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その39

 笹倉さんのお祖父様の口から語られる子供の頃の笹倉さんエピソードは兎にも角にも素晴らしいものであった。

 特に気に入ったのはいやらしい目をして例によって例のごとく上から目線で近づいてきた男(連盟所属)に対し、笹倉さんはノータイムで濃密な魔力を拳に纏って振り抜き、その醜い顔をより醜いものに仕上げたというもの。なるほど、最初に連盟に赴いた時に受付の男が口調を変えた笹倉さんにビビるのも仕方のないことだったのだろう。


 そんな感じで随分と話し込んだわけだが、実に素晴らしい時間であった。

 少し残念なのはこの暴露大会に笹倉さんが早々に慣れてしまい平然とした様子でお茶を飲みながら一緒に笑っていたことだろう。

 いやもちろん笑顔は似合いますし嬉しいんですけど、もう少し羞恥に悶える姿も見ていたかったという複雑な男心があったわけで。

 もちろんそんなこと言えば彼女の笑みが天使から悪魔のものへと転じることは明らかなので口にはしないし、顔にも出さないよう努力した。

 ……話を窺ってる裏で背中を抓られていたので努力の成果はあまり実っていなかったような気もするが。


「いや、しかしこうして孫娘の愛らしいエピソードを語れるというのは実にいいものだ」

「はい、大変興味深い話を聞かせていただきありがとうございます」

「こちらも老人の長話に付き合ってくれてありがとう。まともな会話も久しいのでつい楽しくてな」


 興味の無い話題を長々聞かされたら確かに苦行に思うけど、笹倉さんエピソードを聞かされて苦に思うはずもない。

 つまるところ両者ウィンウィンである。

 それにしてもまともな会話も久しいとはいささか不穏なことだ。

 だが、それについて笹倉さんには思い当たることがあるようだった。

 先程まで浮かべていた笑みを引っ込めると、極めて真剣な表情で口を開く。


「……そうです、お祖父様。今日ここへ来た……来れたということはようやく監視が外されたということですか?」

「うむ。もはや連盟には儂を監視しておく理由も無くなった。なにせ連盟全体が古い考えを捨てなくてはならなくなったのだ。今更異端者一人を監視する必要がどこにあろうか」


 監視?

 異端者?


「それはどういう?」

「もう十年になるかな……お祖父様は連盟に監視されまともに行動も取れなくされてたんだよ。分かりやすく言えば軟禁されてたの」

「えっ」

「とはいえ、趣味といえば本を読むことぐらいしかなかったのでな。それ自体は特に苦でもなかったがの」


 笹倉さんに打ち明けられた事情に思わず声が漏れ動揺するが、こちらを安心させるためか苦でもなかったと笑っていうお祖父さんに一旦平静を取り戻す。

 お祖父さんの顔をしばし見るが、そこに嘘を言っている様子はなく本当に苦には思っていなかった様子。


「そもそもなぜ軟禁されたのです?」

「それは儂が連盟の古い慣習に対して異を唱える、連盟という組織における異端者だったからだろうな」


 なるほど、連盟の古い男尊女卑に異を唱えたものの賛同は得られなかったわけか。

 軟禁されたのは十年前らしいが、それ以前から恐らく疎まれてはいたのだろう。


「……よければ、詳しく聞いても?」

「つまらない話になるが構わないかね?」

「はい、お願いします」

「そうか。いや老人というのは語るのが好きなものでな。その言葉に甘えさせてもらうとしよう」


 そうしてお祖父さんは語り始める。


「そもそもな。儂とて始めは他の奴らと同じように連盟の思想に染まっておったのだ。だが15か16の時の出会いが儂の考えを一変させることになった――」


 出会ったというのは後のお祖父さんの妻になる女性で、どうもお祖父さんはその女性に一目惚れしたらしい。

 その女性は一応連盟に所属する魔術師であり年は同じだったという。

 一目惚れしたお祖父さんは早速声をかけたのだが、当時のお祖父さんは連盟の思想に染まっていた。

 つまり上から目線で、それが当然と言った態度で声をかけたのだ。

 それに対する返答は拳一発という極めて痛烈なもの。お祖父さんが痛みに悶えている間に何を言うでもなくそのまま彼女は立ち去ってしまったとか。

 しかし、このお祖父さんはただものではなかった。

 女性にしてみれば劣悪な環境の中で、己を失わず凛とした態度で男である自身に真正面から反抗する姿に完全に落ちたらしい。


「あれはいい拳であった……あの痛み、今でも鮮明に思い出すよ」


 満足気に言われたその言葉に俺はまさかのドMおじいちゃんだったとはと驚いたが顔には出さない。

 笹倉さんも初めて聞くお祖父ちゃんの性癖にちょっと引いてるけど我慢してあげて!


 さて、話は続く。

 完全に落ちたお祖父さんは、やはり若かったのだろう最初のうちはそれを認めようせずに、あくまでも上から目線で、力で持って彼女を手に入れようと文字通りの勝負を挑み尽く敗けを積み重ねていった。

 よくもまあその人も勝負に付き合ってくれたものだなと思ったが、それはお祖父さんが一点だけ譲らずにいたからと後に言われたそうだ。

 それは己の力のみで成し遂げるということ。

 どんなに敗けを積み重ねてもそれを誤魔化すこと無く認め、誰かを利用したり仲間を集めたりはせずあくまでも真正面から勝負を挑み続けたらしい。

 そんなお祖父さんの性格を、その人も気に入っていたようだ。

 男前な女性である。


 そうして何度も勝負をする内にふと思ったらしい。

 男が優れていて、女は劣っている? 一体どこをどうみたらそうなるのか、と。


「なにせ儂は連戦連敗。彼女の魔法は本当に見事なものであった」


 勝負に負け続けた結果お祖父さんは連盟の思想に疑問を抱くようになったようだ。

 それから次第に傲慢な態度は消えていき、それを認めた彼女も心を開いていった。

 だが、その後も勝負を繰り返す関係は変わらず続き、成人してようやく結婚するに至ったという。


「成人してようやく一勝してな。その褒美だとあやつ抱きついてきおったよ」


 ああ、結局戦いによって決めたんですか。なんとまあワイルドなことである。

 そしてどこまでも男前な奥さんだ。


「その頃にはもはや連盟への疑念は確信に変わっておった。それからは機会がある度に古い考えは捨てようと、そう訴えるようになった」


 20代の頃はすぐに現実を知るだろうと聞く耳を持たれなかったが、魔術師としての能力は高かったので重用され、立場だけは出世していった。

 だが、30を超えるといつまで言っているんだと白い目で見られるようになったという。

 皮肉なことに彼の息子はどれだけ説き伏せようとも連盟の思想へとどっぷりと染まり、お祖父さんが40半ばに差し掛かる頃には、それはもう立派な連盟の魔術師(・・・・・・)となってしまったとか。

 追い打ちに愛する奥さんもこの時期に病気で亡くして、一度は訴えるのを諦めたとか。


「高い能力といっても組織相手に押し通せるほどの力ではなかった私は訴えることしかできなかった。しかしそれでは結局変えられぬ……そう思うようになってしまった」


 しかし、数年後にはそうとも言ってられなくなった。

 そう、笹倉さんという存在だ。

 女の子でありながら魔術師として高い能力を持つ笹倉さんが生まれたことでお祖父さんの心は再び激しく燃え始めたのだ。

 だが、悲しきかな。

 もはやお祖父さんの言葉に耳を貸すものは誰もいなかった。

 それから60を過ぎ、衰えたことを理由に魔術師としての一切の活動から引退させられると余計なことを広めないよう監視が付けられるようになったという。

 それでも、魔術師として高い能力を持っていたお祖父さんは多くの異界の浄化に励み、連盟への貢献も多く、それを利用してなんとかトーナメントの特別枠だけは確保したようだ。


「もちろん連中が素直にそれを受けたとは思っておらんかった。儂の話を受け入れた振りをして実際は難癖付けて特別枠をなかったことにするだろうとな。だが私にはもはやそれぐらいしか思いつかなくてな」

「……結果的にはそれで大成功だったわけですね」


 その枠があったからこそ笹倉さんは誰かに縋ることができ、俺の力を頼ろうと思えたのだ。

 それがなければ俺が力を見せても、一人抱えてその時を迎え暴れていたのかもしれない。

 彼女の能力を考えればそれでも解放されたのかもしれないが、全てを疑い孤独になっていたかもしれない。

 なれば、お祖父さんの行動は確かに笹倉さんを救ったのだと言える。


「うむ。儂の愛しい孫娘は環境には恵まれなかったが、運には恵まれていたようだ」

「そりゃ彼女は女神ですから」

「ほう、女神か。面白いことを言う……だが、まさしくその通りだ。女神のように美しく愛おしい自慢の孫娘よ」

「もう、二人ともやめてってば……」


 最後にはそう締めくくって二人で笑いあう。

 笹倉さんも口ではやめてと言いながらもなんだか嬉しそうに笑みを浮かべていた。

2/6 頂いた感想でなるほどって思ったので補足寸劇をば。

※適当に思いついただけなので事実とは異なる場合があります。

※この後書きは予告なく消される場合があります。


U「でも、別に古い考えを捨てろーとかは言った覚えはないのですが」

G「うむ。だが、そもそもお主が連盟に反抗したのは由美が虐げられていたからであろう? つまりは結局古い考えが此度の騒動を引き起こしたのは明白というもの」

U「はあ……でも負けたからっておとなしくするものですかね?」

G「何があったのかは儂も詳しくは知らんが、連中酷く怯えておった。そこを付け込んで古い考えを捨てねばきっとまた来るぞ? と脅せば奴ら青い顔をしての。なぜだか腹を抑えてすぐに考えを捨てる、監視もやめると喚きおった」

U&S「うわぁ……」

G「あの怯えよう、ただ事ではないと思うが一体何をしたのだ?」

U「ノーコメントでお願いします」

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