その48
他にも帰還者が現れるかもしれないという可能性。
それはすぐに現実となった。
久保田くんの帰還に関して結局謎のままであるというのに、その翌日にまた一人帰ってきて、さらにその翌日にもまた一人帰ってきたのだ。
そして新しく帰還した二人もまたエージの所業を見たことがあるようで、俺を見るなり、
「げえ、エージ!?」
って声を漏らしてそれぞれ土下座する始末。
なんなの?
それは異世界サバイバル組でのお約束の反応なの?
まあ、面倒だったのでちょいと魔法で二人の記憶からトラウマを取り除き、細かい説明とかは久保田くんに丸投げして無視だけどね。
幸い彼らもサバイバル生活の中で良識を捨てたなんてことはなく、能力はこっそり個人の範囲で使い、日常に溶け込んでくれることを約束してくれた。
破ったら社会的な制裁があるとも告げたのでおそらく大丈夫だろう。
ま、下手に目立つと魔術を隠蔽する怖い組織が闇討ちにくるかもしれないし。
だから彼らについてはまあ、平穏無事に事は済んだとそう言っても問題はない。笹倉さんと付き合ってることに対して、すごい嫉妬の炎を燃やされたりしたけど平穏だ。
ちなみにトラウマを取り除く魔法は、以前連盟の連中に信仰されかかったのを受けてこれはやばいと開発した魔法だ。
取り除くとはいっても記憶を弄るわけではなく、精神的安定を促すだけの魔法で、屠殺される動物の姿に対するトラウマとかそういうレベルのものしか取り除けないし、人によってはそれも取り除けないぐらい効果はしょぼい。
あくまでも精神的なものをちょっと後押しするものなので怪我とか直接関わってくるトラウマには弱く、衝撃的なものを見たとか聞いたとか知ったとかならある程度は効果はあるそんな感じの微妙なものだ。
おそらく以前の連盟の魔術師たちには全くもって無意味な魔法だろう。謎信仰に恐怖を覚えて開発を始めたというのに、それに対しては無力な魔法になってしまったが、ある程度穏便にとなるとこの程度が限度だった。
あのレベルのトラウマを取り除くとなると何をされたのかという記憶そのものを消すしか無さそうなのだ。そうなるとそもそも何をしでかしたか把握されなくなるので、それはそれで不都合になるかと判断したわけだ。それと、そんなトラウマを刻むような事など今後は滅多に起きまいという酷く楽観的な考えも中途半端な効力の魔法に落ち着いた理由の一つである。
まあ、精神的安定を促す魔法なので、トラウマ脱却以外にもストレスの解消とか、ちょっとした不幸への憂鬱とかも緩和できるのでなんだかんだ便利な魔法にはなったのでよしとしよう。
で、それから一週間ほど経ったわけだが。
テレビで流れたニュースを見つつ、俺は世の中とは平穏無事にいかないものであるらしいことにため息を吐いていた。
クラスメートの帰還者が何かやらかしたわけではない。
では世の中の何が平穏では無いのかと言えば、ここ数日テレビでやたらと取り上げられているニュースについてである。
なんでも低学年の小学生同士が些細な事で喧嘩した結果、片方の子が腕に深い裂傷を負ったという。
幸いにも命には別状は無かったようだが、かなりの重症だったらしい。
確かに衝撃的なニュースである。だが同時にある種ありがちな事件とも言えた。
自制が効かないゆえに、あるいは理解が足りないために起きた悲劇的な事故だと。そういう見方も確かにあるし、実際そういうコメントをする人もいる。
だが、そうしてやれ道徳がどうの、やれ教育がどうの、やれ監督不行き届きだのと騒ぐ一方で、同じくらい大きく取り上げられているのはその状況における不可解な謎についてだった。
なんでも喧嘩したその場面を見ていた子供達は揃って「突然、◯◯君の腕が切れた」と証言し、その後の調べでは凶器としてあるべき刃物が一切見当たらなかったという。
実際に腕を深く切られているにも関わらず、誰も凶器を見ていなければ、見つけることもできていないというのだ。
当人に事情を聞こうにも、ショックで茫然自失となりその後顔を青くして狂乱したかと思えば気絶、その後病院に運ばれて目覚めれば人と近づくことに極度に怯え「来ちゃダメ! 近づいたら、また……!」と酷く怯えた様子で叫ぶばかりで話を聞くのもままならないらしい。
被害者の子も「分からない、突然痛みが走った」と、どのようにして怪我を負ったのか全く理解できていないらしい。
「……やっぱりこれってさ」
「多分、ね」
連日放送されるそのニュースに、痛ましそうに表情を歪めた笹倉さんが尋ねてくるのに頷いて同意を示す。
凶器は見当たらなかった、どのように切られたのか分からないという情報を真とするならば俺と笹倉さんには心当たりがあった。
凶器が見えない、なのに切られたというのなら実際に見えない何かで切られたのだ。
つまり魔法によって。
そして久保田くんや他二名のクラスメートがここ最近異世界から帰還してきたことを鑑みるに、その怪我を負わせた側の子は異世界から帰ってきた者である可能性が高い。
あるいは、こちらで育った魔術師の子によるものという可能性もあるにはあるが、それは既に笹倉さんによって否定されている。
曰く、
「ううん、魔術師が関わっているならこうして騒ぎにはなってないよ。こっちで魔術師になるのは魔術師の血の繋がった子供か、あるいは魔術師に才能を見出された孤児しかいないから。そして魔法を覚えた子供には絶対に監視がつくの。感情的になった子供に魔法を使われて魔法の存在がバレたら大事だし、万が一でも徹底して隠蔽されるから。だからこうして騒ぎになっている時点でその可能性はかなり低いんだよ……」
ということらしい。
もちろん魔術師たちの監視漏れの可能性だってあるが、やはり異世界のことを知っている身としては帰還者である可能性が強いだろうと思う。
一応の加害者である子供が人に近づく事に酷く怯えていること、それから震える声で零した言葉の情報を踏まえればおそらくは事故に近い。
理性が育ちきっておらず、ちょっとしたことで喧嘩して、それで引っ掻いてしまって怪我をさせてしまうなんてよくあること。
ただ、持っていた力が普通ではなかったのだ。
「なんだかな……」
「悲しい話だよね……」
まさかのニュースに俺も笹倉さんも暗い表情をして顔を見合わせている。
そしてなんとかしたいという気持ちが溢れてくるのを感じていた。
異世界からの帰還者に対しては基本的に無視。
そういう方針であったし、その方針に別になんら後ろめたい気持ちなどありはしない。
が、だからといってこうして実際に帰還者と思われる人が起こしてしまった事件を見て、対岸の火事を決め込めるほど乾いてもいないつもりだ。
「なんとかしてやりたいところだけど、さて、どうしたものか」
「既に事は起きちゃって、こうして話も大きくなってるから難しいね……それでも、なんとかするつもり、なの?」
「まあ、な。怪我させちゃった子も何に怯えてるのかある程度理解できるのは俺たちぐらいだろうし。まあ、他に誰もいないってなら俺だって頑張るさ」
とはいえ、現実にはなかなか厳しいのは変わらない。
ひとまず被害者の子を完全に治したら解決って話でもない。
それぞれの記憶を消したとしても、もはや起きたことは消せないのだ。
もう少し騒ぎが小さい段階であればそのへんもゴリ押しでごまかすこともできたかもしれないが、この規模で広まってるとなれば不可能。
本当にどうしたものか……。
そうして俺と笹倉さんは何か状況を打開するいい案はないかと頭を悩ませるのだった。




