その67
楽しいデートから帰ってきたというのにリビングにいた思わぬ存在に思考が止まること数秒。
ようやくその衝撃から立ち直り、次第に思考が回り始めてまず思ったのは「こいつ一体なんなんだ?」というこの状況では至極当然の疑問であった。
なにせ目の前で不遜な態度を崩さぬその存在は不審人物だとかそういう話の以前に、人ですらない。
一応人型ではあるもののそれ以外のほぼ全てが人ならざる姿をしていた。
やけにモフモフな腰布だけ身につけた状態で威風堂々とその縦に割れた瞳でこちらを見てくるそいつの顔はまるで蜥蜴のような、恐竜のような、そんな顔つきをしていてやたらと丈夫そうな鱗がその身を覆い、腹はまるで蛇のソレだ。
それは端的にいうのであればドラゴンを人にしたようなものであり、もっと言えば竜人というワードがピッタリなそんな冗談みたいな姿をしていたのだ。
「お前は……なんだ?」
「ふむ。私が何か、か。つまりは私の本質を知りたいと望むわけだな? ああ、もちろん。その問いを拒む理由などない。ないとも。そう、それこそが私がここにいた理由と言えるのだからそれこそ望むところというもの。しかしながら少々驚いたぞ。貴公からすれば……そう私は相当異端の存在だ。そしてそんな存在が安息の地に気づかぬ内に居座っていた状況を受け止めすぐさま本質を見極めようとする。うむ。素晴らしいことだ。混乱の最中であっても冷静に事を視て、考え本質を問う。それこそが人の無限の探求心が成せる業というわけだ。ああっとすまない話がズレてしまったか? そう! 私の本質であったな。しかしなかなかこれを説明するというのは難しいのだ。貴公も分かるであろう? 自身の中では分かりきったことを他者に説明する。これが如何に難しいかを。私は……私が何であるかを知っているし理解もしている。しかしそれを他者に分かるように説明するとなると、どうだ。難しい。いやこれはこれは難しい。そう、私は……」
……ちょっとホント何、こいつ。
え? なんで本質を知りたいのかとか何だとかまくし立ててきてんの?
おまけに話の流れが右往左往でさっぱり頭に入ってこない。
笹倉さんは理解してるかなとチラリと見れば目が合った。
どうやら彼女もさっぱりらしく小さく首を振り、どうしようと目で訴えてくる。
どうしようってもな……ええっと軽くまとめると部屋の中に不審な奴がいてなんか変な話してるから……。
「絶界」
「そう、私は――ぬ?」
とりあえず隔離するべきだなと判断した俺は長々続くそいつ――竜人の言葉を無視して結界で囲う。
絶界と呼ばれるこの結界はビージが覚えた結界の中でも最上位に位置する非常に強固な結界だ。
一種の異空間を創りそこに対象を閉じ込めることによってその存在を世界と完全に切り離してしまう。
今回は一応話が通じる可能性のある相手だから別に姿も見えるし声だって届くようにしてあるが、既に結界内とこちらでは別空間に別れているため向こうから干渉することは不可能だ。
「ふーむ、囲われた瞬間あらゆる情報が途絶えた。いや貴公と話すことはできるのか。実に興味深い術ではあるが、何も無さすぎて寂しい場所だ。しかし、そうだな。人にはこういう備えが必要なのだろう。であればひとまずはこのままで良しとしようか。して、なんであったか……そう、私が何なのか、その本質はということであったな。そもそもこの姿は仮の姿。本来の姿はもっと大きい、人がドラゴンと呼び想像するそのままの姿なのだ。いや、それも違うか。そもそも私に本来の姿などなくただ、力ある存在としての情報に倣ったにすぎん。だから、そう。言うなれば私は竜であり、ドラゴンであり、精霊なのだ。力であり、知であり、世界なのだ。世界に溢れる力と情報が集まり意思を持つに至った、それが私なのだ。うむ、今のはうまく説明できたのではないかね?」
「……ちょっと待ってくれ。つーか黙っててくれ」
「理解に時間がかかるようだな。であれば時間を与えるのがマナーだろう」
しかしそんな状況でもこの竜人は特に動じた様子もなく相も変わらずくどくどと語る。
何が言いたいのかわからないのも相も変わらずだ。
軽く頭を抑えつつ時間を貰い考える。
えーっととりあえずドラゴン的な何かで、だけどそれはなんか借りてるだけの姿ってのは分かった。
しかし力と情報が集まってとかはどういうことだ?
「ねえ、もしかして力って魔力のことじゃない?」
「あ、そうか。魔力と情報が集まって……ん?」
笹倉さんとも意見を交換して考え、ふと気づく。
「もしかして異界の魔物か?」
「ううむ、確かに私も貴公が異界と呼ぶ場所で生まれたのだからそうとも言えるかもしれん。しかし意思もなくただ情報に踊らされるだけのあれらと同類とされるのは些か気に入らない……しかし広義的には何も間違っておらぬわけでありそれを否定するというのもおかしな話。いや、だがあれと同類? この私が? むう、どうしてもモヤモヤしてしまう。これが自我というものか。なんとも不便で面倒なのだ。だがそれが愛おしくもあるのだな」
いや、ホントこいつくどくど面倒な奴だな。
しかし異界の魔物ときたか。
あの異形共には意思など全く感じられなかったからその可能性を省いて別の世界から来たのかと思っていたが、まさかの地球産である。
……いや、まて。
異界の魔物だとして何故こいつはこの家の中にいた?
玄関にある異界の扉も異常なかったし、向こうの部屋を作っている結界に異常があれば即座に察知できるはずなのに今日一日そんなものは無かったからそこから来たとは考えにくい。
そしてこの家も同棲する笹倉さんに完全なる安全を提供するために様々な処理が施され普通の人はもちろん魔法的なものから霊的なものまで侵入を許さないセの付くあれよりも圧倒的な防犯ハウスとなっている。
そうであるからして外部からの侵入も考えづらく、仮に可能だとしても処理された守りからして何かしら痕跡が残るはずだ。
しかしそんな痕跡も何も無くこいつはこの部屋の中に居た。
まさかこの部屋の中で生まれたとかそんな馬鹿なことはないだろう。別にここは魔力が集まる場所というわけでもないのだから。
となればやはり異界から扉を通ってきたか、あるいは外部で異界からでてきて玄関からやってきたかのどちらかだが……。
どちらにしてもこいつは俺の仕掛けた守りを俺に気づかせること無く突破できるということだ。
そこまで考えて俺は警戒レベルを数段引き上げた。
「ん? 何を警戒して……ああ、そうか。強固に守られたこの場に私がいたことで、その力の一端に気づいたというわけだな? なるほど確かに何も知らなければ私は貴公らを遥かに凌ぐ実力を持つと思うのも仕方のないことだ。いや実際私も自身の力には多少の自信はある。しかしながら遥かに凌ぐかどうかは分からぬな。比べるには色々と前提が異なるが故に」
「……とりあえずあんたが何を目的にここに居るのかは知らない。けど、害意があるのかないのかはっきりしてくれないか。あんたは敵か?」
俺が警戒レベルをあげてやや険しい目を向けてもやはりこいつは動じない。
そしてそれを不快に思う様子もなくむしろ何処か楽しげにくどくどと語りはじめた竜人にやや辟易しつつ兎にも角にも立ち位置をハッキリしたいと問いかける。
当人にそれを聞いて答えが帰ってきてもそれの真偽など知る由もないが、最初からわけも分からぬこの状況だ。ひとまずそれを信じようと思う。じゃなきゃ話が進みそうにない。
「害意はない。しかし敵か味方かと言われると……どちらでもない。中立と言うべきところか。ああ、別にこれから何かあって敵になるということもないから比較的友好的な中立と捉えてもらえるとありがたい。それと私の目的であったな? そうそれも先に言うべきことだったのかもしれん。此度は貴公に頼みたいことがあったのだ」
「俺に?」
一応害意がないとの言葉にほんの少しだけ息を吐きつつ言われた言葉に首を傾げる。
こんなわけの分からぬ状況でわけの分からぬ存在からの頼み事など面倒事の香りしかしないが……そう思いつつも覚悟を決めてその頼み事とやらを待つ。
そしてそんな俺に対してどこか真摯な態度になった竜人は、
「私の目的は名を得ること。貴公に名をつけてもらいたいと、そう願いここに来たのだよ」
と、それまでの回りくどい言い回しに比べれば随分と分かりやすく告げてきた。




