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その31

「俺は笹倉さんのことが大好きで、だからこうして一緒に同じ家で過ごして同じ部屋で寝るのは嬉しくてさ」

「うん、私も嬉しいよ」


 覚悟を決めてまず最初に話したのはひとまずこの状況が嬉しいのだという当たり前のことだった。

 俺の突然の惚気告白に笹倉さんは驚いたり、あるいは何が言いたいのか理解されずに引かれることも想定していたが、彼女は全く動じることなくあっさりと同意した。

 おまけに天使のような笑みまで浮かべているからこっちのほうがドキッとしてしまう。

 この子俺を幸せで殺しに来てるな。

 より一層この提案をするのが嫌になるが、しなければ俺の精神が持たないので気合を入れる。


「このままだと幸福で死ぬから同棲はもうちょっと後にしよう」

「えっ」


 そうして告げた言葉に今度は小さく驚きの声を上げたが大きく取り乱すことはない。

 聡明な笹倉さんは俺とは違って話の続きがあることを察しているのだろう。

 あれ、俺ってすげえ面倒なやつじゃないか?

 ……いやきっと気のせいだ。うん。


 なお幸福で死ぬという俺の言葉はでまかせだとか大げさに言っているものではない。

 なにせ幸せで気絶した前科もあるのだ比喩でもなく本当に死ぬ可能性がある。

 本当にこの幸せに精神が追いつけていないのだ。


 やはり少々特殊な形で恋人となったことが原因だろうか。

 俺が魔法とかに目覚めたのをきっかけに魔術師としての彼女と知り合って、突然と告白してひとまず友だちになったかと思えば数日後には恋人となり、さらには同棲である。

 昨日エージにも言われたが、準備期間がほとんど無いままに近づきすぎてしまったように思うのは否めない。

 だから一度少し離れてお互いの事をじっくりと理解していきたい、といったことを説明すれば笹倉さんも納得した様子を見せる。


「確かにいろいろ急すぎたかもね……一番急だったのは体力テストでの新城くんの告白だったと思うけど」

「ソンナコトナイヨー」

「ふーん? ……それはそれとして同棲をやめると言われてもつらいというか、宛がないというか」

「ん、ああ。大丈夫大丈夫。同棲はやめるけどこれからも笹倉さんが帰る場所はここでいいよ」

「ええ?」


 笹倉さんの言及については華麗に回避した。あの告白は必然だったので急ではないのです。

 で、同棲をやめるということについてだが別に笹倉さんを追い出そうとかするつもりはなく、これからも我が家こそ彼女の帰る場所で問題ないことを告げる。もちろんこれは俺がこのアパートの一室を明け渡すということではない。

 そんなことしたら笹倉さんに負い目を感じさせてしまうからな。


 考えたのは俺も笹倉さんもこの一室を帰る場所としながらも別々に住めるようにしようというもの。それは個室とリビングといったようなちゃちなものではなく、それぞれ別個の家に住むようなそんなレベルでの話。

 要するに二世帯住宅である。

 昨日、作業していたのはまさにそれを実現するためだった。


 必要だったのはまずエージとビージをそれぞれ召喚した召喚魔法陣の情報。

 これは共に行使者がいるためエージたちに聞いてもらえばいいし、無限倉庫にカメラを入れておけば写真だって手に入った。

 そしてその逆である送還魔法陣。

 エージの方は送還の方も確立されているらしいからこれも問題なかった。

 召喚と送還、つまり地点間の転送を可能とするこの魔法陣は世界すらも超えることができるのだ。

 それすなわち空間に干渉する魔法である。

 そして先日行った魔術師連盟本部のある異界。

 自然魔力が集まることで発生する異界という存在とその異界の環境を安定させる六芒星の魔法陣。

 その概念と異界の感覚を俺は知った。

 これらと結界術を組み合わせればアパート一室分ぐらいの異界なら生成することも可能だろうと結論づけた。

 それはいくらなんでも難易度が高すぎて簡単にできることではなかったはずだが、精神が幸せに追い詰められていた俺はそれを一晩で成し遂げたのだ。


「というわけで、昨夜寝る前にほほいと作ったのがこちらになります」

「何言って……え? 新城くん? これ本当に異界に繋がってるみたいだけど嘘だよね? なんか夜の内に偶然異界が発生しちゃっただけだよね?」


 説明しながら場所を移し、玄関傍に作った異界への扉に案内するとさしもの笹倉さんも驚いて目を丸くする。

 完全に想定外だったのだろう、目を瞬かせながら何度もそれが連盟本部へつながる鳥居のように異界へ通じているのを確認してまさかまさかと問いかけてくる。

 成長チートと能力共有を組み合わせ、そしてギリギリまで追い詰められればこの程度造作も無いことなのです。

 とはいえ流石に連盟本部のような完全に安定したものは難しく、いろいろ別の手段で安全を確保していたりするけれど。

 ま、過程よりも結果。どんな手段であっても結果的に安全ならなにも問題はないのだ。


「ってことでどっちに住みたい?」

「え、えー……どちらかと言えばこっち、かな」


 そう言って笹倉さんはそこにテロップでもあるかのように両手で真下を指し示す。

 やはり異界に住むのは少々怖いところがあるらしい。

 異界にはこの一室と同じ間取りの部屋があり、連盟本部でもそうだったようになぜか電話が繋がる、つまり電波が通るのでインターネットも繋がる。

 ま、パソコンを複数台持っているなんてことはないから異界の部屋には置いてないけどね。

 というか電化製品も置いてない。

 そんな、とりあえず住める程度の環境なので最初っから笹倉さんにはこっちの通常空間の部屋を使ってもらうつもりだった。

 安全面については完璧に仕上げた自信は大いにあるが、それでも何かしら問題は起きる可能性は否定出来ないのだから危険にさらす訳にはいかないし。


 てなわけでこれで一応同棲ではなくなったな。

 同棲ではないから精神的にも余裕が生まれて過度な緊張もしないし、既にこうして一緒にいる状況を素直に楽しめている。

 プライベートっていうのは恋人が一緒に過ごす時間をより楽しむために必要なことだったんだなあとしみじみ思う。


「じゃ、異界の方が俺の家ってことで決定っと。で、それはそれとして異界見てみる?」

「あ、うん。見たい」


 それはそれとして笹倉さんにも俺が作った異界の部屋を一度は案内しておきたいと申し出れば笹倉さんも快く受けてくれたのでいざ異界へ。

 異界への扉がどうと言っても外見はただ模様の書かれた壁なのだが、どこぞの分数番ホームのようにくぐり抜けれる様になっている。


 最初は怖いだろうしという建前で笹倉さんの手を取り、引っ張って異界へと入る。

 次いで、目を瞑りながら異界へ入った笹倉さんはゆっくりと目を開けると驚く……ことはなく、しきりに目をパチパチとして頭の上にクエスチョンマークを浮かべている。


「異界……だよね?」

「うん。間違いなく異界だね」

「でも、さっきと同じ場所……あ、いや左右反対になってる?」


 首を傾げながら呟く笹倉さんの言葉に頷くが、彼女は尚も不思議そうにして周囲を見てふとそれに気づいたようだ。

 そう、この異界に作られた俺の新居は間取りこそ元の一室と同じだが玄関を正面として左右反対の配置となっている。


「でも壁の材質とかそういうのもそっくりだけど」

「連盟本部の城もそういうものとして固定されてるって話だったからやってみたらできた」

「やってみたらって……」


 実際出来てしまったものは仕方ない。

 どうも異界というのは思念に強い影響を受けるようで、ちょっと思念を形にする技術を持っていれば簡単にいろんなものを作り出せるようなのだ。

 そのときの感覚が使いたい魔法のイメージから新たに魔法陣を作り出すのと似たような感じだったので俺にも一応できたってわけだ。

 後は出来上がった部屋を含む空間を封じ込めることで固定化も完了した次第。


 それから一通り部屋を案内するが、正直家具などが無いだけで元の部屋と同じような風景なのであまり面白みにはかけていたと思う。

 一応笑みは浮かべてくれているけど流石にそれが愛想笑いってことには気づいていたので、最後にリビングの窓のところまで笹倉さんに来てもらう。

 窓の外には何もなく、ただただ真っ白なのだがこれは異界の風景が鬱陶しいのでそうなるように結界を張っているからだ。


「っ!? こ、こ、これっ……!?」


 なのでその結界を一旦透過モードにして、本来の窓の外の風景を見せてあげれば、笹倉さんは驚愕に目を見開いて大声を出しながらも固まりそうになった身体を動かして戦闘態勢を取った。


 窓の外、そこには奇妙な形の物体や植物が各所に存在し、見たこともない異形の者共が蠢いていた。

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