その70
チュンチュンと鳥の鳴き声が聞こえてきて、同時に優しい風が髪を撫でる感触に意識が浮上する。
それからゆっくりと目を開き身体を起こして周りを確認すれば、そこはいつも寝ているベッドの上であり、開けられた窓から陽の光と風が入り込みカーテンを揺らしていた。
隣を見れば笹倉さんの姿は無く、しかしほんのりと残る温もりが彼女が起きてからそこまで時間が経っているわけでもない事を教えてくれる。
耳をすませば微かに台所から物音がするからおそらくは朝食を作ってくれているのだろう。
「んー?」
はて、なんだろう。
何て言うかいい感じの目覚めなのに頭の中に靄がかかってる感じで、ついつい呆けてしまう。
それからふとニヤけそうになる頬に気づき手で抑えつつなにかこの状況に繋がるものはないかと考えを巡らせる。
ええと、何かあるとすれば昨夜か……と考えたところでなんだか顔が熱くなる。
……先程のニヤけそうになる頬に自分ですぐに気づいたのといい、どうも今の俺は寝起きのせいで微妙に意識と肉体の同期が不完全で、自身の変化に敏感になっているようだ。
しかし、昨夜のことを思い出そうとするだけでこの反応となると……やっぱり笹倉さんが関わってく……っ!
ああ! そうだ。
昨夜は笹倉さんの誘いで一緒にお風呂に入ったんだよな。
最初にムードをぶち壊すような魔法を使ったが彼女の魅力の前ではその程度意味を成さず、服を脱ぎその全てを惜しむことなく晒してくれた彼女に俺はドキドキしっぱなしだった。
そのまま美しい彼女の身体を見ていればいろいろもたないと、視線を彼女の顔へと向ければ風呂に入る前からほんのり顔が赤くなっていたから大胆に誘ってきながらも彼女自身恥ずかしさはあったのだろうけど、表情はそれを感じさせないほどに生き生きとしてて挑発的な目が強く印象に残っている。
その後は身体を洗いっこしたり、その際に後ろから抱きついて来たり、狭い浴槽で密着してみたりと次々攻められてもう途中から俺は意識が半分飛んでいた。
寝起きに変に呆けてしまうのも納得である。
こうして思い出した今も顔から火が出そうでクラクラするのだから、リアルタイムでその状況に居た時など相当だっただろう。
むしろよく耐えたものだと過去の俺を褒めてやらねばならないところだ。
しかし、笹倉さんの魅力はもはや兵器だな!
そんなことを考えているとトコトコと足音が近づいて部屋の扉が開かれる。
「あ、起きてた。ごはん出来たよー」
「あい、ありがとう、すぐ行く。それとおはよう」
「うん、おはよう!」
当然やってきたのはラフなTシャツ姿の格好に可愛らしいエプロンを身に着けた笹倉さんで、朝食の準備が出来たと呼びに来てくれたようだ。
それに応え朝の挨拶を交えると笹倉さんはさっさと引っ込んでしまったので俺も一度大きく身体を伸ばしてからベッドを降りてリビングへと向かった。
今朝の朝食はごはんに、味噌汁、そして色々野菜も入ったオムレツと中々手の込んだものだった。
俺は朝食は別にパンとかごはんだとか拘りはないのでそれを美味しく頂いた。
と言うか笹倉さんが作ったのならそれは全て至高の料理であり、食べないという選択肢はない。
例え朝から超こってりな濃厚とんこつラーメンが出てきたとしてもそれが笹倉さん作というのであれば軽々平らげられるだろう。もちろん胃もたれになったりもしない。
要するに笹倉さんの料理は最高ってことである。
「ごちそうさまでした。また一段とうまかったよ」
「うんありがとう。そう言ってもらえると嬉しい!」
そう言って満面の笑みを浮かべる笹倉さんを見て俺も超ハッピーだ。
しかし食事中、彼女の様子を見てたけどいつも通りの自然体だったな。
俺なんかはしばしば昨夜のことを思い出してドキドキしてたけど、これは俺が引きずりすぎなのだろうか。
「さっきからやたら熱い視線を送ってくるけどどうしたの?」
「え、あーいや。いつも通りだなあって」
「うん? うん、いつも通り元気だよ?」
別に隠れて見ていたわけでもないので当然笹倉さんも見られていたことには気づいていたらしい。
なので遠回しに探りを入れてみるも首をコテンと傾げる可愛い仕草が返ってくるだけで彼女になんら動揺は見られなかった。
「もう。何かあったらハッキリ言ってくれていいんだよ?」
「いやその、何で昨日はあんなに大胆だったのかなーって」
「あー、あれかあ。だって新城くんさ、付き合ってしばらく経つしこうして同棲だってしてるのに全然迫ってこないからもしかして私じゃ興奮しないのかなーって思って。まあでもちゃんと私で興奮するようで安心したよ。新城くんはただのヘタレなんだよね」
ぐふっ……!
お言葉に甘えて聞いてみたら思わぬ言葉のボディブローを受けた。
違うのです。
俺はヘタレとかじゃなくて笹倉さんを大事にしたいとかそんな感じなのであって、もちろんそういうアレに興味は尽きないけど正直イチャイチャしてるだけでもすごい幸せだから必死に我慢してるんです!
「なーんて、新城くんが私のことを大事にしてくれてるってのは分かってるから。でも……」
そんな感じで慌てふためく俺に、笹倉さんは苦笑しながらもそんなことを言う。
それは慌てる俺に対するフォローってわけでもなくて心の底から言ってくれているように感じられて俺は少し落ち着きを取り戻した。
「いつか新城くんが我慢できなくなった時は私は逃げないからね?」
「っ……ホント笹倉さんってたまに俺を殺しに来るよね」
くう、落ち着きを取り戻したってのにこの女神様はすぐに俺を殺しにかかる。
多分、いくらか彼女も面白がって狙ってる部分はあると思うが伊達に彼女と一緒に生活していない。
もはやその程度の殺し文句は事前に予想済みでダメージもヘビー級のプロボクサーのボディブロー程度まで抑えることに成功している。
俺だって成長しているのだ!
「それと私が我慢できなくなったら、その時は逃げないでね?」
ぐっ……隙を生じぬ二段構え……だと……。
流石に予想外だったその言葉に思わず意識が飛びそうになるのを必死で堪えつつ、俺は彼女の言葉を反芻して神妙に頷くと彼女は嬉しそうに笑ってくれた。
その笑顔に癒やされつつも、愛しい彼女をそう待たせることはしないようにしないと心に決める。
けれど今は、まだこの愛おしい時間を大切にしたい。
……やっぱり俺ってヘタレなのだろうか。




