その57
さて、次はもう一人の当事者であるヨウくんだな。
家の場所はカケルくんと雑談してた時に教えてもらっていたのだが住所をハッキリと覚えているわけではなかったので少し探す必要がありそうだ。
まあ名字が飯島ということも教えてもらったからいちいち表札を見て回るよりは近くの交番で地図を見せてもらえばいいだろう。
先のことを考え少々面倒だなと思いつつもなんとなく病室を見渡せば先程までといろいろと変化があることに気づく。
「……ベッドとか誰も使ってないかのように綺麗になってるな」
「あ、本当だ。他にも着替えとか花も無くなってるよ」
「ひとまず、最初の改変は無事行われたってことか」
どうやらカケルくんが異世界に行ったことで無事、と言っていいのか分からないがとにかく認識改変は行われたらしく、この部屋はそもそも誰も使っていない未使用の部屋ということになっているようだ。
この病室内にいたと言うのにこうして見るまで変化に気付け無いのだから改変がどれだけ強力なのかを実感する。
こういうのを見てしまうと少しばかり本当にこんな強力なものを誘導できるのかという不安が性懲りもなく沸いてくるが、もはやそれに惑わされる俺ではない。
「じゃ、もう一人の子の近くまで行こうか」
「うん、行こう」
沸いてきた不安など即座に切り捨てて笹倉さんへと声をかければ彼女も笑みを浮かべて頷いた。
そうして意思の確認を互いにした俺たちは、病室の窓を開けてそこから直接外へと飛び出した。
そうしてひとまずカケルくんから聞いたヨウくんの家があるらしい地域の上空へとやってきた。
これが改変前であればまだまだ世間はあの事件で大騒ぎだったから、カメラやらなんやらを持った人を探せばなんとかなったのかもしれないが、改変された今ではざっと空から見下ろしてもそういう人影は見当たらない。
まあ、改変前でも実際にそういう人がいたかどうかは判断できないけども。
「んーと、カケルくんが言ってた公園は……あれか?」
「多分そうだね。他に公園は……近くにはないみたいだし」
移動中にエージを通じてカケルくんからヨウくんの家の場所以外にもよく遊んでいたっていう公園についての情報を得ていたのでそれを探せばすぐにそれらしきものは見つかり、笹倉さんも間違いないだろうと頷いた。
ちなみに散々異世界へ行くまで不安がっていたカケルくんはいざ異世界へついてみれば完全に別世界な光景に好奇心を大きく刺激されたようで案外エンジョイしているらしいってこともエージから聞いている。
子供だからか順応性が高いと少々感心したものである。
そんなことどうでもいいことも踏まえてエージから聞いた情報を思い出しつつ、目を凝らして公園を見れば結構子供の姿がある……見たところ彼らも低学年の小学生だろうか。
「子供のことは子供に聞いたほうが早いかもな」
カケルくんもヨウくんもこの公園で他の友だちと遊んでたらしいから交番で地図を見せてもらうよりも彼らに聞いたほうが早そうだ。
そう提案すれば笹倉さんも頷いてくれたのでその公園傍へと降り立つ。
当然ながら笹倉さんによって完璧に認識は阻害されているので誰も公園に降り立った俺に注意を向けることなどない。
「んじゃ、あのへんで遊んでる子に聞いて……あれ、もしかして俺たち不審者?」
「あー、そっか、そうだね……じゃあここは私に任せてよ」
声をかけようとしてふとしたことに気づき、それに対して笹倉さんが苦笑しながらも力強い言葉を言うと普通に子どもたちへと近づいていく。
なるほど、程々に筋肉がついてガタイのいい俺が話しかければ即不審者だろうが、笹倉さんはただの女神であるからよっぽど子供にも周囲の大人にも警戒心を抱かせない。
それに数秒ごとに魔力が放射されているのを見るに、子どもたち以外に対してのみ認識阻害も行っているようだ。
そうして自然に子どもたちに近づいた笹倉さんはしばらく話をし、数分後に弾んだ声で子どもたちへ礼を告げるとこちらへ駆け足で戻ってきた。
「おっけー。場所は分かったよ」
「流石、女神様。あっという間に相手の心を開く恐ろしき人心掌握術」
「馬鹿なこと言ってないで早く行くよ。それに素直に質問に答えさせる暗示の魔法ぐらい女子の嗜みなんだから」
マジか。
となると乙女って皆一級のカウンセラーか詐欺師になれるのではなかろうか。
そんなことを考えているのが顔に出ていたのか笹倉さんに呆れ顔を向けられてしまう。
「いや、冗談だからね? こっちの魔術師は一般人には魔法の存在を秘密にしてるからこういう魔法についてはいろいろあるんだよ」
「うん、もちろん分かってるって。俺だって馬鹿じゃないですし」
もちろん冗談だってのは分かっていますとも。
ただ、女は怖いとか魔物だとかよく聞くからほんの少しだけ本気にしただけである。
そんな感じで束の間の冗談を楽しみつつも、笹倉さんに案内されるままついていくと飯島という表札のある家にたどり着く。
ここがヨウくんの家か……。
その家を観察しながら探知の魔法で家の中を探る。
ちなみに魔法陣が光って目立つ問題だが、これは地面の中に形成することで解決している。
だから地面を歩くとかなら俺も自前で認識阻害はできるのだ。
これはこれで感覚だけで魔法陣を作らないとだから結構面倒だったりもする。
さておき、家の中を調べた結果二階の部屋にやや強い魔力反応を確認した。
どうも向こうで能力を得た帰還者は総じて一般人よりも高い魔力を保持するようになるようだからおそらくそれこそが件のヨウくんだろう。
もう少し詳しく探知してみれば部屋の中で一人でいるようで、窓も扉も鍵を締めている様子。
どうやらすっかり引きこもってしまっているようだが、まあそれはそれで内密に話もしやすいということで好都合だ。
改変された今尚引きこもっているということは認識もそのままだという証でもあるし。
「あそこの部屋だね。直接あっこに行っちゃおう」
「窓は閉まってるけど魔術師相手には無意味だもんね」
ヨウくんがいるだろう部屋を指し示しそのまま外から入ろうと提案すれば彼女も特に反対することもなかったので早速窓の傍まで行くとさっくり鍵を開けてしまう。
これでもう侵入は可能なのだが、突然入ってきた俺達に対して驚いて騒がれることが予想されるから遮音結界も予め展開しておく。
さてさて、それではいよいよヨウくんとご対面といこう。
一度笹倉さんと目を合わせアイコンタクトで準備はいいか確認し、それから俺たちは大きな音を立てない程度に素早く窓をあけると部屋の中へと飛び込んだ。




