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その34

 笹倉さんと朝の甘いキスを交わしたあの日から約一ヶ月経った。

 彼女との恋人関係は良好で、最近ではバカップルなどと学校では騒がれていたりする。

 なにせ笹倉さんが居候に来た日に宣言していたように全力で甘えてくるからな。

 休み時間など隙あらば俺の元へ来て会話に花を咲かせ、ボディタッチも頻繁に行ってくる。

 逆に帰り道などは随分落ち着いた感じでのんびり会話を楽しんだりと、どうも人目があるほど甘えてきているようだった。

 そうして人前で甘えてくる時、決まって目に妖しい光を宿しているので間違いなくわざとの行動である。


 やはり俺は糸に絡め取られた獲物であるらしい。

 もちろんそれは忌避するものではなく、むしろ喜んでその糸に飛び込むべきものなので問題は皆無だ。

 あるいは、外堀を埋められていく城だろうか?

 門も橋も全開放なのにね。

 まあ、外堀を埋めるって言葉はそういう意味じゃないのはわかってるけど。


 それにしてもこうと決めた笹倉さんの行動力は凄まじいなと関心する。

 まだ友達じゃなかった頃に遠くから見ていた時はほんわかしてて、注目を集めることは避けている感じだったのに。

 友達になって最初は驚いて呆然することも多かったし、約束を交わしたあとはすぐに顔を赤くして恥ずかしがっていた。

 そんな笹倉さんが想いを認めて覚悟を決めたら驚きの積極性を見せるのだからな。

 女の子は、いや、笹倉さんはとても強い人だった。

 お陰で最近はいろいろ主導権を握られてしまっている気がする。

 俺ももっと笹倉さんを振り回して、慌てる姿とか恥じらう姿とか見たいのに!

 最近では尿意弄っても、怖い笑顔をされるだけなのが少しだけ悲しい。

 

 そんな感じでもはや周囲の声や視線に動じること無く恋人ライフを送って一週間も経てば、とりあえず同棲に耐えられる程度の幸せ耐性は得たので以降は異界部屋は物置と化し、ずっと同じ部屋で過ごしている。

 ちなみに俺の胃袋はまだもぎ取られてはいない。

 でもその時はわりと近そうです。


 ああ、もっとこの一ヶ月の幸せに想いをはせていたい。

 が……それももう限界だろう。


「はあ……面倒だ……」

「一応のケジメとは言ってもね……」


 昨日までの幸せムードも一変。

 俺も笹倉さんも重苦しく肩を落として、どんよりとした表情でそれを見ている。

 視線の先、そこには鳥居がポツンとある小さな空き地があった。

 こんな場所用事がなければ来たくもないのだが、あいにくとその用事があるのだから仕方ない。


「トーナメントとかもう意義がなあ」

「ないよね。もう」


 そう。今日は以前より話を聞いていて俺も特別参加枠で参加することになっている笹倉さん争奪魔術師トーナメントが行われる日なのだ。

 本来ならこのトーナメントで優勝して笹倉さんの柵を壊すことで彼女のすべてを貰える話だったのだが、彼女自身の心境の変化もあって柵など関係なく恋人となった今、このトーナメントに参加する意義はかなり低い。

 柵についてもこの一ヶ月の間に話し合い、そもそもあんな奴らに素直に影響されてやる方が馬鹿らしいという結論のもと、もはやあいつらのことなど全て無視すればいいのではと俺たちは開き直っているのだ。

 まあ、とはいっても向こうはいつまでも絡んでくるだろうから決意表明としてこうして出向いた次第であるが。

 ここまで来てなお、足は重い。

 むしろここまで来たからこそ、帰りたい気持ちが溢れてくる。


「いっそこの入口を封じてやろうか」


 今の俺ならそれも多分可能だろう。

 今の俺はというか、勇者として頑張るビージの成果が大きいんだけど。


「あ、それいいかも! ……あ、でも異界浄化する人は必要だからなあ」

「それで各地の無関係な人々に被害が出たら後味悪いし、それを阻止するために俺たちがってのじゃ本末転倒か」


 それに笹倉さんは名案だとばかりに満面の笑みで頷くが、すぐに首を振る。

 腐ってもあいつらは都度発生する異界から魔物が外へ出ないように処理をするという役目がある。

 それを行う者の数を減らしては、いろいろ被害がでたり、それを防ぐために別の柵が生まれることになってしまう。


「となると、ボコボコにしてプライドを完全にへし折ってこちらへの不干渉を約束させて、異界浄化も引き続きやってもらうようにするのが得策か」

「そうだね。いい機会だし私も色々やって全部精算しちゃおうかな」


 別の提案に少々悪い顔をしてそんなことを呟く笹倉さん。

 いろいろ鬱憤は溜まっていただろうからね。

 そう考えるとそれを精算するいい機会とも言えるかもしれない。


「じゃ、死人は出さない方向で」

「もちろんだよ。あいつらにはキリキリ働いてもらわないと! それに、あんな連中のために私たちが手を汚す(・・)なんて馬鹿馬鹿しいしね。報いは受けてもらうけど……ね、ふふっ」


 そういって仄かに黒い笑みを浮かべる笹倉さん。

 そんな表情でも美しいのが困りどころだが、それは別として彼女にはマイナス感情よりもプラスの感情、つまりは幸せに笑っていて貰いたい。

 ので、彼女の手を取って引き寄せるとギュッと抱きしめる。

 すると彼女の方からも抱き返されてとても心地よい感触に包まれる。

 おっと……少し耐えろ俺……。


「……ん、ありがと。新城くんもだいぶヘタレることはなくなったよね」

「元々ヘタレてないです。笹倉さんのことを考えに考え抜いて行動を選択していただけですから」


 少しして体を離せば、彼女の顔にはただ幸せそうな笑みが浮かんでおりそれから大変失礼なことを言ってきたので否定しておく。

 ……何気なく迫っていたとある危機には気づかれなかったようだ。


 それにしても闇を抱える笹倉さんも魅力的だったが、やはりこの幸せを前面に出した彼女のほうがずっと魅力的だ。

 これからも幸せ全開な彼女でいてもらうために気合いを入れ直し、俺は笹倉さんと手を繋いで、連盟本部のある異界へと足を踏み入れる。


 以前と変わらず平野に出て、辺りを見ても以前と変わりないことを確認しつつ、意識を戦闘用に切り替えれば、本部の城に相当な数の人の気配と、粘っこい敵意の籠もった視線を感じ取る。

 あまりにも敵意がむき出しな視線だったから笹倉さんもそれに気づいているようで、少し表情を固くしていた。

 互いに視線を交わし頷くと城の方へと向かう。


 警戒はしつつも慌てたりすることはなくのんびりとした歩調でひた歩く。

 以前来たときは初めての異界ということでそれなりに興味深い景色であったが、今では異界というのは鬱陶しい風景の広がる場所としての認識なのでうんざりだ。

 魔物がいないだけこっちの異界はマシといえばマシなんだけど、その代わりここは笹倉さんを虐げてきたクソどもの溜まり場だから結局同じようなもの、あるいはなお憂鬱といったところ。


 こんな面倒事はさっさと片付けてしまおう。

 憂鬱な想いを振り払うためそう気合を入れて城へと近づいていった。

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