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その32

 戦闘態勢を取り、魔力を滾らせている笹倉さんを横目に俺はその光景をボケーッと眺めていた。

 うむ。

 この光景を見るのは二度目だがやはり鬱陶しい風景だ。


「新城くん!? 何ボサッとしてるの!」

「ん、あ、ごめん。そんなに警戒しなくても向こうからこっちは見えてないよ」


 おっと、何の構えせずにボケっとしているのを咎められてしまった。

 そう言えば結界で守られたこの部屋を外の異形には感づかれないようになっていることを説明するのを忘れていた。

 苦笑しつつ俺は謝り、それから問題ないことを説明する。

 だが、なぜだか笹倉さんは戦闘態勢を解かなかった。


「でも、あいつ……こっち見てない?」


 言われてみれば一匹の異形が動きを止めてこちらの様子を伺っていた。

 その異形は2mくらいの紫色の丸ばった肉塊からこれまた大きい人の腕のようなものが5本ほど生えた姿をしており、そのうちの3本が地面についてその体を支え、残りの2本は上に掲げられ糸に吊るされた人形でも操るがごとく常にせわしなく指を動かしている。

 恐らく正面であろう部分には目のような赤い球体を三つ携え、その三つの眼はたしかにこちらを向いている。

 だが、意識を戦闘用に変えて注視してもそいつ……三つ目の異形から特に視線を感じない。

 まあ、結界を透過モードにしてもあちらからこちらを見られることは無いようにしているので当然といえば当然だ。

 だが、笹倉さんは明確に見られていると感じているようだから……。


「こっちというかアレは笹倉さんを見てるね……ああ、あれ多分大きな魔力の反応を感知してるんじゃないかな」


 恐らく目で視ているのではなく、魔力を感知したのだろう。

 他の異形は判別しづらいが目立った反応は無いので、その三つ目の異形が一際感知に優れたやつといったところか。

 結界がそういうのも封じてくれているはずだが、笹倉さんが咄嗟に滾らせた魔力は相当だったので少し漏れてしまったのだろう。


「だからゆっくりと――」

「あ、そっかごめん」

「――魔力を抑えて……あれま」


 それでも様子を伺っているだけなのは恐らく向こうも判断しかねているからと考え、俺は笹倉さんに視られている原因を伝え、刺激しないようにゆっくりと魔力を抑えてもらおうと声をかけたのだが全部言うよりも先に彼女は滾らせていた魔力を一瞬で霧散させてしまった。

 瞬間、三つ目の異形の体表に幾つかの黒い線が現れたかと思えば開き、無数の牙を覗かせベロを出し体の周囲に岩の槍がいくつも形成され始めた。

 外からの音は遮断しているのでわかりづらいが、雰囲気から察するに何らかの鳴き声も上げているだろう。

 明らかに戦闘態勢である。


「あ、ああ……私……っ、新城くん?」

「と、まあこんな感じでこの部屋は連盟本部と違って普通に窓の外に魔物がいるからさ。元々こっちは俺が使う予定だったんだよね」

「え、あの」


 迂闊な行動でそうさせてしまったことを悟り、呆然と立ち尽くしてしまう笹倉さん。

 とりあえずトンと背中を叩いて再起動させると、元々異界部屋は俺が使う予定だったことを告げる。

 普段と変わらず平静なまま告げたその言葉に笹倉さんは目を丸くした。


「じゃ、ここは後にして朝ごはんにでもしようか」

「え、でもあれをなんとかしないと!」

「ん、ああ大丈夫大丈夫。安全は確保してあるからさ……ほら」


 それから手をとるとさっさと異界から出ようと歩くが、慌てた声を上げる笹倉さんにそういえば言ってなかったなと立ち止まり、窓の方を指し示す。

 そこには何度も何度も打ち出される岩の槍が音もなければ一切の揺らぎもなく透明な壁に弾かれる光景があった。

 あの程度の攻撃で破れるほど軟な結界を張ってはいないのだ。


「後は放っておけば勝手に飽きるから問題なし」

「え、えー……そういうの全部先に言ってほしかった……」

「ごめん、うっかり忘れてた」


 親指を上に立てて笑えば、どっと疲れたように肩を落として恨み節を呟かれてしまった。

 安全確保せず笹倉さんを案内するなどありえないからな。

 あまりにも当然のことだったからつい忘れてしまっていた。


 それから許してと謝り倒しつつ異界から出れば、笹倉さんは一つため息をつきビシっとこちらを指差して宣言した。


「罰として朝ごはんは私に作らせて!」

「罰……?」


 なにそれ超ハッピーなんですけど。

 笹倉さんの手料理とあらばそれはもう望むところである。


 そんなわけでどうせなら笹倉さんの料理姿を崇めようと一緒にキッチンに向かおうとするが、あいにくとそれはダメと言い渡されてしまったのでリビングでおとなしく待機である。

 いや、しかし笹倉さんの手料理か。

 言っても朝ごはんなわけだから簡単なものでしか無いのだろうけど、手の込み具合などこの際どうでもいい。

 笹倉さんの手料理を頂けるということが重要なのだ。

 初めて食べることになる笹倉さんの手料理、そのフレーズだけでよだれがとめどなく溢れるというもの。


 ちなみに昨日の夕食は作り置きしておいたものを無限倉庫から取り出して食べた。

 その際、なんだかやたらと目を輝かせて料理上手なんだねと褒められたけどそれはきっとお世辞だったと思う。

 適当に材料を炒めて味を整えただけの野菜炒めだったしね。


 それでも料理への関心はなかなかに深そうだったから、今日の朝食は大いに期待できる。

 そう、だからきっと今キッチンの方から微かに香るこの焦げた臭いはきっと気のせいである。

 きっと……。





 そうして10分後。

 料理を終えた笹倉さんが皿を両手に持ってリビングへとやってきた。


「……どうぞ」

「……先にお尋ね致しますが、これは私に対する罰ということでのあえての調理でしょうか?」

「……極めて真剣に作ったよ」


 どこか泣きそうな顔で小さく呟きながら出されたソレに俺は思わず失礼なことを聞いてしまう。

 それに対して笹倉さんは冷や汗を流しつつ目をそらし、それがわざとではないこと告げてくる。

 うん、まあ。彼女の前にも同じソレが乗った皿があるからね。聞くまでもなかったよね。


 出されたメニューはトーストとベーコンエッグ。

 トーストは両面こんがりきつね色……ではなくこげ茶色。一部黒。

 ベーコンエッグのベーコンは比較的きれいだが、裏を見ればかなり焦げている。

 エッグの方は……。


「スクランブル?」

「目玉焼き」

「だよね。うん」


 エッグの方は目玉のない目玉焼き。

 まあ、これは見た目はともかく普通な感じ。

 俺は半熟も好きだけどしっかり焼いたやつも好きなので問題ナッシング。

 味付けはシンプルに塩コショウのようだ。


「では、いただきます」

「……いただきます」


 ひとまず目で料理を楽しんだのでいざ実食。

 俺がいただきますと言うと、やや沈んだ声がそれに続く。

 後で虹色ぶどうを出してあげよう。


 さて、まずはトースト……うむ、固い。そして苦い。

 が、マーガリンとジャムがあるので一応食える。


 それから今度はベーコンを一枚取って噛む。

 ……ベーコンかと思っていたけどどうやら新手のスナック菓子だったようだ。

 バリっという食感と共に何とも言えないほろ苦さが口の中に広がっていく。


 それからトーストとベーコンを先に平らげ、最後に目玉焼きをいただくことにした。

 別に比較的まともだから最後に口直しのために残しておいたとかそんな理由ではない。


「っ……!」


 そんなわけで目玉焼きを一口食べ、その瞬間ピリッとした強い刺激が舌に突き刺さる。

 ……辛いッ!

 胡椒がっ! すごく、辛い!

 そして別の部分を食べる。


「っ!」


 今度はとてつもなく塩辛かった。

 でもギリギリ食えなくはないって程度の塩辛さ。

 逆に辛い。


 とにかくさっさと食べようと集中していたからか、その朝食を食べる間俺も笹倉さんも終始無言だった。

 時折チラリと顔色を伺っていたが、彼女も食べる度に顔を顰めていた。


 それから黙々と食べ続け、ようやく全てを腹に収めた時には俺も笹倉さんもいくらか表情が抜け落ち、目から光が失われかけていた。

 このままでは今日一日楽しめそうにないので一度水を飲んで一息つくと、無限倉庫から虹色ぶどうを取り出す。

 瞬間、笹倉さんの目に光が灯った。


「それっ! ……えっと、もらえると嬉しいなって……はは……」

「もちろん、好きなだけどうぞ」


 言いつつも俺は一つ口に含み、その至高の甘味に失われた活力が一気に湧き出すのを感じ取る。

 笹倉さんも早速口に含んで、先程までの表情から至福の表情へと一変させた。

 お互い満足するまで虹色ぶどうを食べ、手を合わせてごちそうさまと告げる。


「とりあえず料理係は俺ってことで」

「……お願いします」


 こうして、今後の生活での役割が一つ決まったのであった。

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