その69
程なくして部屋に吹き荒れた風は収まり、竜人――ニュートから無造作に周囲にばら撒かれていた力の圧力もなくなると後にはすっかり散乱した部屋が残りしばしその空間を静寂が支配する。
当然ながら俺も笹倉さんも臨戦態勢で顔を上に向けて固まった状態のニュートを警戒していた。
「……ああ」
「っ!」
そして不意にニュートが言葉を零しゆっくりと顔を下げられその双眼がこちらへと向けられた。
その動作に一層警戒するが同時に瞳から理性を感じられたためにひとまず様子を伺っているとニュートは口を開く。
「いや、すまない。どうやら驚かせてしまったらみたいだな。それに……随分と散らかしてしまったようだ」
「……一体何が?」
ひとまず会話は成立するようだ。
けれども突然部屋を荒らされてるばかりか絶界を容易く破っているこいつへの警戒を解くことは出来ない。
そのまま注意深く動きを監視しながらも事情を聞いてみる。
「ふむ。私は……そう、なんというか実のところずっと不安定であった。なにせ生まれた時に元となった情報と力を全て取り込んでいるがどちらも常軌を逸した量であったからな。結果、力と情報は外へと溢れそうになり私はそれを常に抑えるために気を張り続けねばならなかった。そうしなければ折角得た自我が失われるだろうというのは本能で理解していたのだ。それに膨大な力が溢れた場合、それが暴走して世界に大きな傷をつける可能性すらあり、私に芽生えたこの自我はそれをよしとはしなかった。故に私という存在を確立せねばとそう考えたわけだ」
口ぶりから察するに何かしらニュートの身に変化があったのだと思うが相変わらず話は長い。
まあそれはともかくニュートの話を噛み砕くと……俺と話してるときもずっと力を抑えていて暴走寸前だったと、そういうわけだよな。
ってことは俺はずっといつ爆発するかわからない爆弾と呑気に話をしていたようなものなのか……こええな、おい。
まあ話の流れからしてもう大丈夫だろうし、その理由も概ね予想は付くが一応確認すべきか。
「今はもう大丈夫……なんだよな?」
「うむ。貴公から名を貰ったことで私はようやく確かな存在として確立された。先程の騒ぎは……恥ずかしながら歓喜の咆哮、みたいなものでな。自身の存在が確かなものになったことで思わず力を解放してしまったのだ。ああ、もちろん名を得た時点で私の存在は確立し、私は自身の全てを掌握するに至ったからその時の力が悪さをするということはない」
つまりさっきのはうっかりで力を漏らしただけだと。
それでこっちの最大の防御力を誇る結界を破られたとか笑うしかないけど、ホントこいつが友好的で良かった。
絶界を容易く破るような相手と戦うのは相当に厳しいからな。
「しかしそれだけの状況なら何であんな回りくどい説明を? それにどうして暴走する可能性については伏せてたんだ?」
「存在を確立させるため名を得る。それは言ってみれば私のわがままだ。確かに貴公は私が生まれるきっかけを作ったが、だからといって私のわがままで強制するわけにもいかんだろう。いや、結果的には半ば強制するような形だったかもしれんが、それでもこの事情を話せばもはや完全に脅迫だ。それは些か道理に合わん話というものだ」
ふんふん、強制したくなかったから、と。
それはなんとも義理堅いことだ……まあ、本人が言ってるように半ば強制だったけども。
あの状況なら大体の人は命名突っぱねるよりもさっさと名前つけることを選ぶだろうし。
「それにしてもあんた」
「あんたではないニュートだ。貴公が名付けてくれた名を忘れてもらっては困るぞ。私の名はニュート。私を呼ぶ時はそう呼んで欲しい。ああ、もちろん。人間が会話の際に名前ではなく"あなた"だとか"お前"といった呼び方をすることも多いのは理解している。しかし、私はつい先程名を得たのだぞ? であればその名で呼んで欲しいというのは当然であろう」
また別の事を聞こうとして途中で話を切られ、長々と語られる。
ああ、うん。
ただ名前を読んでもらいたいってことを伝えるのに言葉が長いなあ。
「……ニュートは、そういう面倒な話し方しかできんのか?」
「何を言うか! いや、確かに名を得る前の不安定な私の言語能力は些か拙く口が回らないところもあったとは思う。それは認めよう。だが、今の安定した私は言葉の扱いとて成熟している。こうして話していてもそれは明らかだろう。名を得る以前よりもずっと口が回るようになったと貴公もそう感じているはずだ。そもそも何かを伝えるということは――――」
ついその点についてツッコミを入れたらそれがスイッチを入れてしまったようで、それから延々とニュートに会話とは何か。言葉とは何か。何かを伝えることの尊さとは。難しさとはと彼の持論を延々聞かされる羽目になった。
そうして、夜の10時までニュートと話し続けることになりどういうわけか飯も振る舞う羽目になった。
まあそれぐらいならいいのだが、兎にも角にもニュートの話は長く、そしてクドクドと回りくどい為中々理解するのが大変だ。
ただ、おそらくはまだ生まれて間もないからだろう、話をすることが相当好きなようでこちらが質問すれば喜んで答えてくれたのでニュートに関しての情報はそれなりに集めることは出来たのでこちらにもそれなりに話を聞くメリットはあった。
なにせ俺からすればコイツは謎な部分が多く、平穏無事に笹倉さんとのラブラブ生活を送りたいという至上の願いの妨げになるかもしれないのだからその情報は値千金といえる。
で、話を聞いてみればやけに俺の事情とか異界やその他のことについて詳しげなのは、どうも異界に流入してくる情報へのアクセス権を持っているかららしい。
というか異界の魔物は皆それを持っているそうだ。
ニュートは自我を奇跡的に得たからその情報を精査し、変に影響されることも無いが他の魔物は無作為にそれを読み取りランダムに自身に反映する。異形ばかりなのはその為らしい。
そんな、結構ためになる情報も得ることができた雑談会であったが、最終的にニュートがある程度満足したことでようやく終了となり、ニュートは異界の扉を通って異界へと帰っていった。
その際にニュートは俺が張り巡らせた結界を破るでも穴を開けるでもなく何もないかの如くすり抜けていったからどうやってこの家に侵入してきたかも判明したけど……この家のセキュリティもっと強化しよう。
……どうやってもニュートにはあっさり破られそうでならないが。
「……すごく忙しい人……人? だったね……」
「興味深い話はたくさんあったけどな……疲れた……」
流石に長々と話していれば笹倉さんも結構ニュートと会話を挟むことになるわけで、結果かなりお疲れの様子だ。
もちろん俺も疲労困憊だ。
いや、ほんと、疲れた。
なにせ話は長くともその内容はかなり貴重なものなのだから理解に努めるためにかなり集中していたのだ。
なんとも変わった知り合いができてしまったものである。
「んー……もうお風呂入って寝ようかな」
「そうだな。そうした方がいいかも」
笹倉さんが大きく身体を伸ばしてそんなことを言う。
確かに今日は疲れたしさっさと寝てしまう方がいいかもしれない。
しかしそんな疲れも一発で吹っ飛ぶ爆弾を彼女は投げつけてきた。
「じゃ、一緒に入ろっか」
「……へあ?」
あまりのことに理解が遅れた俺の手を彼女は掴むとそのまま引っ張っていく。
思考が動く前に引かれたことで抗うことも出来ず俺は風呂場まで誘われ気づけば服を脱がされかけていた。
「え、いや、いいの!?」
「いやなの?」
ようやく動いた頭で状況を把握し零れた言葉に笹倉さんは頷くでもなく、否定するでもなく、そう聞き返してきた。
そう聞かれればもはや俺に残された回答は一つ。
「喜んでご一緒させていただきます!」
局部に謎の光を作り出すというアホみたいな魔法を使いながら俺はそう言った。




