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その76

 異界とは進んで関わる気もなかったが、お金が手に入るというならば話は別だ。

 将来、笹倉さんと結婚をするのなら何かしらの収入源は必要だからな。

 実際にそれで稼ぐかどうかは別の話であるが、選択肢は増やしておいて損はないだろう。

 そんなわけで詳しく話を聞けないか頼んでみると女性の魔術師も急ぎではなかったみたいで快く受け入れてくれた。

 その際にこちらの潜水艇ウッディー号(ただの木の板)に乗船したいとのことだったが三人入るには狭すぎるので、海底をちょいと弄って平らにし空気のドームを作り出しそこで話を聞くことにした。

 狭い空間に笹倉さん以外の女性となんて嫌だしね。

 もちろん魔法陣は海底の砂の下で展開して秘匿してある。

 

「あっという間に……案外腕のいい魔術師だったみたいね」

「まあ、そこそこには」


 具体的にはとある世界で一二を争えるぐらいには魔法は得意である。

 俺の手柄じゃないけどね。


「さて、まずは……自己紹介からかしらね。私は夢野(ゆめの) (まい)。名前でも名字でも好きな方で呼んでくれていいわ。ちなみにどこの組織にも属さないフリーランスの魔術師よ」

「新城雄二です。一応形式上は連盟に所属ですね」

「笹倉由美です。おなじく形式上は連盟所属です。よろしくお願いします」


 それから女性の魔術師――夢野さんは俺の魔法に深く突っ込むことなく自己紹介してきたのでそれに応えて俺たちも何者かを明かす。

 その際に所属にも触れることになって思い出したけど笹倉さんはもちろんだが、俺もトーナメントに参加するために形の上では連盟所属のままだった。

 とは言え不干渉を約束させているから実質脱退済みとも言えるのだが、今度正式に脱退しておこう。

 などと無駄なことを考える前に今は目の前のことをなんとかすべきか?

 俺たちが連盟所属と言った途端に夢野さんは表情を厳しくして、距離を取っていた。

 察するに特に警戒されているのは俺の方みたいだ。


「……連盟? あの連盟に所属しているの?」 

「その様子だと連盟の悪名って結構広まってるんですね。やっぱクソだなあの組織」

「夢野さんは女性だし余計に悪い話を耳にしてるんじゃないかな? まあ仕方ないよねー、連盟だし」


 夢野さんの態度もごもっともと頷きつつ改めて連盟はさっさと正式に脱退しておこうと心に決める。

 そんな俺たちの様子に夢野さんも俺たちが別に連盟に染まりきった人間でないと察したのか少しだけ表情を緩めて視線を俺と笹倉さんに交互に向ける。

 やがて何か見たのかはたまた察したのか、夢野さんは警戒を解くとおもむろに頭を下げた。


「……ごめんなさい。早とちりして失礼な態度を取ってしまったみたい」

「いえ、こちらこそすいません。夢野さんの反応はまあ妥当なものかと」

「私達も考えなしに連盟に所属なんて言うべきじゃなかったです。すみませんでした」


 それを受けて俺たちも謝罪を返せばなんとも言えぬ微妙な空気がこの場に満ちる。

 なんとも話しづらいその空気をなんとかすべく、とりあえず俺たちと連盟との間で起きたあれこれをある程度詳しく夢野さんへと説明する。

 その説明に夢野さんは要所要所で疑念の目を向けつつも最後まで真剣に耳を傾けてくれて、嘘探知の魔法の効果もあってか最後には渋々と言った様子はあるものの一応否定することなく話を受け入れてくれた様子。


「なるほど……それなら連盟の魔術師が最近大人しいことの理由も付くわね」


 そうして話を聞いた夢野さんは呆れた様子でそう零す。

 どうやら連盟も最近は大人しいようで前ほど煙たがれるような態度も取っていないらしい。

 つまり状況証拠的にはある程度信じられる話だったというわけだ。

 だが、やはり信じきれる話でも無かったようで。


「けれど、あなた達だけで組織一つを相手取って圧倒するだなんて……やっぱり信じがたい話よね」


 と、首を振りながら言われてしまう。

 まあ確かに二人だけで数百人以上が所属する組織を相手にして圧倒するなど信じられる話でもないからな。

 しかしだからといって俺たちを疑ったり、より問い詰めてくるというようなことはなく夢野さんは俺と笹倉さんに交互に視線を向ける。


「でも、連盟とかそういうの以前にあなた達のことは信じるわ。あなた達のように互いに思い合っている人が連盟の思想に染まってるわけがないもの」


 それから優しげな笑みを浮かべて言われた言葉に少し照れくさいものを感じてしまう。

 そしてそれ以上に周りから見てもそういう評価を貰えたという事実が大いに喜ばしく思わず頬が緩んでしまった。


「まあ、彼女は俺の女神ですから当然ですよ!」

「あ、もう! 初対面の人にそういうことは言わないでよ!」

「ふふ、本当に仲がいいのね」


 思いがけない他人からの評価に歓喜に満ちた俺は思わずテンションが上って普段のノリで宣言してしまい笹倉さんに軽く咎められるけど夢野さんはそれを見てますます笑みを深め、少し前までの微妙な空気はなんとも弛緩したほんわかとした空気に様変わりしていた。

 



 少しして落ち着いた所で改めて異界浄化の話を伺う。

 夢野さんもすぐに切り替えて少しだけ真面目な表情をすると、俺が聞きたいことを簡単に教えてくれた。

 彼女の話によれば異界浄化で報酬が得られるのは珍しいことでもなく、むしろ当たり前とのこと。

 どうやら魔術師界隈には異界浄化の仕事を斡旋する組織があってそこで仕事を引き受けて浄化に励むことで報酬が貰えるらしい。

 言ってみれば異世界モノの小説で見かける冒険者ギルドみたいな組織なのだろう。

 まあ考えてみれば異界を放っておけば惨事になるから対処が必要で、その対処をする魔術師には命を落とすリスクがあるのだから報酬はあって然るべきである。


「でも異界の魔物って倒しても魔力に霧散するだけですよね。つまりは何のリターンも得られないわけで、お金は減る一方になるんじゃ?」

「ええ。でも必要なことだから、国とか有力な組織や企業がスポンサーになってるのよ」

「なるほど、公共事業みたいなもんですか」


 それなら連盟の奴らが異界浄化にしがみつくのも納得ではある。

 同じようなことを考えたのか隣で笹倉さんが若干黒い笑みを浮かべている。かわいい。


「国も一応異界については知ってるんですね」

「ええ、流石に魔術師だけの問題というわけにはいかないもの。でも魔法は内緒だからしばしば怪しげなお金の流れがあるなんて騒がれたりするのよね」


 そういって苦笑する夢野さん。

 なるほど確かにそういうお金の流れとか、謎の経費だとかいう話はしばしば耳にする。

 実際はそれの全部がそうというわけではなくてもいくらかは異界対策に充てられていたというわけだ。


「さてとりあえずはこんなところでどうかしら」

「ええ、とても参考になりました。ありがとうございました」

「本当にありがとうございます」


 それから夢野さんは話を切り上げるように言葉を口にしたので、俺たちも十分ですと礼を言って頭を下げた。

 大体の流れは掴んだし、より詳しく聞くなら笹倉さんのお祖父さん辺りに聞けばいいだろう。

 その後は夢野さんは本来の仕事である異界浄化に赴くために海底での会談も終了となった。

 別れ際に笹倉さんが声をかけ彼女との連絡先を交換していて、俺もよかったらと言われたのだがそれは断った。

 わりと失礼な話ではあるが、それでも笹倉さん以外の女性の連絡先を聞くのはちょっとね。


「……あなたの彼氏、大丈夫? 束縛とかされてないかしら」

「はい、大丈夫です。私だって新城くんのこと絶対に手放さないので!」

「ああ……そう。似た者同士いいんじゃないかしら」


 最後にはなんだか呆れた様子の夢野さんだったが俺達のことは祝福してくれてるみたいのなので気にしなくてもいいだろう。

 そうして夢野さんが異界へ突入するのを見送った後は俺たちも海中遊覧を終えて浜辺へと戻り、残りの時間を楽しく過ごすのであった。

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