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77/112

その77

※微妙にガールズラブ要素あり

 笹倉さんと海に行ったあの日から数日。

 過ぎた日々は毎日が猛暑日で時おり降り注ぐ豪雨が湿度をあげて一層蒸し暑いそんな毎日だったけど、俺と笹倉さんはそんな気候に負けることなく手を繋いでお出掛けしたり腕を組んだりと、周囲の人々の熱を上げる一翼を担っていたと思う。

 実のところ暑さは魔法で解決していたからそれはもう快適ななかでイチャついていたわけだけども。


 さてそんな楽しい日々を過ごし向かえた今日は八月一日。

 以前より両親に笹倉さんを、笹倉さんに両親をそれぞれ紹介するという目的のため帰省することを決めており、今は実家を目指してガダンゴトンと音のする電車で揺られている。

 周囲には誰一人としておらず、俺はいつの間にかボックス席で一人ぼっち……なんてことはなく周囲にはそれぞれ目的を抱えた人がいて俺の正面には笹倉さんが座席に座ってお茶を飲んでいる。

 と、見ているのに気付いてこちらを向いた彼女と目が合った。

 一瞬きょとんとした表情を浮かべた彼女はその次の瞬間には嬉しそうにニコリと笑い話しかけてくる。


「結構遠くまで来たね」

「ん、まあね。実家は山の中ってわけでもないけどそれなりに離れた場所にあるから」


 そんな風に答えつつも少しドキッとしてしまった心臓を落ち着かせるためチラリと窓の外を見る。

 電車に乗ってしばらく経った今では高層ビルなどかけらも見えず、広い田んぼと低い屋根の一軒家がチラホラと見える程度の景色が広がっていた。

 まあ大都会ならともかくこの辺だと主要な街の間は大概こんな景色なので別におかしなことでもない。


「家まであと半分ってところか。笹倉さんは大丈夫? 緊張とかしてない?」

「ううん、大丈夫。新城くんの両親ならきっといい人達だと思うし、私もお義父さんとお義母さんに挨拶はしておきたいから」

「ん?」


 気のせいか、今言葉のニュアンスがおかしかったような。


「お父さんとお母さんに?」

「お義父さんとお義母さんに」


 俺の言葉におうむ返しで答える笹倉さん。

 その際に一瞬だけ目に妖しい光が見えた気がした。

 うーむ、やはり同じことを言ってるのに微妙に違う気がする。


「新城くんは? 緊張してたりしないの?」

「ん、それはないね。別に恥ずかしい報告でもないし、むしろ実の親といえども自慢してやりたい気持ちでいっぱいだよ」


 首を傾げていると笹倉さんに問いかけられたので先程の違和感についてはパッと考えるのをやめて彼女の問いかけに答える。

 父さんも母さんも暇さえあればいちゃついては惚気話を展開して辟易させられてきた。

 ならば今度は俺の番だろう。

 一方でそんな両親の姿は羨ましくもあり、目標でもあった。

 だから俺も同じように愛に生きるのだと伝えたいとは昔から考えてきたことで、こうして実際に報告できる日が来るとはなんとも感慨深いものだ。

 おまけにその相手である笹倉さんはこの世の何よりも美しく、そしてかわいいと来た。

 なんと誇らしい……いや、彼女は誰かに自慢するためのステータスなんかじゃないのだからそういう考えは失礼か。

 俺はただ彼女を愛し、彼女と共に歩みたい。ただそれだけを報告すればいいのだ。


「そんなに見つめてどうしたの?」

「ああ、いや。なんでも」

「そう? やっぱり緊張してるんじゃない?」

「ないって。大丈夫、ありがと」


 笹倉さんに声をかけられて、思考から抜け出した俺は苦笑しつつ心配する笹倉さんに問題ないと笑いかける。

 しかし笹倉さんに心配させるとは俺も少しナイーブになっていたようだ。

 もしかしたら実際俺は緊張しているのかもしれない。

 だとしても、もう問題ないだろう。

 あれこれ考えたところで目の前に笹倉さんがいて笑っている。

 それだけで十分なのだから。


「やっぱ俺笹倉さんのこと大好きだわ」

「うん? うん、私も新城くん大好き!」


 気づけば思わず口に出していた言葉に笹倉さんは突然のことで一瞬キョトンとするけれどすぐに花のような笑顔で恥じらうこと無く返してきた。

 瞬間車内の客から少しだけ殺気を感じたけれども、感じた方向を睨みつければなぜだか皆慌てて顔を背けた。

 うむ。

 平和な旅路だな!







 あれから幾つかの駅を過ぎて実家の最寄り駅へと到着した。

 駅前の目につくところにはお店や料理屋が多く見え、やや離れた場所には小さいビルなども立ち並ぶ。

 地域全体で見れば割りと田舎だが、それでもこうして主要部はそれなりに都市化が進んでいて住み心地は結構よい。

 元々は俺もこのあたりに暮らしていたわけで景色が大幅に変わっているということも無かったので、ここからは俺が先導してバスを使い、家の近くのバス停からしばらく歩いたところでようやくたどり着く。


「ここが俺の実家だよ」

「ここが……普通だね」


 うん。

 その通り普通である。

 昔からある古き良き一軒家というわけでもなければ大豪邸というわけでもない2階建ての普通の家。

 強いて特徴を挙げるなら多少庭が広いぐらいのと見た目以上に防音がしっかりしていることぐらいか。

 と、しばし実家を眺めているとふいに玄関が開かれる。


「やあ、雄二。おかえり」

「ああ、父さん。ただいま」

「あっと、こ、こんにちは。笹倉由美って言います。今日はよろしくお願いします」

「ああ、君が笹倉さんだね? 息子をよろしく頼むよ」


 どうやら俺たちが家の前まで来たことにいち早く気づいたようでこれと言った感慨もなく気軽に挨拶されたのでこちらも挨拶を交わす。

 笹倉さんは唐突に父さんと対面して軽く慌てたけど突発的な事態には慣れてきているようですぐに落ち着いて挨拶していた。

 なんで慣れてるのかは……考えないでおこう。

 多分俺は関係ないはずだ。


「母さんは?」

「昼ごはんを作ってるよ。雄二たちも食べるだろう? というかもう雄二たちの分も作ってるから食べてくれないと困るんだけどね」

「もちろん」

「すいません私まで。いただきます」


 昼ごはんか……匂いからすると焼きそばかな。

 ま、ちょっと多くつくるって時に作りやすいしな。


「さあ、立ち話もなんだ。さっさと家にあがるといいよ」

「ういー」

「お邪魔します」


 父さんに言われ俺と笹倉さんは家へと上がり込む。

 先導する父さんについていき、リビングに入れば俺がここに暮らしていた頃とほとんど変わらぬ景色が広がっていて不意に懐かしい気持ちが込み上げてきた。

 その気持ちのまま視線を巡らせているとすでにリビングで寛ぎ談笑する二人の女の人に目が止まる。


「や、姉さん」

「あら、雄二。おかえり。あんたも帰ってきたのね」

「おう……ところでそちらは?」


 一人は俺の姉さんであるから軽く声をかけたが、隣で姉さんと話していた女性については全く知らない人だ。

 なのでそれを尋ねれば姉さんはその女性の肩を軽くだいて引き寄せる。


「この子はゼミの後輩で、私の運命の人」

「ちょ、冬華先輩!? そんなあっさり!?」


 恥じらうことなど何一つ無いと言わんばかりの笑みを浮かべた姉さんの宣言に、抱き寄せられた女性の方が慌てふためいている。

 はて、姉さんの宣言におかしいところなど一つもなかったと思うけど、何で目の前の女性は慌てふためいているのだろう?


「それでそっちの子があんたの運命の人?」

「ああ、うん。ま、お互い運命の人と結ばれてなによりで」


 さっぱりわからないので一旦彼女のことはスルーして姉さんの問いかけに俺も笹倉さんの肩を抱き寄せて答える。

 笹倉さんも軽く驚いた様子はあったけどなにか悟ったのか苦笑してされるがままだ。

 そんな姿に姉さんは軽く茶化すように拍手して楽しそうに笑う。

 それを受けた笹倉さんは女神のような微笑みを浮かべ肩に頭を載せるように俺の腕に抱きついてきた。

 流石笹倉さんノリがいい!

 でも不意打ちは俺の心臓に悪いからやめて、などとは間違っても言えない。

 心臓に悪くともこの幸せを拒めるものがどこにいようか。


「ええ……これ、私がおかしいのかな? 世間ではこれが普通……なの?」


 そんな空気の中で姉さんの運命の人は大層混乱している様子だった。

 どうやら彼女にとっては驚きの展開みたいだけど……ま、そのうち慣れるだろうし気にすることでもあるまいて。

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