その54
急展開を迎えたエージとルミナスさんの会話の果てに、テレパシーが切れて呆然としていると笹倉さんに肩を叩かれてハッとする。
「どうしたの? 何か問題でもあった?」
「んあ……あ、いや。問題というか、一応めでたいこと? があったというか」
「めでたいこと? あ、もしかして解決の目処が立ったの!?」
あまり考えずに零した言葉に笹倉さんは一度首を傾げ、それから表情を明るくして迫られた。
対して、俺は彼女の言葉にようやく当初の目的を思い出していた。
元々エージと話していたのはカケルくん達に関係する諸問題を解決するためだったのだ。
「あ、ごめん。途中で思わぬ出来事があって、それで話が大幅に逸れてまだ途中だ」
「えー……じゃあ、めでたいって何のことなの?」
「んー、エージに春が来た……って感じ?」
「……いや……確かにそれはめでたいのかもしれないけど……この状況で何話してるのさ」
「仰る通りです、はい」
どんな話になっていたか概要を説明すれば、酷く呆れられてしまう。
いやはや、ほんと申し訳ない限り。
謝りつつも再びテレパシーを繋ごうとするが、人間そんなにすぐには気絶から目覚めることは無いようでテレパシーは繋がらなかった。
ま、仕方がないのでちょいと尿便意コントロールで刺激を与えて目覚めて貰い、今度こそ話が逸れること無く認識改変を利用した問題解決案について話し合った。
(で、そもそもどうやってそっちに送ろうか)
『うーん、俺たちってこうしてテレパシーできたり、能力共有したりとなんかよく分からん繋がりがあるわけだろ? だったらそれ使えね?』
(ああ、なるほど。じゃあえーっと繋がりを意識しつつエージを目印にして……こんな感じか? いや、なんか距離が足りない感じあるなあ)
エージと相談しつつ、即興で異世界転移のための魔法を開発していく。
一応空間を超える魔法は我が家に作った異界への入り口で開発済みなので、それをエージの言葉を参考にして改造することで一応の魔法陣を形成することには成功した。
だが、試しに起動してみると確かに何かしらの道が作られる感覚はあったが開通には至らない。
もはや魔法開発にも大分慣れて思いつきから形にするのにさほど時間も要しなくなっているというのに、流石に世界間を移動する魔法ともなればそうもうまくはいかないらしい。
うーむここからどう改良するべきか……。
『距離ってどんぐらい?』
(んー感覚でしかないけど半分ぐらい)
そう悩んでいるとエージから質問されたので大雑把に感じたところをそのまま伝える。
すると閃いたとばかりにエージが声を張り上げた。
『なら、こっちからも同時に使えば繋がるんじゃね?』
(ああ、それこそ俺たちならではか)
なるほど、確かにだ。
片方から繋ごうとして距離が足りないというのであれば双方から繋げば補えるかもしれない。
能力共有によってすでにエージも中途半端な転移魔法陣は使えるようになっているはずだろうしな。
『オーケーこっちから使う用に調整もできたぞ』
(よし、じゃあ試してみよう)
『ああ……せーのっ!』
元々同じ存在だからタイミングを合わせるのに打ち合わせなど必要なく、エージの言葉に合わせて魔法を発動すれば道が一気に伸びていく。
そしてそれが限界近くまで伸びても反応がないことにやはりダメか、と不安に思った所で急にそれが引っ張られるような感覚があったかと思えば、伸ばしていた道が繋がったのをはっきりと感じ取る。
「し、新城くん!」
「あ、笹倉さん。見てよほら。とりあえず異世界には送れそうだ」
俺が魔法を使ったのを感知したのだろう、カケルくんと少し話すため離れていた笹倉さんが少し慌てた様子でやってきたので、出来たばかりの道を見せる。
「え……ああ! じゃあそれのせいか!」
「え? それのせいって、何かあったのか?」
「あのね、久保田くんたちがニヶ月近くいなくなっていたことがはっきりと分かる……新城くんの言葉を信じてとかじゃなくて、はっきりと事実として思い出せるの。されていたはずの認識の改変が無くなってるんだよ!」
だが、それを見て納得した様子を見せつつもものすごい剣幕で訴える笹倉さんの言葉に思考が止まる。
あれほど強力な認識の改変が無くなってる?
……っ!
(緊急事態! 即刻解除だ!)
『ん? 了解っと』
思考が止まったのは本当に一瞬のことで即座に異世界を繋ぐ魔法を解除する。
以前読んだ小説なんかだと、解除したのにその通り道が何故か固定化されてなんて話もあったが、幸いにもそういうこともなく無事に解除され異世界への道は閉ざされた。
「どう?」
「うーん……微妙、かな。久保田くんたちは海外旅行に行ってたって認識は戻ってきたけど、本当はそうじゃないってことも……? あれ……なんだろうこの違和感」
体調やらもろもろに何か問題が起きてないかと尋ねれば、困惑した様子での返答。
確かに彼女の言葉には何か違和感があり、それが何なのかと考え……思い当たる。
「……以前は頭で認識を改変されてるって信じていても、認識自体はずっと自然な感じであったよね」
「え? ああ、そうか。この認識が操作されたものだってはっきりと自覚して……いやそれも違うかな?」
認識改変が弱まっているのではと暗に告げれば、それに納得したように笹倉さんは頷きかけて何かに気づいて首を振る。
どうやら当事者にしか分からない何かに気づいたようだ。
「うん、やっぱりもう認識改変されてないんだよ。はっきりと久保田くんたちはずっと行方不明だったって分かる。戻ってきたのは認識じゃなくて改変されてたときの記憶だね」
「認識改変が完全に解けたまま?」
「っ! カケルくんは!?」
どうやら認識改変が弱まっているどころか完全に解けているようだ。
それからハッとした様子で声を荒げる笹倉さんに俺も目を見開いて彼女と目を合わせた。
彼女に対する認識改変が解けているのならカケルくんだって、引いては他の人達だって解けていてもおかしくはないのだ。
計画の前提が崩れてしまった可能性に焦燥感に駆られ、慌ててカケルくんのもとまで向かう。
「わっ、おにいさんにおねえさん? どうしてそんなに急いでるの?」
「え、いや……何でも、ない」
そうして慌ただしくカケルくんの傍までいくと、何事か理解していないポカンとした顔に迎えられて言葉が詰まってしまう。
……この様子だと認識改変は解けてない……か?
「な、なあカケルくん。ヨウくんってさしばらく不在だったんだろ? どうして不在だったのか分かるかな?」
「どうしてって旅行だよ。なんかくじで当たったみたいだよ?」
「……ラッキーだな」
その返答にひとまず安心しつつ当たり障りのない言葉を呟いて苦笑する。
どうやら認識改変はそのまま適用されているらしい。
それを見て少し安心した様子を見せる笹倉さんが小声で話しかけてきて、少し前の状況を教えてくれる。
「……さっきは突然ヨウくんがいなくなっていたことを思い出して混乱してたんだけどね」
「となると一回は解けたけどカケルくんは問題なく再改変されたってことか……」
どうやらカケルくんも一度は認識改変が解かれたらしい。
おそらくは異世界へ道を繋いだことが原因なのだろうとは思う。であれば笹倉さんとカケルくんとで道を閉じた後の違いはなんだろう。
笹倉さんは予めそういう知識があったからそれか?
……いや、そういえば認識改変されてない人が他にもいるじゃないか。
確認できたのは三人だけであるが、彼ら――異世界からの帰還者もまた認識改変はされていない。
となれば、異世界へ行くこと、あるいは異世界の存在を知ることが認識改変を避けることに繋がるのかもしれない。
以前から異世界についてはわりと話していたのに今になって改変が解けたのは……百聞は一見に如かずってか。
「……多分異世界に行ったり存在をはっきりと知ってしまったりすると改変されないのかな」
「ああ……確かにそうかも。ってことはカケルくんも認識改変が解けるわけで……不確定要素が増えるね」
その通り。やはりこの問題はかなり難解らしい。
だがそれは一方で朗報でもある。
カケルくんとヨウくんが仲直りするうえで認識の違いというのははっきり言えば邪魔だった。
それに認識改変が完璧ではないだけ、それを利用して望む結果へ誘導できる可能性もゼロではないことを示唆するのだから。




