その60
カケルくんと話してもらう。
そう俺が告げるとヨウくんは途端に身体を固まらせた。
「カケルくんと……話す……」
「そう、言ってみればこんなのは単なる喧嘩と同じだよ。それにカケルくんも仲直りしたいって言ってくれてるのに、それを無視するわけにはいかないんじゃない?」
「それは……そうかもしれないけど……」
能力を封じても、怪我をさせた事実がやはり枷になっているようでヨウくんはなかなか首を縦に振らない。
まあ、そうそう簡単に踏ん切りをつけられないのは分かっていたこと。
時間も無いのでここは少々手荒に行こう。
「ところで、さ。今カケルくんって何処にいると思う?」
「えっ? 病院、でしょ?」
「ううん、違う。実はね、カケルくんにはちょっと異世界に行ってもらってるんだよ」
「……え?」
ひとまず説得をやめてカケルくんが今何処にいるのかを伝えればヨウくんは最初理解できなくて首を捻るが、次第に何を言われたのか理解し始めたのか目を見開いて顔を青くする。
「え、嘘……だよね? そんなことって」
「いいや、ホントだよ。さっきの動画だって異世界にいるカケルくんの姿を撮ったものだし。それに異世界に行ったらさ、いろいろ皆の記憶とか変えられるってのはもうヨウくんも薄々気づいてるだろう? さらにだ。君が持っていた写真からはカケルくんの姿が消えていた、だろ?」
「そ、そんな……どうして!? なんでカケルくんが!?」
俺の言葉に慌てふためいて、ヨウくんは大いに取り乱した。
それはそうだろう。
仲のいい友達が、自身の身で味わった危険な世界にいると言われて取り乱さないはずがない。
ひとまず狙い通りの反応に満足しつつも、精神安定を即す魔法をフルに行使する。
ついでに笹倉さんにもアイコンタクトで同じような魔法を頼めば、彼女はそれに頷いて何かしらの魔法を行使してくれたのを感じ取る。
取り乱すのは狙い通りでも、そのままでは一切話を聞いてもらえなくなっちゃうからな。
ひとまずはっきりとカケルくんが異世界にいるってことをヨウくんに理解してほしかったのだ。
「どうしてかっていうとな。今回の事件をなかったことにするためだよ」
「え……?」
「いくら君とカケルくんで話し合ってほしいとかいってもさ、あの事件のせいで周りが邪魔してくるかもしれない。だから事件はなかったことにして、後は君とカケルくんの間だけでって形にしたいんだ」
「そ、それが……どうしてカケルくんが異世界に行くことに……」
「それは今から説明するよ――」
俺と笹倉さんが使った精神を落ち着かせる魔法効いたようで、少しして取り乱していたヨウくんは徐々に落ち着きを取り戻していった。
それをみて少し話してみれば困惑した様子はあるものの、ちゃんとこちらの話に耳を貸してくれるのを確認した所で俺たちが何をしようとしているのかを根気強く説明していった。
カケルくんのときもそうだったが突拍子もない計画であるためにそれを聞いていたヨウくんはずっと怪訝な表情をしていたが、彼自身が認識改変の効果をその身で味わっているからか、カケルくんのときよりはスムーズに計画を理解してくれた様子。
それでもかなり懐疑的ではあるようだけども一応文句は無いらしく少々厳しい表情をしながらもコクリと頷いた。
「まあ、別に気負う必要はないさ。向こうでまたサバイバルしろっていうわけじゃないし」
「うん……一応しようとしてることは分かったけど……どうしてそんなに色々知ってるの?」
「あーそっちの説明はいろいろややこしいんだけど、俺も、というか俺の分身? も異世界に召喚されてるんだよ。エージって名前に聞き覚えあったりしないか?」
「エージ……? あっ、大人の人が言ってたゲザイヤローのエージ?」
「ぶっ……!」
ただヨウくんからしてみるとやはり訳知りな俺のことが気にかかるらしい。
それの説明は相変わらずややこしいのてとりあえずエージについて聞いてみたのだが、返ってきた答えに俺は吹き出してしまった。
下剤野郎って、あいつ向こうでそんな二つ名あったのか。
ピッタリっちゃピッタリな二つ名ではあるかもだけど、凄まじくダサい二つ名だな。
きっと恐れ半分、せめてもの反抗が半分といった感じで名づけられたのだろう。
俺も気を付けないと同じ称号を影でつけられかねないし気を付けたほうがいいかもしれない。
「まあ、多分そのエージだ。で、俺とそいつは繋がっててテレパシーとかで会話できて、そこから向こうの情報とかいろいろ知ってるわけだな」
「うーん……そんなことが……でも、信じるしかない……のかな? うん」
それから俺のざっくりとした説明を聞いたヨウくんはしばらく首を捻って考えていたようだが、結局は信じてくれるらしい。
信じるというよりはなんか色々と疑うのを諦めたという感じだけど話が進むのであればどちらでもいいのだ。
「それで……また異世界に行って、明日戻ってくればいいの?」
「ああ。向こうにはカケルくんがいるから一日じっくり話し合うといい」
「……分かった」
ひとまず疑問も片付いたのか、ヨウくんがこれからすることを確認してきたのでそれに答えれば少し考えて頷く。
もっと渋るかもと思ったが……。
「随分、素直に頷くんだね。てっきりカケルくんと話すのはまだ嫌かなとも思ったけど」
「……そりゃいろいろ気が重いし怖いけど……でも、このままカケルくんを向こうの世界においておけないよ。それに突然部屋に現れたり能力を封じたりされたんだから……それならさっきの計画だってもしかしてって、そう思うから……」
「そっか」
俺の言葉にヨウくんは少し暗い表情を見せながらも何かを振り払うように首を振り、自分の考えを口にする。
おそらく事件をなかったことにするという計画自体に対しては未だ半信半疑といったところ。
だが写真からカケルくんの姿が消えたとかであったり、動画で見せたものなんかでカケルくんが異世界にいることは確信していて、それをなんとかしたいという思いが彼の決断を後押ししたのだろう。
だったら俺はそんな彼の覚悟に行動でもって答えるとしよう。
とはいってもゲートを開くだけだが。
「んじゃ、早速いこうか」
(下剤野郎、開くぞ)
『え、何だよいきなり』
(どうやら影でそう呼ばれてたらしいぞ)
『ええー……まあいっか。んじゃいちにの』
(さんっと)
ヨウくんに声をかけつつ、エージにも連絡を取りタイミングを合わせてゲートを開く。
この作業も随分と慣れてきた気がするな。
「さ、これを通れば君はあっという間に異世界行きだ。通ってすぐにカケルくんと対面することになるだろうけど覚悟はいいか?」
「……うん。逃げない……よ」
「よし、じゃあ好きなタイミングで行きな。とはいってもなるべく急いでな」
開かれたゲートに直感的にそれが異世界へ通じていると悟ったのだろう、一層決意を目に宿らせて俺の問いかけに答える。
それを見て大丈夫そうだと少し笑いつつヨウくんを見守っていると、彼はゴクリと唾を飲み込むと気合十分と言った表情でゲートを見つめ、ついに飛び込んだ。




