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その50

 さて、これから302号室へと向かうわけだが、その前にしておくべきことがある。

 そういうわけでひとまず物陰に隠れて浄化魔法を使って清潔にしておく。

 ここは病院なのだから衛生管理は徹底しておくべきだろう。

 特に俺たちのやってることはハッキリ言えば不法侵入。不当に侵入している以上そのほかで迷惑をかけるなどそれこそあってはならないのだ。


 そんなわけで屋上から病院内へと足を進め、目的の病室を目指す。

 一般病棟だからか土足厳禁というわけでもないようなので靴はそのままだ。土足厳禁であれば無限倉庫からスリッパを取り出しただけなのでどちらにしても問題は無かっただろうが。

 で、一度中に入ってしまえば見舞い客に捉えられるだろうと思っていたが、どうもまだ面会時間外のようだったので隠密行動は続行だ。

 当然のごとく笹倉さんの魔法によってそれを可能としており、負担をかけてしまって申し訳なくも思うのだが、それは道中でも気にしないでと何度も言われてるのでおとなしく甘えることにしている。


「っと、ここか」

「昔見たドラマだと名札とかあったけど……ないね」


 何事もなく302号室まで辿りつき笹倉さんが入り口に視線を巡らして呟く。

 ここへ来る前に軽くお見舞い行くときの注意点について基本的なことを調べた際、プライバシーだとか個人情報保護の観点だとかで、多くの病院で入り口の名札は廃止されているって話を見たからそれだろう。

 その辺り調べてこの病院の面会時間とか調べてない辺りかなり適当な調べ方だったなと自嘲しつつ、さっと病室内の気配を探れば病室内には誰かが一人だけいるようなので、おそらくそれが件の被害者だろう。


「ちょうど一人みたいだな」

「鍵は……開いてるみたいだね」


 スライド式の扉に手をかけてこちらを見つめてくる笹倉さんに頷けばゆっくりと扉を開いていく。

 それから大きな音を立てないように病室内に身体を潜り込ませると、これまたゆっくりと音を立てないように扉を閉めて病室の奥へと進めば、ベッドの上で病院食をおいしくなさそうに口に入れる男の子の姿があった。

 今なお、周囲からバレないように笹倉さんが魔法を維持しているためにその少年はこちらに気付いた様子もなくしかめっ面で食べ続けている。

 様子を見た限り痛みが酷いとかもないようで、ひとまず経過は順調らしい。

 それでも左腕にグルグルと巻かれた包帯が負った傷がかなり大きなものだったことを主張しているが。


「っ!? だ、だれ? いつから、そこに?」


 一通り確認し、頃合いを見計らって笹倉さんに目線で合図すれば魔法が解除され、向こうからすれば突如現れたように見えただろう俺たちを確認した少年は大きく肩を揺らして後ずさり、小さな背をベッドに押し付けた。

 その反応にせめて一旦見えない位置に隠れてから解除して姿を表すべきだったなと反省。

 とはいえ過ぎたことは仕方ないので苦笑を浮かべつつ話しかける。


「あ、驚かせてごめんね。僕らは怪しいものじゃないんだ」

「新城くん……」


 相手は子供だからと出来る限り優しく聞こえるように心がけ、一人称だって柔らかいものへと変えるという努力もしてかけた言葉は見事に相手を落ち着かせてくれるだろうと確信していた。

 しかして、残念ながらそれは相手の警戒心を引き上げる結果に終わったようで酷く胡散臭いものを見るような目を向けられてしまう。

 おまけに笹倉さんにもため息を吐かれてジトーっとした目で睨まれてしまう始末。

 俺も馬鹿ではないのでファーストコンタクトは失敗に終わったらしいことを悟ったが、はて何が問題だったのか。

 子供にも分かるように伝えるというのは難しく、そして子供というのは案外、悪意に鋭いと聞いたことがある。

 だから極めてシンプルに、そして正直に話したと言うのに……。


 だが、それも居心地の悪さから視線を窓へと向けそこに反射して映る自分の姿を見て納得する。

 そう、筋肉だ。

 体力テストでやらかした結果をごまかすために身に付けたこの筋肉。

 どういうわけか笹倉さんには一切ツッコまれなかったことで俺も意識の外に追いやっていたこの肉体美は、ともすれば威圧感を与える代物であるということをすっかり忘れていた。

 あと、遅まきながら私は怪しい人だよといって近づく怪しい人はほぼ居ないが、その逆のことを言って近づく怪しい人はそれなりにいるということにも気づいた俺は即座にアプローチを変更する。


「……おーけー。俺は怪しいかもしれない。信じられないかもしれない。だが、彼女はどうだろう?」


 そう言って笹倉さんを前に出せば、彼女は少し驚いた様子を見せながらも女神のような素晴らしき笑みを作る。

 ……少年よ、君が少年であったことを喜ぶがいい。

 でなければ女神の笑みを向けられたという事実に、俺の醜い心がちょっとしたイタズラを仕掛けていたであろう。

 そんな考えをおくびにも出さず、俺も努めて優しい笑顔を作り言葉を続ける。


「すごく綺麗で、優しそうだろう? ってことは俺たちはいい人なんだ。だから少しだけでも俺たちの話を……イテッ」

「……ごめんねー。このお兄さんはちょっとおバカなんだ。でも一応悪い人じゃないってのは信じてくれると嬉しいな?」


 軽く頭を小突くことで俺の言葉を遮った笹倉さんはそのまま困ったような笑みを浮かべて少年に話しかける。

 少なくとも俺の言葉よりはずっと信じられると感じたのだろう、少年は何度か俺と笹倉さんに交互に視線を向けると最後に笹倉さんのほうを向いておずおずと頷いた。


「うん、ありがとう。じゃあ、まず名前を教えてくれると嬉しいけど、大丈夫かな?」

「えっと……カケル……です」


 それから笹倉さんは優しげな笑みを浮かべ、あっという間に少年の名前を聞き出してしまう。

 恐るべき人心掌握術である。


「カケルくん、だね。私は由美で、それからこっちのアホでおバカなお兄さんは雄二っていうの」

「……アホでおバカで愉快なお兄さんだ、よろしく」


 おそらく俺が変なことを現在進行形で考えていたことを悟られたのだろう少々辛辣な紹介を受けたので仕方なくそれに乗っかっておく。

 これも致し方ない犠牲である。

 まあ、その甲斐あって俺に対しても多少心を開いてくれたのかほんの少し笑ってくれた。


「――それで、私たちがここに来たのはね、君のその腕を治すためなんだよ」

「……? もう治してもらったよ、ほら。怖かったけど、がんばったんだ。あとはしばらく大人しくしてればってお医者さんもいってた」


 しばらく他愛のない会話を続けてカケルくんの警戒心を大分取り除けたかなといったところで、切り出した笹倉さんに対し、カケルくんは首を傾げると、ちょっと誇らしげにして包帯でぐるぐる巻きの左腕を見せてきた。

 幼き彼からしてみれば、否、一般人からしてみれば治療はもう終わり後は完全に治るまで待つばかりというのが当たり前だろうから、そこに治すと言われてもピンと来ないのは仕方ないことだろう。


「違うぞ。俺たちの言う治すっていうのは、今すぐに傷跡もなく完璧に治すってことなんだ……そうだな何か好きな運動とかあるかな?」

「……ドッジボール?」

「ああ、いいな。でも今はそういう運動はダメって言われてるだろう? それを今すぐにでもできるようにしてあげようってことなんだけど、どうだ?」

「っ! そんなことできるの!?」


 なので言葉を継いでなんとか伝わるように噛み砕いて説明すれば、カケルくんも大体理解できたのかすごい目を輝かせて食いついてきた。

 が、次の瞬間なぜだか顔を曇らせる。


「いや、そんなことできっこないよ……お医者さんだってムリだっていってたもん」

「そうか、でも俺たちは医者じゃなくて魔法使いだからな。医者にできないことも、できるのさ」


 なかなか賢い子だ。

 そう思いつつも俺は適当に光の球を生み出す魔法陣を作り出して見せてやるのだった。

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