その52
さてひとまず問題の一つである被害者の治療はほぼ解決したわけだが、これからどうするか。
カケルくんからもう一人の当事者であるヨウくんの家の場所は聞き出せたけど、そもそも世間の目だとかそういうのが騒いでいる現状、円満解決は困難を極める。
おまけにカケルくんの腕が急激に治ったことを誤魔化す必要もあるなど、これからやらねばならないことが山積みだ。
それについて何かいい案は無いかと、カケルくんに断って少し離れ病室の入り口付近で笹倉さんと密談しているがいい案は出てこないのが現実だった。
「皆から記憶を消せればいいんだけどね」
「そんな規模での魔法なんて流石に無理だからなあ……」
いくらなんでも規模が大きすぎて不可能だ。
それができるなら端から苦労して案を絞り出す必要もない。
結局のところ大体この発想にたどり着いては行き詰まるを繰り返している。
そんな状況に笹倉さんは大きくため息を吐くと、奇跡を祈るような事を口にした。
「いっそ事件のこととか皆、勝手に忘れてくれればいいのにね」
「まあな……いや、忘れてくれれば……?」
その言葉に頷き、そしてふと気づく。
確かに、俺たちで事件についての記憶と情報を完全に消すことは不可能かもしれない。
しかしだ。
記憶も情報も何もかもを最初から無かったかのように消える現象を俺はすでに確認しているはずだ。
「……いけるかもしれない」
「え? 何か思いついたの?」
「うん。でもちょっと色々整理するから待って」
「その様子だと十分可能性はある考えみたいだね……うん、分かった。まとまるのを待っとくよ」
朧気ながらも可能性が見えてきた。
とはいえまだただの思いつきなので笹倉さんにそれを説明する前に考えをまとめたいと告げて時間を貰う。
記憶と情報の消去……いや、最初っから無かったかのようにされるそれは改変と言ったほうがいいだろう。
あれならば、事件そのものを消すことだって可能なはずだ。
問題はその改変現象は何を切欠に起こったのか。
決まっている。こちらの人間が異世界に召喚されたからだ。
あるいは転移したからと言い換えてもいい。
だから……。
「カケルくんを異世界に一度送れば……」
「異世界に……ああ、なるほど! 考えてることってそれなんだね。……でも帰ってきたら結局記憶は戻るんじゃ?」
零した言葉から察した笹倉さんが懸念される点について聞いてきたのでとりあえず頷いて、再び考え込む。
カケルくんを異世界に送ればひとまずその間は事件については無かったことにされるだろう。
原理も不明でそうする理由も不明だが、とにかくこちらの世界の人が異世界へと消えれば、その人が生きてきた全ての情報が消されて最初から無かったかのように調整されるのは確認済みなのだ。
そしてカケルくんを異世界に定住させるわけにもいかないから呼び戻す必要がある。
問題は、呼び戻したときの再改変がどのようにされるかだ。少なくとも帰還したらその存在の記憶は蘇るだろうが……。
難しいのはただ蘇るのではなくいなかった間の辻褄を合わせるカバーストーリーを用意されるだろうってことだ。
久保田くんが約二ヶ月海外旅行に行っていたことにされたし、それはその次に帰ってきた二人のクラスメートも同じだった。
制服が用意されていたことも改めて考えてみればカバーストーリーの一貫だったに違いない。
とはいえそのまま彼らは学生であることを保つ形で補完されたわけだから大きく以前と異るということはなさそうである。
笹倉さんもそれを考えたのだろう、眉をひそめて思ったことを口にしてくれる。
「うーん……事件はもう過去に起きたことだし、戻ってきた時には事件自体はそのまま起こったことになるんじゃ?」
「やっぱそうかなあ……あ、そういえば久保田くん達が海外旅行に行ってたって認識はまだある?」
「うん、どれだけ異世界に行ってたって話に納得してもその認識はなくならないね」
それに同感しつつも、ふと思いついたことがあったので確認すれば、まだ認識は消えていないらしい。
この認識改変はよほど強固なようだ。
さておき、それであればある程度確認は取れるかもしれない。
「その認識だとさ、久保田くん達ってある日突然、海外旅行に行ったのかな?」
「んん……? えーっと……いや、事前にそういう知らせはあったような……それこそ新城くんが異世界に召喚されたっていう日よりも以前から……あれ?」
自身の認識を振り返りながら紡いだ言葉に彼女自身首を傾げ、俺は彼女の言葉に頬がニヤつくのを感じた。
よし!
辻褄合わせのためならある程度過去の分まで修正されるらしい。
厳密にいなかった期間だけを修正するのではないというのなら事件を無かったことにすることも可能かもしれない。
一度異世界に送ってから戻ってきてもらえば認識改変が行われるだろう。
その際のカバーストーリーは何を基準して作られるかと考えたら帰還したカケルくんの状態に寄与するのではないかとも思う。
ならば、事件で大怪我を負ったはずのカケルくんが完全に無傷な状態で帰ってきたらその場合はそれに準拠したカバーストーリーが作られ、事件そのものが無かったことに……というのは流石に楽観的すぎるだろうか。
そもそもカケルくんの怪我はこちらの世界にいる時点で治してしまっているのだから望み薄かもしれないが、今のところそれぐらいしか思いつかないのだ。
「……最終的に神頼みになるな」
「うん、でも……確かにそれぐらいしか可能性はなさそう、かな」
一抹の不安を抱えながらも思いついた事柄を笹倉さんに説明すれば、彼女もなんとも微妙な表情をしながらも一応その案に賛成してくれる。
結局のところ俺たちの力でどうにかするのが困難な以上、超常の現象に頼らざるをえない。
どうせそうするしか無いのなら信じて行動あるのみだ。
「ちょっとエージの方にも確認するわ」
「うん、分かった」
そういうわけで、まずはエージにも協力してもらうためにテレパシーを繋ぐ。
(おいエージ。少し小学生をそっちで預かってくれるか?)
『あーっと、なんか事件起こしたって子か?』
(いやその被害者の方)
『被害者? 一体どういうことか説明してくれ』
とりあえず要望から言ってみたが、流石にそれでエージも理解できるわけもなく、仕方ないのでどういう考えからの提案なのか説明していけば、ひとまず納得したのか快諾してくれる。
『……オッケー、任せろ。期間は? あまり長いとその子にとってもマズいだろ』
(そうだな……すぐに戻ってきてもそれはそれで意味があるのか怪しいし……ひとまず一日ぐらいはそっちに居てもらうか)
『ま、それが妥当か? ……しかしそれで本当になんとかなるかね』
流石に半信半疑なエージの言葉に、同感だとため息が零れそうになる――――
『ほう、なかなか面白いことを考えておるな』
――――が、それは突如テレパシーに混じった聞き覚えのないきれいな声によって阻止された。
 




