その42
お祖父さんが家を後にした後、俺たちは当初予定していた映画鑑賞会を執り行うこととなった。
クッションを並べ、互いに肩を預けてという素晴らしき体勢で見るのは『ライフ』という短い題名のサバイバル映画。
ある日、様々な分野の人間が謎の怪文書によって集められ彼らが乗った船が難破し無人島に流れ着く。
流れ着いた漂流者はそれぞれが生き残るために動きだし、ある者は協力し、ある者は奪い合う。
そしてついに一人死者がでて、それが狂気の幕開けとなり、サバイバーは疑心暗鬼に陥り協力していた関係がいつの間にか敵対関係となって生き残りをかけて争いが激化する。
そんな感じのとにかく生き抜こうとあがき、極限状態の人間のドラマを描いた映画だったのが、散々そういう展開を進めておきながら終盤に宇宙人をぶっこんできていろいろと台無しなままに終わった。
率直に言わせてもらうならクソだった。
出すなら最初から出せよ。
「……なんで最後に宇宙人が襲ってきて皆で協力する流れになったのか」
「倒しても全然めでたしめでたしって感じじゃないよね」
宇宙人はなんかポッドに乗って投下してきたがそのポッドは使い捨て。
宇宙人を倒したところで無人島から脱出できるわけでもなく、物資もないのだから劇中の登場人物はその後も結局サバイバルを継続し奪い合うことだろう。
何一つ解決していないじゃないか。
当然ながらレンタルショップの隅の隅に埋もれていた奴で、ネットで検索しても大手のレビューサイト等では評価すらつかず、ちらほらとクソだったという感想を残す個人サイトが数件あっただけの映画だ。
なぜそんなものを借りたのかと言うと、集団召喚されたエージがどんな生活をしているのか見てみるかっていう極めて適当な理由によるものだった。
「そういえば、新城くんの……分体? というか、エージさん? は、最近どうなの?」
映画を見て思い出したのだろう、どう形容したらいいものか悩みつつエージについて笹倉さんが尋ねてくる。
俺もどう言い表したら正確なのかわからないんだよね。エージもビージも。
分体といえば分体だけど別に制御してるわけでもないし、かと言って別人かと言われても首を捻る。
別人としても友達ってのも可笑しいし兄弟っていうのもまた変な話。
まあ、エージはエージだしビージはビージでいいのだ。
それはともかく彼女の質問に答えるとしよう。
「エージはもう無人島でのサバイバル生活からは脱して大陸へ渡ったとか。そこには普通に人がいて、今は各地を巡って観光してるらしいよ」
当然ながらその観光にはルミナスちゃんも一緒だという。
その話を聞いたときの言葉は遺憾ながら一言一句覚えている。
『「大陸へ? お前が行くのならば我も行くぞ。うまく説明できんがお前とは……離れたくないのだ」って! ルミナスちゃんがそう言ったわけよ! しかも少し頬を赤らめて! 分かる? 最高だろ!? いやー、ビージみたいな初手に嫁貰ったり、雄二みたいに急展開迎えるのもありだけどさ、こう徐々に距離が近づいている感じ、たまらんよな。むしろそういう過程が大事っていうかさ? あ、分からないか、ごめんごっぐっ! うぐお……!?』
渾身のドヤ顔が目に浮かぶような饒舌ぶりに、思わずイラッとしてお望みの便意をくれてやるほどにあの時のエージはウザかった。
きっとなかなか進まない関係にジレッたく思っていて、俺もビージもどんどん関係を深めていくもんだから色々思うところはあったのだろう。
いや、深めたのは心の関係で肉体的には俺もビージもあれなんですけどね。
まあ、俺は多少肉体的にも進んだ感じはあるけど未だ純潔である。
一言いうならやわらかいっていい。とてもいい。
「他の人たちは?」
「そのまま放置だって」
そう、エージ以外にもサバイバーの生き残りはいる。
魔物に襲われたり、サバイバー同士で争ったりして人数は多少減らしたが幾つかの集団に別れて互いににらみ合いながらもしぶとく生きているらしい。
過酷なサバイバル環境の中でも、あるいはだからこそか。グループというものは生まれるようだ。
ちなみにエージはルミナスちゃんとだけ行動し、グループには属していない。
誘われても無視し、脅迫してきたものは即座に社会的に殺したとか。
無人島なのだからそのダメージも小さいかと思えばそうでもなく、むしろ無人島だからこそコミュニティは狭く、社会的な死はかなり重くのしかかる。
まあそんな感じでサバイバー間はわりと殺伐しており、そんな状態で一緒に大陸に行きましょうなどと言えるわけもなかったらしい。
ちなみに物理的に殺さないのはルミナスちゃんに生き足掻くさまを見たいのに殺してどうするのだと言われたからのようで。
サーチアンドデストロイは早々に断念していたらしい。
「ドライだけど仕方ない……かもね」
「まあ、俺が言うのも何だけど他人への関心が薄いから」
神の幸せこそ絶対。神がいればそれでいい。
そんな考えからか、結果的に神以外の人への関心は極度に薄い。そういう自覚はあるし、改める気もない。
「ま、環境も違うしね。……でも複雑」
「え?」
それについて別に悪く思うということはないらしい笹倉さんが肩をすくめ、口を少しすぼめてそう零す。
「だってエージさん……は一応新城くんと同じ記憶を持ち同じ思考なんだよね? でもそのエージさんが好きなのはルミナスさんって人なんでしょ?」
「あー……いや、なんていうかね。仮にルミナス……さんが今目の前に現れたとしたら、わーかわいいなあとは思うかもしれない。でも絶対に惚れることはないし見惚れることだってない。だって笹倉さんがいるからね」
「うん」
これは、どうやら少し嫉妬してくれているらしい。
そのことに気づいた俺はしどろもどろになりながらも弁解するべく言葉を連ねる。
それに頷いて続きをとばかりに視線を正面から受け止めつつ、続けていく。
「で、逆にエージがこの瞬間笹倉さんとあったとしてその反応はまず間違いなく「わー笹倉さんだ、久しぶりだ」ってぐらいの反応になるんだよね。いや、だから何ていうか切り替えが早い……というか、えーっと、とにかく俺は何があっても笹倉さんから目移りなんてしなくて……」
「……うーん40点!」
そうして並べた言葉はどうにもまとまらなくて、うまく伝えられずに言葉が途切れてしまう。
そんな俺の様子を数秒目を細めて窺っていた笹倉さんは、ふとにやりと笑うと突然点数を告げてきた。
「え、っと」
「弁解としては中途半端でイマイチ、だね。まあ、新城くんの気持ちを疑うなんてことはないけどね」
「……許された?」
「そもそも怒ってないし、私だって気持ちは変わらないよ」
どうやらちょっとしたドッキリだったらしい。
ふっと柔らかな笑みを向けられて一安心。
「でも少し妬いちゃったのは本当だから」
「ええっと……精一杯これからも愛します」
「よろしい。……ふふ」
だが、その後に少し拗ねた様子で言われた言葉にまたドキッとする。
でもそれは嫉妬する彼女に見惚れたからで、後ろめたさからくるものではない。
少し心を落ち着かせてからこれからもずっと愛することを誓えば、今度は合格点を貰えたのか満足げな笑みを浮かべてくれた。




