その30
ふと、傍でもぞもぞと動く気配に意識が浮上する。
はて、ここは俺の部屋のはずだがいったい何が、と考えたところで昨夜は笹倉さんと同じ部屋で寝たことをすぐさま思い出す。
むしろ目覚めた直後とは言え一瞬でもそれを忘れていたことが信じられん。
まあ昨日のは全部夢や妄想だと思ってもおかしくないほどの展開だったしそれも仕方ないのか?
それはともかくだ。
昨日笹倉さんと同じ部屋で寝たということは、今傍で動いている気配は笹倉さんに違いなく、俺は寝惚けた意識を完全に覚醒させながらも目を開くこともなく起き上がることもしなかった。
万が一着替え途中であったらいけないからな。
恋人なんだしいいだろうという思いが内から溢れるが鋼の意思でそれに抗う。
……いや昨日もヘタレがどうのとエージたちと話したばかりだし、むしろ全力で覗き見るべきか?
見るべきじゃないか?
見るべきだな。
よし!
「んー……ひゃっ! っと……そういえば新城くんのところに厄介になったんだっけ」
だが、どうやら笹倉さんも目覚めた瞬間だったようだ。横で起き上がる気配がしたかと思えば少し驚いたような声が聞こえてくる。
多分そばで眠っている俺に気付いたのだろう。
幸い、すぐに状況を思い出してくれたようで漫画のようにビンタが飛んでくることはなかった。
俺はそんな笹倉さんの様子を探りつつ、なんだか起きるタイミングを逃してしまったので寝たふりを続行することにした。
「なんであの状況で……ん、それにしてもよく寝てるなあ。私が隣で寝てても気にならないってことなのかなあ?」
残念ながら今は寝たふりだし、薬を服用しなければ眠れないほどに緊張していましたとも。
というか、なんか今不自然だったような。あの状況って何のことだ。
まあそれはさておき、今のタイミングなら目を開けても大丈夫だろうし起き上がるかと考えたところで頬に何か柔らかく小さなものが触れる。
これは……笹倉さんの指先か。
あ、こんな光景漫画で見たことあるぞ!
隣で寝てる主人公に先に起きたヒロインがそっとキスをする甘酸っぱい朝の目覚めのシーン!
とすればもしかすると次は唇に――
「ぐえっ」
「やっぱり起きてたね」
だが現実はそんな甘くなく、そのまま頬に指をグッと押し込まれて思わず声を漏らしてしまった。
どうやら俺の渾身の寝たふりはバレバレだったようである。
「んー、おはよう?」
「うん、おはよう。昨日は良く眠れたみたいだね」
バレて尚、今の行動によって起きたのだという風を装い挨拶をすればなぜだか少し棘のある感じで返された。
首を傾げつつも今日の自身の体調を確認すれば絶好調で、笹倉さんが言うようによく眠れたことは間違いないようだ。
なかなか眠りにつけなかったが、いざ寝ればこんなものか。
やってた作業を終えても結構早めの時間だったしな。
それから、お互い布団の上に座った状態でなんとなく見つめ合う。
笹倉さんはまだ少し眠そうで髪も乱れているが、それが生活感を醸し出して一緒に暮らしているんだという実感が湧いてくる。
そしてなによりもだ。
パジャマの胸元が少しめくれて綺麗な素肌がチラリと覗いている!
これはよい。大変よい! 朝からなんと眼福な光景だろう。
「「…………」」
それにしても……。先程からお互い動けず、黙りこくったままだ。
意図してのものでなく、なんだか照れくさくて言葉がでてこない。
笹倉さんも先程からジッとこちらを見てきたかと思えば目を逸したりを繰り返してもじもじしているので同じ状況なのだろう。
これは明確に恋人となったことが影響しているのだろうか?
まあ、実際恋人になって日も浅いのに同棲ってのは緊張して当然だし、一晩一緒に寝た程度で完全に打ち解けるのは難しいだろうからこれは当然の反応なのかもしれない。
過去に読んだ本によればこういうのは結局、時間と会話の積み重ねが大事らしい。
どれだけ長く一緒にいても会話しなければ他人のままで、会話をしても言葉に本音と気持ちがなければ理解されずやはり他人のままだそうだ。
これは相手を思いやった嘘であったり口数が少ないながらも仲がいい関係などを否定するものではなく、会話とは言葉を交わすことではなく想いを伝え合うことなんだとか。
まあ、そうして想いを伝え合い理解した末に離れるなんてこともあるのが人間というものでだからこそ本音をぶつけるのは皆怖いんだろうね。
うむ。
人の心とはなんとも複雑なものか。
「あの……さっきからそんなに見つめられると流石に……」
「あ、ごめん。つい」
と、思ったら笹倉さんの挙動不審は俺が瞬きせずに上から下まで舐め回すように見ていたからだったらしい。
なので適度に瞬きをしながら見つめることにするとなぜだか笹倉さんは再び挙動不審になった。
照れくさそうに髪をまとめたり指先でくるくるしたりするその動作のなんと美しいことか。
いつの間にやら見つめるのではなく見惚れていた。
いや、しかしダメだなこれは。
笹倉さんのちょっとした仕草や表情の全てが俺の心を揺さぶり身体に流れる血潮の温度を上げて、過剰に鼓動する心臓がそれを体中に送り込んでいく。
このままでは血管破裂の可能性もあるだろう。
ある意味本望ともいえるかもしれないが、そんな終わりは流石に嫌なのでやはりこの状況を打開する必要がある。
「ちょっと聞いてほしいことがあるんだけどさ」
「ん、どうしたの?」
沈黙を破り努めて明るくかけた言葉に笹倉さんは首を傾げながらも口元に笑みを浮かべてこちらの話を聞こうと耳を傾けてくれる。
まるで俺と会話することが心底嬉しいかのような反応に心臓が一層強く鼓動するのを感じながらも、俺は話を続けようと口を開いた。




