その6
俺がなんとか醜い感情を消化しようと息巻いているとふと思い出したとばかりに、
『あ、そうそう。今日の訓練で軽く魔法を覚えたぞ。ただ、そういうのはスキルとして得られるわけじゃないようだから能力共有できるかわからん。ってことで試してくれないか?』
と、ビージが告げる。
ほほーう? 魔法とな。
その言葉に先程まで渦巻いていた嫉妬の感情は消え、かわりに好奇心がふつふつと湧いてくる。
魔法が使える可能性があるというのなら試すしかない!
(呪文とかあるのか?)
『いや、ない。まずは魔力を感じてそれを集めたら、どんな魔法を使うかをイメージ。で、そのイメージに適した形の魔法陣を空中に魔力を放出して形成して、それが消える前に規定の量だけ魔力をその陣に均等に注げば発動できる。魔法陣の形成は判子みたいに本当に一瞬でしないとダメだからな』
『魔力を感じて? 魔法陣を一瞬で? そう、言われてもなあ』
(無理じゃね)
『ま、俺もライター程度の火を出せるようになっただけだからなあ』
ビージの説明に無茶言うなと言葉を返しつつ物は試しと、漫画や小説であるように体の内側へ意識を集中させる。
すると案外簡単に自分の中に不可思議なエネルギーがあることを感じられた。
それを動かすこともなぜだか直感的に出来たので、ライターをイメージしながら感覚にしたがって魔力を指先から放出すれば小さな魔法陣が一瞬浮かび、それに魔力を注げば無事発動した。
注ぎ続ければずっと燃えているようなのでジッと観察するが、一体何が燃えているのか不思議なその火は全く熱くなかった。
適当な紙切れを当ててみたら普通に引火したので慌てて消火する。
(なんか、できたぞ!)
『こっちもだ! まるで前から出来たかのように自然にできたぞ』
『むう、俺はそれなりに魔力を感じるのも、それを動かすのも一苦労だったのにな。やはりこの世界で俺ができるようになったからか』
できたことを報告すれば、ビージが悔しげにぼやく。
どうやらビージはこの魔法が使えるまでそれなりに苦労したようだ。
それでも召喚された初日に使えるようになっているのだからスキルの「成長補正」はしっかり仕事をしているみたいだな。
ま、ビージには悪いがこちらとしては苦労することなく魔法が使えて楽しい限り。
そんな優越感に浸りつつ別の魔法も使えないかと試しに扇風機をイメージして魔法を発動してみようとしたが、どんな魔法陣を作れば良いのか全くわからない。
流石にそこまで都合のいい展開はなかったか。
あくまでビージが使えるようになった魔法だけのようだ。
あるいはこちらでも訓練すれば別の魔法も使えたりするのかもしれない。
それにしても、こういった技術も俺たちの誰かが身につければ共有できるのか。
それともこれは魔法だからなのか?
(訓練で身に付けたのは魔法だけか?)
『いや、軽く剣術も身に付けたぞ。あとは基本的な身のこなしとか?』
それを聞いて俺は、男なら誰でも持ってる木刀を取り出して手に待ってみる。
なんとなく基本的な握り方とか振り方が分かるな。
ただ握りはともかく振りはやや木刀に合わない気もするが。
(剣術も共有っぽいな)
『魔法だけじゃないってことか』
会話をしつつ軽く振ってみるけどただ振ればいいってわけでもないんだな。
当然振ったらまた構えないといけないし、振った剣に引っ張られてもいけない。
今持っているのが木刀だから軽々とできるけどこれを実際の剣でやるとなると相当辛そうだ。
多分相当重いだろうし。
ビージは勇者召喚されてるし、身体能力もそれなりに強化されているのだろう。
(さて、報告はこれぐらいか?)
『そうだなあ……こっちはとりあえずサバイバル初日は猪っぽい魔物を狩っただけだし』
『俺は説明された後は力をつけるための訓練だったからな』
(まあ、初日からそうそうイベントなんぞありゃしないか)
もっとワクワクする冒険譚が聞けるかと思ったがそうでもないようだ。
エージが倒したっていう魔物も、件の能力を使ってだろうし。
ただ、魔法が使えたり剣術なんかも共有されるってことを知れたのは有意義だったな。
今後もいろいろできるようになったことを確認しておきたいところだ。
まあ、それはそれとしてだ。
(んじゃ、報告会もこれで終わりとするか。今後は緊急時以外は夜に軽い報告するぐらいにしとこう)
『そっちからしたら異世界の情勢とかどんなことがあったとか詳しく知りたいんじゃないのか?』
『エージの言うとおりだな。オリジナルからすれば些細な事でも興味深いものだと思うが』
(んー、元々が俺で、今もこうして繋がりがあると言ってもエージもビージも既にそれぞれ別の人生歩んでるんだよな。そう考えたらあまり根掘り葉掘り聞くのもなあって思ってさ)
やはり人の行動をあれこれ聞くのはあまりよろしくないような気がする。だって彼らはもう俺とは違う道を歩んでいるのだから。
今日ずっと会話してなんとなくそう思い、それをそのまま二人に伝えた。
それでも軽い報告ぐらいは欲しいってのは俺の我侭だ。
『んーまあ、確かにそうかもしれんけど』
『だからといって気を使う必要はないだろ。それに俺たちだって冒険譚とか語りたいし。なあ?』
『ああ、めっちゃ語りたい。これからルミナスちゃんと仲良くなる俺の冒険譚超語りたい』
こいつら……そうだよな。
俺ならそう考えるよな!
(そうか……なら、報告はそれぞれの好きなようにするか!)
『『おう!』』
二人の暖かい言葉に俺は嬉しくなって念話を送りつつも頬が弛むのを感じていた。
同時に何かが自分の中でカッチリとハマり、彼らはもう俺とは別の存在でありながらもかけがえのない存在なのだと納得する。
そうして報告会は終了し、時間もいつの間にやらいい時間になっていたので俺はさっさと眠りについて二つの異世界に同時に召喚されて日本に取り残されるという珍事から始まり、異世界に行った俺と話したり能力を使えたりという奇妙奇天烈な一日を終わらせたのであった。