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その74

 あの後、当然のように俺は気絶した。

 とはいえもはや気絶マイスターを自称してもいいほどの気絶経験者。

 気絶して数秒で復帰を可能としているので問題もない。

 誰かがその瞬間を見ていたとしても精々軽い立ちくらみをした程度にしか見られないだろう。


「気絶ってそんな簡単に復帰できるものだっけ……」

「実際できてるからなあ」

「まあ……新城くんだしね……」


 呆れながら言われたその言葉には気絶からの復帰だけでなく他のこともいろいろ含まれてそうであるが、ここは俺のちっぽけな名誉のためにスルーしておく。

 藪蛇はごめんなのだ。

 そんなことを考えていると彼女はすこし真面目な顔になって呟く。


「でもこう頻繁に気絶されるとこっちも心配しちゃうなあ」

「あー……それは申し訳ない」


 言われてみれば目の前で何度も気絶される側としてはいろいろ不安にもなるよなあ。

 これはちょっと浅慮であったか。

 今後はもう少し耐えられるようなんとか努力してみるとしよう。


「でも、そうなると新城くんに日焼け止めを塗ってもらうって訳にもいかないね」

「えっ」

「だって多分気絶するでしょう? 別に魔法使えば塗りづらいってこともないし」


 言われた言葉に何も言い返すことはできず、悔し涙が目尻に浮かぶ。

 しかし突然気絶耐性を得られるわけでもないから俺は泣く泣く震える手で日焼け止めクリームを彼女へと渡した。

 彼女は涙を浮かべる俺に苦笑するが、情け容赦無く受け取った日焼け止めクリームを迷いなく塗り込んでいった。


「あ、でも……これはこれで……」

「もう、まったく……」


 だが、しばらく塗り込む姿を見ていると俺は気づいた。

 彼女自身の手によって塗られその都度彼女の適度に柔らかい肉体がプニッと形を変える姿はそれはそれで良い。

 とても良いものであると。

 そんな俺を見ても笹倉さんは苦笑するだけで特に咎めもしない。

 むしろ時折見せつけるように塗ってくれたりもした。

 お陰で俺は一瞬下がったテンションもすっかり回復することができたのであった。






 その後準備を終えた俺たちはいざ海へと突撃した。 

 始めは水を掛け合ったり単純に浮いたりして海を満喫しつつ泳ぎ疲れれば今度は砂浜で意味もなく山を作ったり。

 いやはや、元々海とかはもちろんアウトドア全般に興味を持てない俺であったがいざこうして実際に体験してみればただの食わず嫌いであったことは明白だ。

 照らす太陽の熱さで火照る身体に掛かる海水は心底気持ちよく、押し寄せる波は身体を揺さぶり足元の砂が動く感触はこそばゆい。

 そんな海を感じていると次第に心の枷が外れて、ずっと子供の頃の気持ちが蘇ってくるようでちょっとしたことが楽しく感じて仕方ない。

 加えて女神様と一緒と来ればテンションは止まること無く上がるのは必然。


「ふははははは! 例え相手が笹倉さんであろうとも勝負とあれば手加減はせぬ!」

「手加減したら怒るから、ねっ!」


 だからこそ高らかに笑いながら海上を滑りつつ無数に放たれた水の球を避けているこの現状も必然なのであった。

 水の球を放ってきているのはもちろん笹倉さん。

 彼女もまた海上を滑るように移動しながら俺に追撃の水の球を仕掛けてきている。

 場所は海岸からそれなりに離れた洋上。

 おまけに周囲に認識阻害と人避けの結界が張られ俺たちの奇行を確認するものなど誰も居ない。

 なので誰にも邪魔されることなくこの勝負に興じていられるのだ。


「っと!」


 そうして無数に放たれる水の球も華麗に回避し、一部はこちらも水の球を放って相殺しながらもドヤ顔を見せつけていると笹倉さんはムキになってかそれまでのよりも小さく、かわりに数を大幅に増やした水の球を放ってきた。

 なるほど確かに驚異的な数で回避難度は大幅に増した。

 しかしながら、向こうの世界で最強の存在であるユナ様の背をついに捉えるまで力をつけた勇者ビージの力を共有している俺にとって問題なく回避可能なものである。

 とはいえ流石に全てを回避するにも、相殺を狙うにも的が多すぎるというわけで両手に水でできた短剣を作り出し、回避しきれないものを切り払っていく。

 そうして無数の水の球をやり過ごしていると不意に笹倉さんは笑う。


「っ!?」

「せい……やっ!」


 瞬間足元の海水が盛り上がったかと思えばものすごい勢いで水の柱が伸びてきた。

 それに乗る形で俺の身体は突き上げられ、直後に空中に放り出される。


「しまっ……!」

「これで! 終わりだあっ!」

 

 ルールとして空中に結界を作ってそれを蹴るというのも含め空中で行動を取れるものは全て禁止しているため、俺は迫りくる無数の水の球を避けられるはずもなく。


「へあっ!?」


 その全てが俺の身体に直撃し、その衝撃と水しぶきの冷たさに思わず変な叫び声を上げるのであった。





「ふふーん……楽勝だったね」

「ぐう……魔法の発動基点を変えられるのはズルいぜ……」 


 勝敗もつきひとまず熱も冷めたので海上に木の板を浮かべその上に並んで寝転がりながらそんな会話をする。

 ただの木の板と侮るなかれ、裏に魔法陣が刻まれていて周囲の波を抑えつつ姿勢制御能力も高いグレートな木の板である。

 揺れを完全に無くすわけではないので適度に揺られるこの感覚がなんだか心地よい。


「こういうのも楽しいね」

「そうだなあ。魔法様様って感じだ」


 魔法があれば遊びの幅も広がるというもの。

 こういう所で有効活用していかなければ折角扱えるようになった意味がない。

 まあおかげで計画時に話していたまずは普通の海を楽しむというのは流れたわけであるが、結局は楽しめたのならそれが正義だ。


 そもそも何故あんなバトルが繰り広げられることになったのか。

 それは俺がなんとなしに魔法で少し冷やした水を彼女の意識がそれた瞬間に首元にぶっかけたことに起因する。

 だってそこに無防備なうなじがあったんだもの。仕方ない。


「んー、ちょっと疲れたかなあ。もうちょっとこうしていたい」

「ん、ならこうしてよう。このグレートな木の板なら沖に流されたりもしないから安心していいよ」

「それは高性能だね……木の板なのに」


 いいじゃないか木の板だって。

 そんな会話をしながらもしばらく波に揺られながら身体を休めていった。

 次第に心地よい揺れに眠気を感じ、ふと笹倉さんの方を見れば静かに寝息を立てて眠ってしまっていた。

 それなら今のうちにサプライズでも用意しよう。





 笹倉さんが夢の世界に旅立って一時間ほど経ったところで彼女が身じろぎしてゆっくり目を開き始めた。


「……ん、ああいけない。寝ちゃって……わあ!」


 そして完全に目を覚まして身体を起こした笹倉さんは周囲の光景を目の当たりにして驚きの声を上げる。

 それもそうだろう。

 なにせ目が覚めたら周囲一帯水に囲まれた水深50mの海底にいたのだから。

 おまけに魔法でこの水深でもそれなりに明るく、そして遠くまで見渡せるようにしているのでかなり幻想的な光景が広がっている。


「おはよう。そしてようこそ海の世界へ」

「……凄い綺麗……でも、相変わらず木の板なんだね」

「なんせグレートな木の板ですから」


 そう言って笑えば彼女も釣られたように笑い、視線を周囲へと向ける。

 その様子を見るにサプライズは成功したようで一安心だ。

 それからしばらくは海中の景色を楽しむのであった。

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