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その56

 ひとまず、カケルくんにもある程度現状を理解してもらったところで改めて異世界へ行ってもらえるか尋ねてみれば少し悩んで頷いてくれる。


「でも本当に異世界に行くだけでなんとかなるの?」

「なるさ。少なくとも可能性はそれなりにあると思う。うまく説明できないから信じてくれとしか言えないけどな」


 認識改変をこちらで誘導し、世間の認識から事件をなかったことにする。

 言葉にすれば短いが、これを子供に理解できるように説明するというのは難しい。


「……うん、信じる。おにいさんは、嘘を言う人じゃないみたいだし、すごい魔法使いだし。とにかくやってみなくちゃ、だよね!」

「ああ。まずはやってみて失敗したらまた考えればいい」


 それに失敗したらしたで少なくともカケルくんに対して認識改変が行われる。

 たった一日向こうに行ってもらう予定ではあるが、それでも周囲との認識の齟齬を実感することになるだろう。もしかしたら酷く辛いことを強いているのかもしれない。

 だがカケルくんはなかなかに賢く優しい子だ。

 だからそんな現実にへこたれずきっとヨウくんの良き理解者になれるだろうと俺も信じることにする。


「さてっと」


 話もまとまった所でいよいよ実行……の前に一度倉庫から魔力水とコップを取り出してそれを飲んでおく。

 この、魔力水。

 飲むと人によっては魔力に酔って最悪廃人になる可能性のあるだけの危険だけどうまい水、というものではない。

 耐性があって魔力に酔うこと無く飲むことができるのならば瞬時に魔力を回復してくれる、いわばMP回復薬的な代物である。

 異世界への道を開く魔法を2回、繋がらなかった分も含めれば3回程使ったわけだが、さすが世界間を超える魔法というべきか魔力を大分消費してしまっていたのでその補給というわけだ。


「何飲んだの?」

「ん、水。喉乾いちゃってさ」


 もっともこの水を笹倉さんが飲んだら魔力に酔うかどうか分からないため彼女にも内緒だ。

 魔力回復できるなんて言えば、魔術師である彼女は興味を持つに違いないが危険物を確証なしに渡す訳にはいかないのだ。

 万が一私も欲しいと言われた時に備えて通常のミネラルウォーターも倉庫中に完備しているので万全である。

 まー笹倉さんなら体内魔力も感知して察してしまってるかもしれないけど、何も言ってこないってことは一応問題はないかな?

 それはさておき、今はカケルくんだ。


「んじゃ、心の準備はいいか」

「え、もう行くの?」

「ああ、君が完治したってことをなるべく人に知られない内にやったほうがなんとかなる可能性は上がると思うんだ」

「……お母さんやお父さんにも?」

「うん、お母さんやお父さんにも内緒にしてもらわないといけないね」


 確かにそれは気がかりだろう。

 カケルくんのご両親は大層心配しているに違いないのだから。

 しかしだ。むしろカケルくんとの関係が深い人にこそ、そういう情報は与えるべきではない。

 認識改変を行う『何か』も多少は効率的にそれを行うだろうし、であれば当事者に近い関係の人の認識であったり記憶を参照する可能性は高いはず。


 今なら事件があってカケルくんが怪我をしたという認識で、その認識があることさえなかなか厳しいというのに、怪我をしたが奇跡的に超短期間で快復したという認識にもなればさらに可能性は下がるだろう。

 この作戦は短時間であの怪我が痕も残さず快復するわけがないとして、認識改変をもっと前の時期から修正させるように誘導しようというものだから、カケルくんが完治したことを周囲に認識させないことはこの作戦の要なのだ。


「……本当に、ダメなの?」

「ああ、ごめんな」

「…………本当に、それでなんとかなるの?」

「……なるさ。なんとかしてみせる」


 だが、カケルくんからすると黙って異世界へ行くことは色々思うところがあるのか不安がる様子を見せる。

 流石にそんな彼に可能性があるだけだと正直なところを言っても不安にさせるだけかと考えて別の言葉を告げたが、言った言葉に俺自身思うところがあった。


 正直でいたい、そうありたい。

 そんなことを考えて「かも」だとか「可能性がある」などと言葉をぼかしたところで何になるのか。

 当事者であるカケルくんをただただ不安にさせるだけだし、そんな弱腰な姿勢では成功するものもしないだろう。

 確かに現状では成功する可能性があるだけの話かもしれないが、それを行う者として結果が出るまではただ成功を信じてなんとかなる、なんとかしてみせるという気概で挑むべきだった。

 否、今からでもそんな気概で挑むべきなのだ。

 まあ、そう考えたからと言ってすぐに気力が沸いてくるものではない。

 だからまずは言葉だけでも威勢よく口にする。


「ああ、何をそんなに弱気になっていたんだろうな。安心しろ、カケルくん。絶対になんとかなる、いや、してみせよう! だからさ、カケルくんも絶対なんとかなるって信じてくれ!」

「ねえカケルくん。私が言ったところで信じられないかもだけど、こうなった新城くんに嘘はないんだよ。全部本当のことで、私も前にそうやって救われたから分かるんだ。だから一緒に新城くんを信じてあげよう?」


 自信満々に笑みを浮かべて告げた言葉に笹倉さんが優しくも力強い笑みを浮かべながら追随してくれる。

 その言葉は俺にも響き、それを聞くのと同時に気力が一気に沸いてくるのをハッキリと感じた。

 彼女が信じてくれるというのならば、それは絶対に応えなければならない。

 なぜなら彼女は俺にとっての女神様で絶対なのだから。


「…………うん、わかった」

「おう、任せろ」


 だからか、視線を俺と笹倉さんに交互に向けて悩んだ末に頷いたカケルくんに対して、自分でも驚くぐらいスムーズにそれを受け止める言葉を口にすることが出来た。

 やはり俺にとって原動力は笹倉さん以外にないようだ。

 色々めんどくさいなとは自分でも思うが、笹倉さんのためにカケルくんたちの問題をなんとかしてみせよう。


 さて、それではいよいよ実行の時。

 カケルくんの意思が変わらぬ内にさっと異世界への道――ゲートを繋ぐ。


「さあ、準備は出来た。後はここに……っと、そういえば忘れてたな」

「新城くん?」


 あっさり繋がったゲートを見て満足しつついざカケルくんを異世界へ、というところでとても大事なことに気づく。

 訝しむ笹倉さんの呼びかけに苦笑だけ向けて答えつつ、一度そのゲートに腕を通してみる……うむ、問題ないか。

 次にペットボトルに入った水を取り出すと、ペットボトルごと軽くゲートに投げ入れる。

 すると数秒後にエージから反応があった。


『? 水か?』

(ああ、ちゃんと繋がってるようだな)

『そういえば、感覚だけで判断して実際どうなのか未確認だったな』


 エージの反応からしてどうやら無事に繋がっており行き来は可能らしいと一安心。

 概ね感覚でわかるとは言え実際の確認を怠るとは失態だった。

 さて、今度こそと笹倉さんやカケルくんの方へと向き直れば、なんだか笹倉さんが呆れ顔で、カケルくんは何をしているんだろうと不思議そうな顔をしていた。


「締まらないなあ、もう」

「はっはっは! まあ、大丈夫だって」


 変に言い訳してもあれなのでとりあえず笑って誤魔化して今度こそとカケルくんに手を伸ばしてゲートの前まで近づかせる。

 少し顔色を確認してみれば流石に緊張の色が見えるが、それでも覚悟は決まっている様子。


「よし、準備はいいか?」

「……うん」

「おうし。なんかあったら向こうにいる俺に聞くといい」

「? 向こうの? うわっ!?」


 そうして最後に伝えておくべき事を伝え、それに疑問を感じて振り向こうとするカケルくんをちょいと念動力的な魔法で操りゲートへと飛ばす。

 例え子供であろうとも覚悟を済ました男に遠慮は無用ってな。

 流石にこの段階でエージについて説明するのも面倒だったとかそういうことは断じて無い。


『っ! 無事こっちにカケルくんは来たぞ……体調が悪くなったりとかは無いみたいだ』

(ひとまず安心だな)


 そうして数秒後、エージから無事にカケルくんが異世界に着いたと連絡が入ったことでホッとため息を一つ吐き、ゲートを閉じる。

 カケルくんの無事を笹倉さんにも伝えれば彼女も同じように安心したようでため息を吐いた。

 ま、いくら前向きに考えても流石にいろいろ不安はあったからな。


 しかしながらあまり呑気もしてられない。

 カケルくんのことはエージに任せるとして、今回の事件のもう一人の当事者であるヨウくんのもとを尋ねるとしよう。

魔力水は大分前、筋トレしてたときに出てきたもの(その18)

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