったとかやってないとか……そう、ド直球のセクハラ発言をしたのだ。
「え、そういうの普通言う? 息子とその彼女に対して真正面から言っちゃう?」
「しかし大事なことだろう?」
「大事だけども! けど、もっと話の流れとか、オブラートとか!」
少なくともあのタイミングでぶち込んでくる話ではない。
だというのにこの親二人は何か問題があるのかと言わんばかりの顔でこちらを見つめ返している。
流石にこんな両親に笹倉さんもさぞドン引きだろうとチラリと見れば……あれ?
「あの、笹倉さん。その苦笑しながらもさもありなんみたいな表情はなんですか?」
「え? いや、まあ流石新城くんのご両親だなあって」
それは俺も同類とおっしゃりたいので?
と思ったもののノータイムで頷かれても困るのでここはスルーしておく。
「だからまあ仕方ないと諦めて、真面目に考えたんだけど……実際大事な話だよね?」
「まあ、そうなんだけども……」
「そう、とても大事な話だ」
我が意を得たりとばかりに急に真面目くさった顔で会話に入ってくる父。
どうも退路は絶たれてしまったようなので俺もこの際諦めよう。
尚、姉とその運命の人、小日向さんはいつのまにやら離れていたが、それに気づいた母さんが笑みを浮かべて向かっていったので、これから父さんに聞かされるのと同じような話を向こうも受けるのだろう。
ああ、他人事だと笑えたらどんなによかったろう。
「さっきみっちゃんも言ってたけど、それをすること自体は僕らも反対はしないよ。どれだけ綺麗事を並べても切っても切れないことだから。まして結婚も視野にいれている君たちなら尚更だ」
そうしてひどく真面目な顔とトーンで父さんは話し始めた。
思っていたよりもずっと真剣に考えての発言と分かるその声に俺も思わず背筋を伸ばす。
それは隣で聞いている笹倉さんも同じだった。
「しかし、だからといって身勝手に軽々しくしていい行為ではないよね。それは単に好意を表す儀式なんかじゃなくて、子供という新しい命を作るものでその結果に対する責任はすごく重いものだ。覚悟もそうだし現実的な問題として育てるためにはお金が必要になるからそれをどうするかも考えるべきだろう」
「そりゃ、まあ」
「もし準備も整わない中で子供が出来てしまえば十中八九苦難の道を歩むことになる。まあ、愛の結晶とも言うべき子を育てるのはその苦難に勝る幸せを与えてくれるものでもあるけれど、考えるべきは君たちのことだけじゃない。生まれてくる子供がどう感じるかも考えてあげないとね」
生まれてくる子供のこと……か。
なるほど確かにどんな苦難の道であっても笹倉さんと一緒なら俺はそれを乗り越えるだろう。
だが、生まれてくる子供にその苦難を強いることは……したくないな。
「……うん、顔つきを見るに二人ともちゃんと子供の幸せを優先したいって思ってくれたみたいだね。ひとまず安心かな。まあ世の苦難に立ち向かいながら子育てをする親を否定するわけではないし彼らは彼らで立派だとは思うけど、やっぱり僕らとしてはちゃんと準備してくれたほうが安心だ。つまりは僕らの我儘でいらぬお節介ってやつさ」
「いや、まあ実際考える切っ掛けにはなったしありがたい話だったよ」
「うん、別に軽く考えてたわけじゃないけど一層真剣に考えないとね」
今までだってその辺りのことを軽く考えていたわけではないが、かといって深く考えているでもなかった。
こうなるとその行為に踏み切れない繊細なマイハートに感謝しないといけないかもな。
……いや、ただのヘタレを肯定するのはよくないね、うん。
ともあれ最初こそ何を言うんだこのセクハラ親父と思ったものの終わってみればちゃんとこの話をしてくれてよかったよかった。
これを気に真面目に避妊とか将来とか考えたいと心からそう思う。
「そんなわけで……はい、とりあえずダンボール一箱分用意しておいたから」
「もおーーー!!! そういうのがなければいい話で終われたたのになあー!」
「はっはっは。親としてはこれくらいの気遣い当然だよ」
話全然通じてない!
何、いいことしたぜみたいな顔してんだこの人!
流石の笹倉さんもドン引きしているらしく、笑顔の仮面を貼り付けている。
感情を殺し表に出さないようにしているのがむしろハッキリと伝わってくるような仮面だから、父さんも彼女の内心には感づいているのだろうが、悲しいかな俺がそうであるように父さんも母さん以外からそういう反応をされても毛ほどもダメージを受けないのだ。
姉さんとの話を無事終えたらしい母さんとやり遂げたかのようにハイタッチしてる様をみればそれはもう明らかだった。
はあ……ほんとこの両親は。
「あ、そうそう。ちゃんと着け方とか勉強するんだぞ? それから些細な事で避妊失敗することもあるからどっちにしても覚悟もね」
「うん、もう黙ってよう? 頼むから」
結局、最後の最後までデリカシーの欠片もない発言に疲れきった俺は大きく肩を落としつつも真顔で話を打ち切るのが精一杯だった。
さて、思い出すと遠い目をしたくなるようなそんな地獄のセクハラ講義を受けた後、俺は笹倉さんを連れ立って地元の町へと飛び出した。
とはいえ、珍しいものがあるわけでもないし地元の友達が居るわけでもないからぶっちゃけやってることはいつものデートとおんなじだ。
なんとなくおや、見覚えがあるなって程度の人はちらほら見かけたけどそれだけである。
「今日は、うちの親がごめん」
「あはは……。最初はまあ大事かなって思ったんだけどね」
「ちょっと悪ノリしていた感じはあるけどそれでも茶化したりはしてないのがまた質が悪い」
「確かにどこまでも声には真剣味があったね……」
と、そんな会話も挟みつつデートを続け、最後はカラオケで喉を鳴らして再び実家へと戻った。
一応久々の帰省ってことで一日ぐらいはこっちに泊まってみようかなっていう考えだ。
幸い、父さんも母さんもデートから帰ってきてからは特に爆弾をぶち込んでくることもなかったので、平和で楽しい団欒といった感じの一時を送れて一安心。
そうして時間も過ぎてそろそろ寝ようと用意されていた部屋の扉を開け、目に入った光景に呆れてしまう。
「……ほんとごめんな。うちの親が」
「ははは……まあ、これぐらいなら別に問題はないけどね」
扉の先。
そこは綺麗に掃除がされた和室でなぜだか淡い光を放つライトがおかれ、部屋の真ん中には少し大きめの布団が一式敷かれ、枕が二つ並べられていた。
うん、昼の話はまだ真面目なところが大きかったけどこれは完全に悪ノリが過ぎるな。
まあでも笹倉さんも言ってるようにこれぐらいなら別に動じるほどでもない。
性懲りもなくこんなイタズラをされていたことに疲れただけで、笹倉さんとはすでに同じベッドで眠る仲なのだから。
本当に眠るだけなのが我ながら情けない限りだが……むしろ一緒に眠れるようになっている自分を褒めておこう。
まあ、でも。
ちょっと両親をトイレに篭もらせるぐらいは許されるよね?




