その7
二つの異世界から同時に召喚された結果日本に残留して一週間。
俺は特に何事もなく日々を過ごしていた。
成長補正のお陰か授業で習ったことはすんなり理解できるし、理解できるから楽しくて毎日の学校が苦ではない。
学校から帰るとエージやビージとその日のことを話したりして異世界事情に笑ったり感心したりと中々楽しい日々だ。
俺のほうの話をしても向こうにとっては故郷を懐かしむ程度の話題でしかないので週刊漫画雑誌を無限倉庫に放り込んで置くことで彼らの冒険譚に対する対価とした。
対価といっても普段から買って読んでるから、特に損をしてるわけでもないけどな。
むしろ処分に困ってたぐらいだから無限倉庫様々だ。
そんな感じで日々を楽しく過ごしてきたのだが、今日はちょっと憂鬱。
なぜなら今日は体力テストがある日だからだ。
疲れるし、馬鹿にされるような結果しか出ないしホントいいこと無い。
今ではビージが覚えた魔法の中に肉体強化系の魔法もあり、能力共有で俺もその魔法を使えるからそれを使えば好成績どころか世界記録更新も簡単にできるだろうが、流石に魔法を使ってまでいい結果を出そうとは思わない。
変に真面目な自分がなんだか恨めしいな。
さて、少し時間が経過して今は体育館!
これからの流れの説明が終わり、いよいよ体力テストが開始されるのだが、俺は朝の憂鬱が嘘のように活気に満ちていた。
張り切って体力テストに臨もうではないか!
「よろしくね」
「こちらこそよろしく!」
気合を入れていた俺に声をかけてくれたのは普段は下ろしているセミロングの髪を今は後ろで束ねてポニーテールにして首元の綺麗な素肌がまぶしい美少女。
小柄な体つきでどこかほんわかとした雰囲気を纏いながらも、物事に真剣に取り組む様子は活力に満ちておりそんな活気あふれる姿が案外よく似あっている美少女。
美少女であって美女ではないのが重要なポイントな彼女は俺が一方的な好意を抱き、神として崇めている笹倉さんだ。
なぜ笹倉さんが話しかけてくれたのかというと、今回の体力テストでの記録を取る際のペアになったからだ。
今日の朝礼で先生がペアを組むなら異性がパートナーのほうがやる気が出るだろうと提案し、女子もそれに反対しなかったためにその案が通り、くじを引いてペアを決めることになった。
そのくじの結果、今回は見事笹倉さんとペアを組むこととなったのである。
なお男女比から必然と全員が男女ペアというわけではないが、だからこそ男子と組むの断固拒否な女子は女子同士で組めたので問題も無かった。
クラスメートの皆さん、消えてくれてありがとう!
そんなわけで、笹倉さんとペアで行動するのだから否が応でも気持ちが昂ぶるというもの。
その気持ちが昂ぶるままに俺は張り切って体力テストへ挑む。
このチャンスを活かして笹倉さんに精一杯かっこいい姿を見せるのだ。
もちろんこの状況でも魔法は使わない。
そんな誇りなき行為で笹倉さんの気を引いてもちっとも嬉しくないからな!
まずは校庭に出て50m走だ。
過去の記録は散々なものであったが、そんな過去はどうでもいい。
過去は過去。
今、最高の記録を出せば問題ないのだ。
やる気があれば人は限界を超えられるはずだ。俺は俺の限界を超える!
さあ、集中しろ!
一瞬も遅れずスタートを切れ!
走りだしたらとにかく足を前に出せ!
そして旗が振り上げられ、最高のタイミングで走りだしたその瞬間――――
ドゴォォン!
――――地面が爆発して俺の体はゴールラインを遥かに超えて校庭端の生け垣へと突っ込んでいた。
「なに……これ……?」
生け垣の枝に絡まって逆さになった状態で空高く土煙が上がっている校庭を見ながら呟く。
さながら爆破テロを疑う光景であったがそうではないことを俺は知っている。
あれは俺が引き起こしたことだ。
爆発の瞬間、俺は確かに見た。
踏み出した足が地面を安々と砕くのを。
つまりあれは俺が走るために力強く地面を蹴った結果なのだ。
状況を整理する限りどうやら俺の脚力に地面が耐えられなかったらしい。
理解はしたが、納得は出来ない。
確かに肉体強化の魔法は使ってなかったはずなのにどうしてこうなった。
大体、この細い体のどこにあんな力があるというのだ。
どうして、数百メートルを一瞬で吹っ飛んで生け垣に突っ込んだのに俺は無傷なのだ。
全くわけが分からない。
普通の人ならそう考えるだろう。
ある日突然そんなばかみたいな肉体能力を得てもなんで、どうしてと混乱の渦に飲まれることだろう。
だが幸か不幸か俺にはその原因に心当たりがあり、だからこそ俺は早々に混乱から脱して冷静に考えを巡らすことができた。
否。考えを巡らすまでもなく答えは出ている。
能力共有。
驚いたことにこれは異世界の俺の肉体能力すらも共有しちまっていたらしい。
多分、その肉体能力は勇者になったビージのものだろう。
今まで気づかなかったのは?
自然と力を加減していたからだろう。
例えば金の延べ棒を持ち上げようとしても想像以上に重くて、最初は持ち上げられないように人は自然と力を加減している。
それに、魔法もビージが扱えるようになれば俺もエージもなんとなくで扱えた。
ならば強化された肉体の制御についてもなんとなくで出来ていてもおかしくはない。
今回に限って制御できなかったのは、笹倉さんにかっこいい姿を見せようと気張ったからだろう。
いやあ、原因が分かってスッキリ!
うん、本当にスッキリした!
原因がわかれば後はそれを解決すればいいだけだしなんとかなるよな!