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その59

 つい先程エージに撮ってもらったばかりのカケルくんの姿を撮った動画を再生した途端ヨウくんは目を見開いて黙り込み、その動画をジッと見ていた。

 急ぎだったから録画時間も短かったのでメッセージを告げると同時に終わったが、なんだかヨウくんがまだ見たそうだったので軽く操作を説明しながらカメラを渡そうとするが、聞いているのかいないのか分からない様子のまま黙ってそれを受け取ったヨウくんは何度も再生してはカケルくんのメッセージに耳を傾け続けた。

 その様子は酷く真剣で、どこか必死でとても口を挟める空気ではなかったので笹倉さんと一緒にしばし見守ることにした。

 下を向いて何度も何度も動画を見ていたヨウくんだったが、やがてカメラを操作する手が止まったことで動画も新たに再生されずに静寂が部屋を満たす。

 ひとまず満足したのだろうか、と考えて声をかけようとしたがカメラの画面に水滴が一つ落ちるのを見て口を噤んだ。

 そして、その一滴がきっかけになったのかポロポロと涙が落ちていく。


「無理……だよ……。できないよ……仲直りなんて……そんなのできるわけ……許されるわけが……」


 泣き声をあげることなく静かに涙を流していたヨウくんだったが、少しして弱々しく震える声で後悔と自責の念の篭った言葉を発してストンと両膝を床につく。

 そんな小さな小さな少年の姿に笹倉さんと顔を見合わせれば彼女はとても悲しげな表情をしていた。

 多分、俺も同じような表情をしているのだろう。


 入学式か何かで一緒に撮った写真があったらしいことを考えれば、ヨウくんとカケルくんはそれなりに長い付き合いで仲も良かったのだろう。

 そんな仲のいい友達だったからこそ、傷つけてしまったことは彼の心に大きな傷をつけ、そして大きな罪の意識に囚われている。

 子供ながらに責任を感じて、自分を責めて、そしてもう仲直りすることはできないのだと決め込んでしまっている。

 カケルくんが許してくれても、ヨウくん自身が許せないのだ。

 その気持ちはよく分かるし、難しいことも理解しているつもりではある。

 実際距離を置くのも一つの選択肢ではあるのだろう。


 だが、身勝手ではあるが俺はそんな物悲しい結末を見たくてこの事件に介入したわけではない。

 そもそも、介入したのはあくまでも俺が勝手にそうしたいと思ったからだ。

 で、ある以上ヨウくんがなんと言おうとやはりここはハッピーエンディング的な結末にするべく動こう。

 じっくり話し合った末での答えであるならば流石に受け入れるが、話し合うこともなく関係を終わらせるなどさせはしない。

 だから最低でもヨウくんにはカケルくんと話し合ってもらうし、ついでに事件は予定通り無かったことにさせてもらう。

 ついてはまずヨウくんをその気にさせることから始めよう。


「本当にそれでいいのか?」

「だって……僕は……酷いことを……」

「気持ちはわかるけど、カケルくんはこうして仲直りしたい、話をしたいって言ってくれているのに、それを無視しちゃうのか? それにヨウくんだって言いたいことの一つや二つあるだろ?」

「……そりゃ、僕だってちゃんと謝らないといけないって思うよ……そうしないとダメだってことも分かるけど……でも……そうして顔を合わせた時、僕はまた怪我をさせてしまうかもしれない……」


 どうやら例の事件が相当トラウマになっているようで、もう自身の能力を制御できないのではないかと不安になっているらしい。

 ニュースでもヨウくんは人を避けているって言ってたから予想していたことではあるがなかなか根深そうだ。

 なら俺たちが傍にいることは構わないのかとも思うが、かなり酷い登場だったしカケルくんの写真を見た衝撃なんかでその辺りは頭から抜け落ちているのだろう。

 ともあれ、自身の能力が不安だというのならば、そこから話を進めたほうが良さそうだ。


「君のその力……風を操る力かな。それは異世界に行ったときに貰った力なんだよね?」

「え……なんで異世界のこと……能力のことも……どうして……?」

「事情はある程度知ってるって言っただろう? だからさ、君が不安に思ってることを話してくれないか?」

「…………ぼ、僕は」


 これまでにカケルくんの写真であったり動画であったりを見せてきたのがよかったのだろう、俺の言葉を否定するでもなくしばらく黙り込んでから一つ唾を飲み込むと、意を決したような目をしながら口を開く。


「僕は……空を……空を飛んでみたかったんだ。飛行機じゃなくて、漫画みたいに空を自由に……。異世界に行って……神様に、欲しい力を聞かれたからそれを言ったら、風の魔法を使えるようにしてくれたんだ」

「空を……か」


 なるほど、子供らしい願いだ。

 ただただ空を飛びたいという望みに対して与えられたのが風魔法というのは、召喚した悪魔であるルミナスさんの「人の生き足掻く様を見たい」という目的から考えれば生きるためにおまけしてくれたといったところか。

 しかしそれが暴発して事件を起こすとは悲しいことである。


「空を飛ぶ魔法を覚えて……それはすごく嬉しかったし、楽しかったんだ。でも……異世界は危ないこともいっぱいで……お母さんやお父さん、それから友達にも会えないのは寂しくて……だからある日こっちに戻ってこれたときは嬉しかった。なのに……」

「うん」

「みんな、何も無かったみたいに、僕のことなんて少しも気にしてなかったんだ! 僕は……僕は、ずっと異世界にいたのに……! 誰も信じてくれなくて、それで……僕は……胸が苦しくなって、カケルくんを……うう……最低だよ、僕は……」


 そこまで言ってまた悲しみが込み上げてきたのだろう、ヨウくんは泣き声を上げて丸まってしまう。

 ヨウくんの口から語られた事の顛末は、やはり件の事件が悲しいすれ違いの末に起きてしまった事故だということを示していた。

 まさか周りの人の認識が改変されてそもそも普通に旅行に行っていたことにされていたなどと、それを小学生が察することができるはずもなく。

 周囲と自身との認識の差はどうしようもなく彼の心にストレスを与えてしまったというわけだ。

 おまけに無意識に発動してしまった能力でカケルくんを傷つけてしまったという事実がさらに重くのしかかっている。


 ……うーん、最初は能力を恐れる必要はないって感じで励まそうと思っていたが、これはもう使えなくしたほうがよさそうだな。

 そう決めてヨウくんへと近寄って、その背中を軽く撫でてひとまず落ち着かせる。


「一つ聞いておきたいんだけど、その力はこれからも使いたい?」

「……こんな力……もう、いらない……でも、使う気がなくても……また……」

「そっか。ならとりあえずその力は使えなくしておこうか」

「……えっ?」


 ある程度落ち着いたのを見計らって一応本人の意思を確認したら、いらないとのこと。

 であれば、やはり使えなくしておこう。

 そうと決めたら即実行と、俺の言葉に戸惑う彼を無視して背中を撫でていた手のほうから魔法陣を生成し、それを心臓へと刻み込む。

 刻んだのは以前、連盟の魔術師にも使った魔封陣だ。

 悪魔ルミナスから与えられる能力はその消費量こそ極端に低いがすべて魔力を消費して行使される。

 だからこそこの魔法は能力封じにも使用は可能だった。


「これでとりあえず君の能力は封じた。つまりはもう君は他の人と変わらないただの小学生だ」

「え……嘘……あれ、ほんと……だ……! これでもう……誰も傷つけなくて済む……!」


 俺の言葉に目を見開き、それから実際に能力が使えないことを確認したヨウくんは救われたように少し笑みを見せた。

 よほど、能力が重荷だったのだろうしそう感じてしまうのも無理のないことだ。

 その気持は理解できるし尊重してあげたいところだが、あいにくと時間は有限で限られている。

 だから少々心が痛むけれど、彼にとって少し勇気がいることを告げるとしよう。


「さて、これでもう無意味に誰かを傷つける心配はなくなったんだ。とりあえず君には一度カケルくんとちゃんと話してもらうぞ?」

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