その35
城の入り口まであと200mほどまで近づいたところでそれは起った。
「っ……!」
突如目の前に魔力反応が現れ、それが弾けて周囲に閃光を放ったのだ。
魔力反応を感じた瞬間に笹倉さんの前に出てかばうことは出来たものの俺はその閃光を直に見てしまって光が目に焼き付いて視覚を封じられてしまった。
だが城の方から続々と追撃であろう魔力反応が迫ってきているので、視界のことは無視して足元に魔法陣を展開し俺と笹倉さんを守るように結界を作り出す。
すると次々と魔法であろう魔力反応が結界に降り注いで散らばり消えていくのを感じられた。
追撃の魔法をどれだけ受けても結界が揺らぐことはないのを確認しつつ、瞳の表面に這うように魔法陣を生成して目をさっさと治せば、火やら雷やら光線やらが無数に降り注いでいる光景が広がっている。
「大丈夫!?」
「大丈夫、ちょっと目眩ましくらっただけだし、もう治した」
「そう、よかった……」
心配して声をかけてきた笹倉さんに笑みを見せつつ問題ないことを告げればほっと安心した様子を見せる。
実際、光で目がくらんだ以外に目立ったダメージもないし、そもそもあれは光を放つだけの非殺傷の魔法だった。
ま、だからこそ目の前に現れるまで反応ができなかったとも言えるのだが。
場数をそれなりに踏んでいるエージたちならそういうのも敏感に察知できるのだろうし、その察知能力もきっちり共有されているはずなのだが、如何せんこの平和な日本では経験が圧倒的に足りん。
直接的にダメージを与えてくるものならまだしも、ああいう搦手には反応が遅れてしまう。
「それにしてもここまで愚かなんて」
「ま、予想していた内の一つではあるけどね」
笹倉さんの怒気を孕んだ呟きに頷きつつもため息を一つ吐く。
まともにトーナメントを行わないどころか、交渉もなく、ただ消してしまおうというこの行為。
愚かではあるが、事前に予想していたことでもあった。
しておきながら視界を奪われたのは失態で、流石に相手を舐めすぎていたな。
ちなみに予想の本命はトーナメントでの不正ジャッジの応酬で対抗がそもそもお前に参加権など無いと突っぱねられるというもの。
それから図々しくも上から目線で恭順するように命令してくる、あるいはこちらの条件を飲み不干渉の交渉が成立したと見せかけてからの不意打ちが3,4と続いて、最後によほど愚かじゃなければと予想したのがこの状況である。
でもよくよく考えたらこれ大本命だったかな?
どうやら連盟に対してかなり優しい評価を俺はしていたようだ。
ちなみに絶対にそれは無いだろうという大穴は以前のアレで実力差を察してトーナメントとか関係なく向こうから謝り、不干渉の約束を言い出すことだった。
うむ、これだけは絶対にありえない。
「しかし、飽きもせず延々と鬱陶しい。0をいくら集めても0だぞ」
「流石にあいつらでも手応えの無さには気づいていると思うけど……」
言いながらも笹倉さんが全身に魔力を滾らせて何が起きても行動できるようにしているのが分かる。
となれば、連盟の魔術師をある程度知っている彼女からしてこの状況はあまりにも単純すぎるということだ。
つまり、何か狙いがあってこの攻撃を続けているのだろう。
と、そこで笹倉さんが何か気づいたように少し前に出て眼を凝らす。
「新城くん、あそこ! うまく隠蔽されてるけど大きな魔力反応!」
「ってことはこれ、足止めか!」
そして城の上階を指してそこに魔力反応があることを知らせてきた。
言われて集中してみればそこだけ靄が掛かったように感じられ、わずかに魔力が漏れているのが分かるがそれだけだ。
だが、俺が笹倉さんの言葉を疑うわけがない。そこに大きな魔力反応があることは確定なのだ。
どうやらこの手の隠蔽についてはこっちの魔術師のほうが得意なようで、だからこそ笹倉さんにはその靄の中に大きな反応があることを感知できたのだろう。
「うまく感知できないからどの程度の威力があるか判断できん……」
「なんなら私が対処しようか? 相手の魔力の反応を察知できる分安全だと思うけど」
「ぬう……少々情けないが、リスクは避けるべきか」
相手の攻撃がどれほどのものか判断できず、どうしたものかと迷っていると笹倉さんに肩を叩かれてそちらを見れば任せろとばかりに胸に手を当てて不敵に笑ってそう提案してきた。
やる気満々なその様子から察するに、それは提案ではなくほとんど決定事項のつもりのようだ。
折角の申し出を断って彼女の機嫌を損ねるのもあれだし、実際うまく魔力を感知できていない俺よりは彼女にやってもらったほうが確実なのも確かなのでここは任せることにする。
「うん、任せて。さて……さっきのお返し、だ!」
言いながら城を指差すと彼女の指先に即座に膨大な魔力が一点に集められ、放たれた。
当たり前のように放たれたそれに即座に対応して一瞬だけ結界に穴を開けて通せば、笹倉さんから笑みを向けられる。
それにしてもあれだけの魔力を一瞬で収束させるとか、制御能力すごいな。
これが魔術師としての彼女の本当の力なんだ。
放たれた小さな小さな、けれど膨大な魔力を秘めたそれは弾丸のごとく勢いで城へと直進し、小窓から中へと入り込んだ、その直後。
カッと強い光が窓から伸びたかと思えばその次に大きな衝撃音とともに城の壁が内側から吹き飛ばされ、上階がすっかりなくなってしまった。
瓦礫に紛れて人が吹き飛んでいるのも確認したが、何らかの方法で飛んだ魔術師らしき人影がそれらを回収しているのが確認できた。
「随分……派手なことで」
「私がやったのはさっきの閃光魔法のお返しだよ。あとのは術者の集中が乱れて制御を離れた魔力が勝手に暴発しただけだね……腐ってもずっと異界で戦ってきた魔術師だし、残念ながら命は無事だと思うよ」
あっさりと言うけど、その閃光魔法を当てるだけでもなかなか高難度だと思う。
完全に見えない場所にいる者の魔力の反応だけを当てにして直撃させたってことなんだから。
というか、対処というから何かしらの防御策でもあるかと思ったら発動前に叩くとは。
「っと、攻撃も止んだ……となるとアレがあいつらの切り札だったのか?」
「どれだけ攻撃をしてもビクつかない結界もなかなか無力感煽ってただろうしそれもあるんじゃない?」
そんなもんかと思いつつしばらく様子を伺ってから結界を解除する。
流石に完全に諦めたとかでは無かったようで見計らっていたかのように再び攻撃が飛んでくるが、どれも俺に当たる寸前のところでピタッと止まるとそのまま同じ軌道で魔術師たちへと降り注ぐ。
着弾速度を重視して制御を切り離された魔法など別にいつでもこうして返せるのだ。
そして制御を奪い取るのに手でキャッチしたりする必要はないのである。
「さて、とりあえず向こうの戦意を削ぐか……」
そろそろ茶番も終わらせようと片手を天へと向けて二層の大きな魔法陣を作り出す。
すると天空に小さな小さな火の玉が現れた。
最初は酷くちっぽけなものだったが、それは瞬く間に巨大化して幅2mほどの火球となった。
それは外見だけ見ればもはや小さな太陽の如し。
とはいっても核融合してるとかそんなことはなく、太陽をイメージしただけの火球としか言えないのだが。
ただ、その火球は太陽をイメージしたものなだけあって、そこにあるだけで周囲に膨大な熱量を放っている。
直下の俺たちは同時に作ったもう一つの魔法陣によって守られているが、城にいる魔術師はどうだろうか。
彼らも防御はするだろうが、じきに耐えられなくなるだろう。
そもそもこの魔法は熱量を周囲に放つ魔法ではなく、この火球を相手にぶつけるものだ。
熱波自体はその副次効果に過ぎない。
まあ、殺しちゃいけないからそれはできないけどな。
「わあ……すごいね、これ」
「でしょ? わかりやすく見た目からもうやばいのがいいよね。それはそれとして、笹倉さんって声を遠くに届かせる魔法とか使える? 流石にこれ維持しながらだと他の魔法は辛くて」
「できるよ、任せて」
開発はカッコイイ魔法担当である、集団転移サバイバーのエージ。
威力は勇者であるビージが検証して、向こうの何もかも頑丈な世界の山を一つを消し去る程度のものであることが分かっている。
そんなわりと危険な魔法を見ての笹倉さんの呑気な感想に笑いつつも声を届けてもらえるようにお願いすれば快諾してくれた。
それを受けて一つ深呼吸し、
「えー、愚かなる魔術師連盟諸君。直ちに敵対行動を止め降伏しては貰えないだろうか。さもなくば……これ、放ちますよ?」
非常に軽い感じでそう宣告した。