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その37

 あれからしばらくたち、尚も魔術師たちは心ここにあらず。

 あるいは逆に定まりて新たな信仰を得たと言うべきか。

 ともかく、魔術師たちの意思は時間によって共有されたのか笑い声も泣き声もやみ、代わりに皆が両手を組んで祈りを捧げていた。

 失いし技を使いし誰かを讃え、虐げてきた誰かへの懺悔を繰り返している。


 どうにも一層悪化している気がしてならないし、こいつらが誰を讃え誰に懺悔しているかなど知りたくはない。ここは、知らぬ存ぜぬを貫かなければなんだか面倒事が確定していまう気がするので黙して対応を考えよう。

 だが、時間をかければかけるほど事態は悪化するだろうから、なるったけ早く対応を思いつかなければならない。


「そもそも、なぜあんな風に」

「んー圧倒的な力に屈した、とか?」

「なんかそれ、魔王っぽい」


 エージはサバイバー、ビージは勇者、そして俺は魔王か。

 地球で魔王になっても世界征服してビージに半分プレゼントするぐらいしかやることないな。

 冗談はさておき、圧倒的な力に屈してか。

 戦闘で既に俺たち二人だけで連盟と戦えることは証明して、加えて小型太陽の熱波という副次効果によって全身やけどとなり激痛に襲われたわけだが……まあ圧倒的だな。


「後かなり弱ってるところを助けられて刷り込みされたのかも?」

「それだとひどいマッチポンプなわけだけど」

「こっちだと治癒力を上げる魔法はあっても、即座に治す魔法ってのはないんだよね。だからあいつらからしたらすごい奇跡みたいに感じられたと思うよ」


 ほう。

 だからこそ死にそうになった原因が俺にあったとしても、ああして変な信仰に目覚めることになったのか。

 さすが、欠損すら治しちゃう向こうの回復魔法。

 改めてビージの世界ほんと色々おかしいのだと実感する。

 お陰でエージもルミナスちゃんに好きなだけ腕を斬り落とされることができるわけだし、俺もこうして教祖あるいは神になれるのだから回復魔法万歳だ。

 いや、どっちもお断りですけど。


「なるほど……なんとなく理由はそれな気がする。つまり……」

「衝撃が強すぎたってことだね。いろいろと」


 確かにそれならば彼らの現状にもある程度の納得はいく。

 要するに強いショックを受けてああなったわけだ。

 そういえば何らかのショックを受けて記憶を失った場合、同じショックを再現することで記憶を取り戻すって話があったな。

 たしか……そうそうショック療法だ。


「もっかい全身焼けばあるいは……?」

「多分悪化するか、あるいは耐えきれなくて死ぬんじゃないかな」


 あれはあまりにも強烈すぎるからねと笹倉さんに否定されてしまう。

 一層恐怖を煽り精神は削られ、削れた分をなんとかしようと一層何かに縋り付くようになると。

 もしくはその前にショック死する可能性もあるという。

 まあ俺だってあんな胸糞悪い光景の再現なんぞしたくもなく、可能性の一つとして考えただけなのでおとなしく別の案を模索する。


 でもまあ何かしらのショックを与えるのはいい考えじゃないかなと思うんだ。

 寝ぼけているときに頬を叩いて目を強引に覚ますのと一緒で、刺激、つまりはショックを与えることが正気に戻すスイッチとして機能する可能性は十分にある。

 では命の危険がなく、恐怖を煽ることもなく、一旦頭から何もかも考えを吹き飛ばし、ショック後に変な信仰に目覚めない、そんなおあつらえ向きなショックはないだろうか。

 彼らの精神状態を鑑みるに、ついでに羞恥心を煽り、こちらに怒りを呼び起こすぐらいのそんな丁度いいショックはどこかにありはしないだろうか。


「ねえ、なんかすごい悪い顔してるけど、まさか……?」

「あ、これ渡しとくね。防臭の魔法かけてあるから」

「うわあ……」


 どうも酷く悪い顔をしていたらしい俺の様子に笹倉さんが顔を引きつらせて声をかけてきた。

 ので、無限倉庫からマスクを取り出して防臭魔法を付与して渡す。

 どうやらそれで完全に察してくれたらしい。

 実際彼女にはちょっと見せたくないし、俺だって見たくない、そんな酷く残酷で汚い光景が予想されるけど、もう他に思いつかない。

 このままカルト野郎どもに崇められるとか絶対に嫌だしもうこれは仕方ないと思うんだ。

 だからお願い。

 どうか、どうか俺を嫌いにならないで欲しい。


「うん、まあ。今更そんなことで嫌いになんてならないけどさ……」

「ありがとう。その言葉でなんだか救われた気がする」


 だから気兼ねなくやっちゃいましょう!

 あら、よいしょっと。











 さて。

 あの後、紆余曲折を経てなんとか無事に連盟との間に不干渉の約束を取り付けることに成功した。

 もちろん連盟を代表して一人選んでもらった後、そのものの言葉を連盟の総意として契約魔法を交わしたのでこれに逆らうことはできない。

 色々反省したのだろう、連盟側も皆一様に顔を赤くして体を小刻みに震わしながらも大層素直にそれを受け入れてくれた。

 当然だろう。

 笹倉さんという突出した能力を持つ人材の損失と魔法陣を扱える俺という貴重な情報源を失うだけで、後はこれまで通り過ごせるのだから。

 ちょっと勤勉になってもらう項目もちゃっかり約束させたけど、そもそも異界浄化に誇りを持つ彼らからしてみればむしろ泣いて喜ぶ契約だろう。


 そんなわけで連盟とのいざこざは、これまでの時間がなんだったのかってくらいあっさりとそれはもう綺麗さっぱりと解消した。

 ああ、なんたる開放感。

 まるで長年の便秘が一晩の内に解消してスッキリしたようなそんな清々しささえ感じるようだ。

 でも、なんだろう。なんだか悔恨を残した気がしなくもない。

 残便感というか、なんというかとにかく悔恨が、大きな大きな悔恨が残されている気がする。

 まあ、契約によって守られているからきっと大丈夫だろう。

 それに人には理性があり、心がある。

 だから悔恨があったとしてもきっとそれは全部水に流す(・・・・)ことができるのではないだろうか。

 俺も広い心を持って彼らの誤ちを少しは許してやるべきなのかもしれない。


 まあ、少なくとも。

 彼らはすぐにでもその身も服も水に流したいと切に願っていたはずだ。

 それだけはきっと間違いないことだと俺は思う。


 そんなことを考えながら俺は笹倉さんと二人並んで帰路を歩く中、あの惨状の空間に居たことを考慮して一つ提案する。


「帰ったら風呂入ろうか」

「……一緒に?」

「あー……えー……笹倉さんさえよければ?」

「そう」


 思わぬ笹倉さんの確認に俺なりに頑張って返事をしたが、それに対する反応はなんとも判断しづらいもの。

 その後はまあ……大変、幸福なままに一日を終えたのであった。

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