その46
あれから頑張って説明してとりあえず俺がエージとは一応別人であることを納得してもらった。
「同時に召喚されて分裂とは、またすごい偶然だな……。あ、なら便意に怯える必要もないのか……よかった」
「……ごめんな。怯える必要はとりあえず無いけど、能力自体は俺も使えるのよね」
「えっ……た、頼む! それだけはやめてくれ!」
「いや、そんなやたらめったら使わないって。そこまで頭おかしくないから」
「えっ?」
俺が弁解の言葉を並べていると、横から思わぬ声が。
あれ笹倉さん、その反応はまさか俺が頭おかしいと思っておられます?
……尿意我慢する姿見たいからとイタズラに使ってた俺は確かに頭おかしいですね、はい。
その節はどうも申し訳ないです。
最近は発動前に睨まれるから、ちょっと悲しいなとか思っててすいません。
「ま、まあ、とりあえずよほど悪事でも働かない限りは使わないから安心してくれ」
「……一応信じよう。向こうのお前……エージもよほどしつこく勧誘してきたやつにだけ使ってたしな……。目の前で漏らしたあいつの絶望した顔は今でも覚えてる……あんな能力を希望するとか新城、お前頭おかしいぜ」
「失敬な! 能力を希望したのは俺じゃない、エージだ!」
「元は一緒だしほぼ同人格なんだろ? だったらそういう発想がお前にあったってことじゃねえか」
どうやら目の前で社会的に死ぬ誰かを見てそれがトラウマになっているらしい久保田くんが、なんとも失礼な事を言ってくる。
アレはエージが求めたのであって俺じゃない。
俺じゃないから俺は頭おかしくないし、まともなんだ!
そう言い張ったのだが、的確にこちらの痛いところを突かれてしまう。
と、次の瞬間久保田くんは何だか慌てだす。
「あっ……待ってくれ、今のはちょっと口が滑ったっていうかな? 別に新城のことを貶そうとかじゃなくてだな……」
「分かった分かった。俺が悪かったから話を進めよう。次の質問はあるか?」
「え……あ、ああ。ならこの、俺がいなかった間行方不明じゃなくて海外行ってたことになってる状況はなんか分かるか?」
トラウマは根深いらしい。
ため息を吐きつつ、本題に戻れば皆の認識について聞かれる。
やはりそこがずっと引っかかっていたらしい。
ただ当事者じゃないからうまく説明できるかどうか。
「それについては詳しくはわからんからほとんど推論になるがそれでもいいか?」
「ああ、少しでも分かるならなんでもいい」
「そうか――」
まず先に推論でもいいかと確認してから説明を始めた。
まず、俺はなぜか認識を弄られてないことを説明し、それから異世界に行った人の記憶は消され、机などもその日登校した時には既に消滅していたことを伝える。
そしてこれはもう久保田くん自身察しているだろうが、記憶の補完についても話し、修正力とでもいうべきか、世界からとある存在がいなくなっても問題がないように、そしてそれが戻って来ても問題が無いように何らかの力が働いていることを説明した。
もちろんそれをはっきりと観測したわけでもないから話したことの大部分は俺の推論になるが、まあ状況判断のためには無いよりはマシだろう。
「俺がいない間、皆から俺の記憶が消えてた……ゾッとする話だが……マジ、なんだろうなあ」
「おまけに今はいなかった間のことを都合よく補完されているわけだな」
「ちなみにこうして話をしてても私の中で久保田くんは海外に行ってたって認識は全然消えないから、誰かに話して納得させるのは難しいと思うよ」
いない間忘れられていたというか、記憶から完全に消されていたというのは相当ショックだったのだろう随分と落ち込んだ様子。
しかしそれでも、それを認めるぐらいには意識を強く持っているみたいだ。
そんな久保田くんに少し申し訳なさそうにしながらも笹倉さんが補足の説明を入れる。
それを聞いて久保田くんは大きなため息を吐いた。
「はあ……なんだか気持ち悪いが、ひとまず用意された話に合わせるしかない、か」
「まあ、多少気持ち悪いだろうけど居場所が無くなってるよかいいだろう」
「ああ、そのとおりだな。割り切るしかなさそうだ……しかし、笹倉さんは認識を変えられてるのにそれが違うと知ってるみたいだけど」
記憶やら認識については諦めたようで首を振る久保田くんだったが、笹倉さんの言った言葉について疑問を持ったらしい。
たしかに彼女の言葉は、自分の認識が弄られていることを自覚してなければ出てこない発言だ。
「それは簡単な話だよ」
と、笹倉さんは軽い調子で告げる。
「新城くんがその認識は違うって言ってくれたからね」
「え、それですぐに新城の言葉を信じたの?」
「うん、新城くんは私には絶対に嘘をつかないって知ってるから」
自信満々に告げられるその言葉から伝わるのは俺に対する信頼感。
そんな笹倉さんのあからさまな態度に、久保田くんは再び落ち込む……ことはなく感心したように頷いていた。
「え、なに、その反応」
「いや、本当に仲いいんだなって……この認識の改変って相当強力なんだろ? でもそんなの関係ないって感じで……なんかもうすげーって思うし、そういうの、いいなって思って」
「そ、そうか」
まさか仲の良さを真正面から褒められるとは思わなくてしどろもどろな返事になってしまう。
いや、しかし久保田くんこそすごいな。恐らく笹倉さんのこと好きだっただろうに。
「ま、それ以外に久保田くんが魔法使ってたからってのもあるんだけどね」
「あ……そうだよ! 新城はさっき聞いたから分かるけどなんで笹倉さんも魔法について知ってるの!?」
笹倉さんが付け足した言葉で思い出したのだろう、魔法について知っているのはなぜなんだと問いかけてくる。
そういえば、俺については話したが笹倉さんのことは何も言ってなかったっけ。
「こっちにもな魔法はあったんだよ。で、笹倉さんは実は魔術師だったわけだね」
「そういうこと。朝に皆の認識を誤魔化したもの私」
「え、ええー!?」
まさか地球に普通に魔術師がいたとは久保田くんも思っても見なかったのだろう、今日一番の驚きの声を上げる。
丁度魔術師の話題も出たことだし、ちょうどいいから魔術師のこととか組織のこと、それから異界のことなども教えておくとしよう。
もはや魔法を扱える久保田くんも、厄介事に巻き込まれるかもしれないし。
認識が広がれば、その分だけ世界が広がるのだ。
望まずとも巻き込まれる可能性は十分に高いと思われる。
俺も同時召喚という珍事によって認識が広がってすぐ笹倉さんが魔術師だと知り、なし崩し的にどんどん関わることになり、地球にも知らない世界があることを知ったのだから。
「今日はサンキューな。……あっ、そういえばさ」
そうして色々説明も終えそろそろ帰ろうかってなった時。
久保田くんは最後の最後に特大の爆弾を投下する。
「どうして俺はこっちに戻ってこれたんだろ? なんか心当たりとかある?」




