その55
問題は残るが、他に案も出てこない以上はこのまま進めていく他ないだろう。
残念ながら時間は問題解決の助けにはなってくれないのだ。
「ところでカケルくん。今、君とヨウくんについていろいろ世間で騒がれていることは知ってるかな?」
「……うん。でもあれは事故みたいなものだってさっきおにいさんが……でも腕も治してもらったし、それを皆に知ってもらえばなんとかならない、かなあ?」
「残念ながらそれを皆に信じてもらうのは難しいだろうね」
「そう、かな……」
カケルくんは素直ないい子だし実際に魔法を目にしたからこそあの事件が事故だってわかっているが、世間一般はたとえ当人が言い張ってもそれを信じやしないだろう。
加害者の子を庇う優しい子供だとかそんな下らない美談に仕立てられる可能性だってあるし、そうなればカケルくんは祭り上げられ、ヨウくんはこき下ろされかねない。
まあ、そんなことをわざわざカケルくんに言って表情を曇らせるような趣味はないからさっさと本題を告げるとしよう。
「ま、大丈夫だ。全部まとめて解決するいい方法があるんだよ」
「え、ほんと!?」
「ああ。うまくいけばそもそも事故だって起きなかったことにさえできるぞ」
「……うーん? なかったことに、なんてできっこないよ」
問題を一片に解決してくれる素晴らしい案があるのだと告げれば最初は目を輝かせるカケルくんだったが、続く言葉を聞いて現実的に可否を考えてかムッとした表情で否定の言葉を零した。
その様子はまるで子供だからと馬鹿にしないでと抗議しているかのようだ。
まあ、実際子供でもそんなことは普通は無理だと分かるだろうから当然の反応だろう。
「はっはっは! ところがそれが可能……かもしれない!」
「……かも?」
「かも、だ。でも可能性はあるし他にいい案もないしな。だったらやるしか無い、だろう? 大丈夫、人間何事も為せば成るって言うからな」
けれど、そんな反応も笑い飛ばして話を続ける。
確かに普通の手段じゃ無理だろうし、考えたこの案だって可能性があるとしか言えないものだ。
だがそれでも悲観した様子は全く見せずにおちゃらけた態度を取ってみせる。
それがこの状況で取るべき態度なのかはわからんが、不安がるよりはよっぽど信じてもらえるだろうと期待しておこう。
「……よくわかんないけど、何するの?」
実際おちゃらけた態度が効いてか少しは聞く気になってくれたらしい。
真剣な眼差しをしたカケルくんにそう尋ねられて、俺はひとまず興味は引けたとほくそ笑み、なにをしてもらうか説明していく。
「そうだな、率直に言えばカケルくん、君にはちょいとばかし異世界に行ってほしいんだ」
「……? 異世界?」
「そう異世界。外国って意味じゃないぞ? なんというかゲームや漫画みたいなそういう世界があって君にはそういう別の世界に一旦行って欲しいんだ」
「……やっぱりウソなんじゃ」
あれ?
率直に分かりやすくカケルくんに何をしてもらうか説明したはずなのに、なんか折角引いた興味が立ち消えたばかりかここにきて不信感を募らせてしまった気がする。
もしかしてからかってるように思われたかな。
「嘘じゃないんだけどなあ。じゃあ本当に異世界があって、そっちに行くことが問題解決に繋がるとしたら、行ってくれる?」
「……ほんとにあって、それでほんとに解決するなら……いいよ」
仕方なくもしもの話として再度問いかけてみれば一応頷いてくれたが、その言葉の後にどうせ無いだろうけどって続けられそうな雰囲気。
いやはやカケルくんにはいろいろ見せたりする前に一度異世界に行くことの是非を考えてほしかったが、流石に何も知らない人からすれば話が荒唐無稽すぎてそもそも信じられるものではなかったようだ。
こうなると言葉で説明するよりもまずは見せたほうが早いか?
っと、その前に一応笹倉さんの意見を聞いておこう。
「異世界に一旦繋いでいいと思う?」
「うーん、色々難しいよね。勝手に決めていいのか、とか。でも個人的にはカケルくんには事情を知ってもらって相手の子の理解者になって欲しいかなとは思うよ」
「うん、俺もそう思う。まあこの状況自体俺のエゴみたいなもんだし、このまま通すか」
聞いた限りでは彼女も反対ではないらしい。
彼女の意見も聞いていろいろ考えるが、そもそもこの問題をなんとかするというのも勝手にそうしようとしているだけなのだから今更だ。
そう覚悟を決めてつぶやくと、笹倉さんに手を握られる。
「私たちの、だよ」
「……ああ、ありがとう」
そう言って笑みを向けてくれる笹倉さんはまさしく女神だった。
その言葉を否定するのは彼女の好意も否定するような気がするので笑み浮かべて礼を言う。
と、そこですっかり会話の外に追いやられていたカケルくんからお声がかかる。
「……さっきから何の話?」
「っと、ごめんな。いろいろ見せていいかどうかってのを相談してたんだ」
「ふーん」
突然話を中断されてかなんだか一層興味が失せてしまっている様子。
そんなカケルくんの様子にふと、昔の事を思い出した。
俺も子供のころ母さんと話していた時に似たようなことがあった。
話の途中だったのに近くを通った近所のおばさんと話し始められてしまって戸惑い、もう話の続きもどうでも良くなってしまったのだ。
カケルくんも似たような心境なのだろうと、少し懐かしい気持ちになりながらも謝罪の意を表明したが、効果は薄そうだ。
まあいくら言っても堂々巡りになるだろうし、ここは口よりも手を動かしていこう。
「それでな、ちょいと事実を認識して貰いたいんだ。ちょっと驚くかもしれないけど、少し我慢してくれ」
(繋ぐぞ)
『了解』
そう言いながらもエージと連絡を取ってタイミングを合わせ、誰もいないスペースに向かって手を翳して魔法陣を形成すれば程なくして向こう側と繋がった。
途端、認識改変が解かれたのだろうカケルくんは目を見開いて頭を押さえた。
「っ! ……うあ……ヨウくんが……ずっといなくなってて? なんで、忘れて……いや、旅行に行ってたって……ちがう?」
「落ち着け! ほら、深呼吸しろ深呼吸。吸って……吐いて……」
取り乱して周りも見えなくなっているカケルくんの肩を叩くことでこちらに意識を向けさせて深呼吸するように促す。
その言葉に従ってゆっくり深呼吸する彼を見つつ異世界への道を閉ざしたが、それでも混乱したままであるカケルくんを見れば認識改変が完全に解けているのは明白だ。
まあ、流石に子供には刺激が強かっただろうから精神安定を促す魔法もかけて落ち着くのを待とう。
この魔法の効果は弱いが無いよりはマシだ。
「どうだ? 頭が痛いとかそういうのはあるか?」
「ううん……それはない、けど……」
そうしてある程度落ち着いたところを見計らって体調について尋ねれば一応問題無しとのこと。
言葉を濁しているのは体調とは別の問題でだな。
もちろん認識改変を解いた以上はしっかり説明する。投げっぱなしなんかにはしたりしない。
「あ、あのおにいさん、これって? どうなってるの?」
「説明が難しいけど、簡単にいえばヨウくんは二ヶ月ほど前に異世界に迷い込んじゃったんだよ」
「……じゃ、じゃあやっぱりヨウくんはずっといなくなってて?」
「そう。でもそのままだと大騒ぎになるだろう? だから神様が騒ぎにならないように海外旅行に行ってたってことにしてしまったんだ――」
そんなわけでヨウくんが異世界に行っていたこと、その間の皆の認識がどうなっていたのかなどを一つ一つ説明していった。
もちろん、カケルくんがいくら賢いと言っても所詮は子供で、一回の説明で全部理解できるわけもないから何度も分からないところは無かったかを聞いて説明し、彼もそれをすごく真剣に聞いていたが話の半分も理解できてはいないだろう。
「あんまり、わかんない……でもヨウくんは今、一人ぼっちだってことは分かったよ」
「それが分かれば、上出来だ」
実際、理解できたことはほんの少しのようではあるが、それでもヨウくんが異世界に行っていたことと、帰ってきたら一人だけ違う認識の中にいて孤独に苛まれていることは分かってくれたらしい。
その答えにひとまず満足してすごいぞと褒めてやるのだった。




