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45/112

その45

 なんとも面倒な事になった。

 異世界に召喚された人間が能力そのままに帰還?

 ああ面倒くさい。

 おまけにどうも向こうでエージにトラウマを植え付けられているらしい。


「あーとりあえず……名前教えてもらえるか?」

「は……? え、何……エージお前、また俺の名前忘れてんの……?」


 どうやら向こうでエージに出会った時も同じように名前を尋ねられたようだ。

 いくら疎遠とは言えクラスメートに名字すら覚えられていなかったとかそれなりにショックだった事だろう。

 そして、向こうからしたら再び忘れられているようなもので、そのショックは大きかったのだろう。悲壮な表情で言葉を零している。

 うむ、その点については申し訳ないと思うが、実際知らないものは知らないので諦めて欲しい。


「そのあたりあとで説明するから名前を教えてくれ。とりあえず俺はエージじゃなくて雄二だ。でも呼ぶ時は新城にしてくれな」

「え、ああ……。名前は久保田(くぼた)(とおる)……はあ、何で今更自己紹介をしてるんだ俺……お願いだからさ今度こそ名字だけでも覚えてくれよ? クラスメートから誰って言われるのきっついんだからな!」

「あいあい」


 心のなかでほんの少し謝りつつも名前を教えろと急かし、ついでにエージと呼ばれ続けても困るからそのあたりに釘も刺しておく。

 それに対して随分と不満げに目の前の男――久保田は名前を教えてくれた。

 付け足された言葉にはなんだか真に迫るものがあったので、本当にショックだったのだろう。

 ごめんよ久保田くん。

 俺ぼっちだから、笹倉さん以外のことはあまりね。


「新城くんは少しは他のことにも目を向けたほうが良いと思うよ」

「善処します」


 実のところ名前を覚えていなかったことに対して、俺があまり反省していないのを察したのだろう、横から笹倉さんに苦言を言われてしまう。

 他ならぬ女神様からの御言葉だし、今後は多少他人に気を配ることも考慮してみよう。 


「なんか……新城と笹倉さんやけに仲良くないか? それにさっきから周りが不自然にこっちに反応しないのにやけに落ち着いてるし……」

「とりあえず色々ややこしいんだよ。微妙に長くなるだろうし後で説明するからさ」

「ひとまずは授業を真面目に受けようね。それで放課後、でいいよね? 放課後残ってその時に説明ってことでどうかな?」


 下手に騒動起こされてもたまったものではないし、もちろん説明をする意思はあることを伝え、その後を笹倉さんが引き継ぐ。

 途中で、問題ないかと聞かれたので頷けば彼女も頷きを返してからひとまずの予定を組み立て久保田くんへそれで問題ないか尋ねる。


「あ、ああ。とにかく状況が分かるなら文句はない……です」


 美しき笹倉さんにそう聞かれたら頷くしか無いだろう。彼は少し顔を赤らめて距離を取りつつ頷いた。

 それから何か意を決したのか俺と笹倉さんに視線を交互に送り唾を飲む。

 直前の反応と、聞くのが少し怖いというその態度。

 なんとなく心中が分かっちゃったかもしれない。


「あの、一つだけ今聞きたいんだけど二人って、そのもしかしてさ」

「うん、付き合ってるよ」

「っ! そ、そうなんだ……えっとお似合い? だね?」

「うん! ありがとう!」


 酷く緊張した様子で口に出した言葉に笹倉さんはそれはもう躊躇なく答えた。

 それに対して動揺しつつも、お世辞の言葉を口にした久保田くんはとても偉いと思う。

 だからそれに満面の笑みで、本当に嬉しそうにお礼を言われてトドメを刺される姿には流石に同情してしまう。


「じゃ、じゃあ俺、自分の席戻るから……」

「そう? あ、魔法は使っちゃダメだから。異世界の話もね」

「う、うん」


 恐らく今日一番の衝撃だったのだろう、一気に元気を無くした彼はトボトボと自分の席に戻っていく。

 うん、久保田くんや。気持ちは痛いほど分かるぞ。

 気を強く持ってくれ。


「うーん、ちょっと手厳しかったかな? でもこういうのは早めにはっきりさせたほうがいいよね」

「ああ、一応分かってはいたのね」

「そりゃあ、まあ」


 そんな久保田くんを見送って笹倉さんが小さく呟く。

 どうやら彼女も彼の想いについては気づいていたらしく、心に突き刺さる言葉の数々は彼女なりの優しさだったようだ。

 うん、まあなんとか立ち直ってくれることを祈っておこう。

 いやしかし、逆恨みルートも視野に入れて行動しないといけないかな、これは。

 そんなことを思いつつも俺は朝礼前の少ない時間を笹倉さんと雑談を交わして楽しむ。

 時折刺さる羨望の眼差しが気になるけど、だからといって彼女との会話を切り上げるなんてとんでもない。

 同情はするが、彼女との会話を楽しむほうが優先度は遥かに上なのである。









 それから時折、久保田くんの様子を窺っていたがひとまずはある程度立ち直ったらしく真面目に授業を受けていた。

 が、どうにも完全に授業についていけていないらしく必死にノートに書き込みながらも目を白黒とさせて授業が終わる度に机に伏せていた。

 そりゃ二ヶ月近く異世界にいたのだから当然だろう。

 おまけに召喚される前に学んだこともサバイバル生活の中で記憶の隅に追いやられているに違いない。

 一応、教師も久保田くんが幸運な機会に恵まれて海外旅行に行っていたと認識しているから「ゆっくり追いついてこい、お前はその分皆より見聞を広められたんだぞ。それは後々お前の力になるからな」と励ましていたのが印象的だ。


 とはいえ、高校生からしてみれば成績と言うのは重要だ。

 何より数字などではっきり目に見えてしまうのだから印象も強く、人生経験云々よりもそちらのほうが気にかかってしまうのは当然というもの。

 ああ、本当に不憫。

 笹倉さん以外の他人に関心をあまり持たない俺が、思わず同情してしまうほどに不憫だ。

 今度、分からないところを教えてあげようと思うのでなんとか闇堕ちしないことを願う。

 だが俺が関わるほどにむしろそれは闇堕ちの可能性を上げる気がして、なんだか世の中の難しさを感じてしまうね。


 そうこうしながらも本日の授業を全て終えると俺、笹倉さん、久保田くんの三人は屋上へと集まり顔を合わせていた。


「じゃあ、説明してもらってもいいか?」


 どうやら色々吹っ切れたのか気力を取り戻したらしく、幾分マシな様子でそう聞いてくる。

 あるいは空元気だろうか。

 まあ落ち込んだ人を相手にするよりはずっといいから気にしないでおこう。


「おう。とはいえ、何から話したものか……」

「ああ……漠然と説明を求めても困るか……じゃあとりあえず俺が質問してっていいか?」

「そのほうが良さそうだな」


 おっと、案外冷静だ。

 授業についていけないながらも、久々の日常生活が彼の心に平穏を取り戻したのだろうか。


「じゃあ、まずは……どうして新城もこっちにいるんだ?」

「あー、それか」


 最初の質問はなぜ俺がこっちにいるか。

 まあ、久保田くんからすれば俺、つまりエージは向こうにいる認識だからな。

 当然気になるか。

 しかしこれがまた説明し辛いのよな……。


「うーんとまず、結論から言うとだ。俺は異世界には行ってない。向こういる俺、つまりエージは俺の分体……みたいなものなんだよ」

「…………は?」


 うん、そうなるよね。

 なまじエージとも顔を合わせてるから逆に混乱するだろう。

 俺から見ても至極真っ当な反応を示す久保田くんにどうやら説明は難航しそうであることを予感するのだった。

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