その27
笹倉さんの手を引きながら歩くこと数分。
とりあえず昇降口までたどり着いた。
途中やたらと視線を集めていたようだがそれは笹倉さんと手を繋いでいたからか、それとも今俺の背にある大荷物のせいなのか。ま、特に気にすることはないだろう。
「……皆気づいたよね」
「嫌だった?」
「それはないよ、絶対」
ここまでずっと手を引かれるままだった笹倉さんがふと口を開いた。
俺の問いかけに即答した笹倉さんの頬は少し赤くなっていたが、今日一日ずっと感じていたどこか無理をしているような雰囲気は随分と薄くなっている。
どうやらいつもの笹倉さんに少しずつ戻っているようだ。
それでも本調子では無いというか、色々思うところがあるようでその後は黙って手を繋いだまま帰路を進む。
なんとなく話す空気でもなかったから俺も黙って歩いたが、一体何があったのかと聞きたくて仕方なかった。
途中、人目のつかないところで荷物を無限倉庫に入れて駅まで歩き、電車に乗った。
同じ学校の生徒はいるが働く人々の帰宅する時間帯とはズレていたため幸いにも車内はほどほどに空いており、笹倉さんと並んで座席に座る。
そうして電車が動き、降車駅まで半ばまで来たところで笹倉さんがようやく口を開いてくれた。
「今日はごめんね。いろいろと」
「ん、別にいいけど……なんかあったの?」
突然の謝罪をとりあえず受け入れてそう尋ねる。
「んー……なんていうか……私なりに誠意を示したかったというか、そんな感じ」
「誠意?」
どこか諦めた様子で呟かれた言葉に首を傾げる。
はて、なにか誠意を示してもらう必要のあることなどあったか?
「えっと、これは昨日恋人になろうって言ったのにも関係するんだけど……。私の事情を話した時、新城くんは怒ってくれたよね。それから守ってくれる、柵を壊してくれるって言ってくれた。それもただただ好きだからっていう理由で。私、それが本当に嬉しかったんだ。嬉しくて、やっと解放されるんだって思って、それで私は昨日新城くんを考えなしに連盟の本部に連れて行ってさ……危険に晒しちゃったんだよね」
「いや、あの程度は別に……」
どうやら昨日の本部での不意打ち事件が尾に引いていたらしい。
そう言えばアレのあとに何か考えて恋人になろうと告白されたのだったか。
となると不意打ちされてよかったとも言えなくもないが、ともかくアレは危険でも何でも無いと否定しようとするが首を振られてしまった。
「結果的に問題がなくてもああなった原因は私が安易に連れて行ったことにあるよ。でもそんな目にあっても新城くんは私のことを思って怒ってくれたってのが伝わってきてすごく嬉しかった。けど同時になんだか申し訳なく感じちゃって」
新城くんは気にしないだろうけどねと笹倉さんは困ったような笑みを浮かべる。
実際気にしないけど多分そういうことじゃないのだろう。
俺は黙って話の続きを待つ。
「だからせめて私たちの関係を隠さないでおこうって、そう思ったのが誠意を示したい理由の半分かな」
「え、半分?」
なるほどなあ、と感じつつ耳を傾けていたのだが、それが誠意を示す理由の半分と言われてクエスチョンマークが脳裏に浮かぶ。
「もう半分はこれから迷惑をかけちゃうからそのお詫び……かな」
「ええと、魔術師トーナメントのこと?」
「ううん。そういうのじゃなくてこれから新しく迷惑をかけちゃうの」
新たな迷惑?
何かしらの頼み事でもあるのだろうか。
もしそうなら全力で引き受けるだけだし笹倉さんの頼み事を迷惑なんて思いもしない。
「実は昨日の騒動でうちの親が怒り狂ってさ。追い出されちゃったんだよね」
「えっ」
追い出されたって家を?
家族からもそんな扱いか……そういえば以前味方になってくれるのはお祖父さんだけとか言ってたっけ。
じゃあ家を失った笹倉さんがこれからかける迷惑って……。
「そういうわけでさ、今日から新城くんのところに居候させて貰えないかなって」
笹倉さんが顔を少し赤らめながら訴えてきたのは、俺が今まさに予想していたことだった。
居候、つまり同棲。
同じ家で大好きな笹倉さんと過ごせる。
しかも笹倉さんから持ちかけられた。
つまり……!
「今すぐ結婚してってことか!」
「いや、結婚するには新城くんの年齢が問題だからそれまではお預けだね」
笹倉さんと結婚することは俺の夢でありずっと考えてきたことなので法律的にまだ無理だというのは理解しているし、忘れたわけでもない。
先程のはとりあえず落ち着こうとしてあえて突拍子のないことを言おうとした結果だったのだが、まさか全く動じることなく返されるとは。
これでは俺のほうが驚きを隠せない。
「新城くん。この前ははっきり言葉にできなかったけれど……私はあなたのことが好きです。大好きです」
俺が驚いた様子を見せたからか、笹倉さんは真剣な眼差しで想いを語り始めた。
恋人になろうとか言われたり、キスをされたりもしたのに、ハッキリと言われることはなかった好きという言葉に俺はこれまでになくドキッとして一瞬思考が停止してしまったが、続く言葉に耳を傾ける。
「柵を壊してくれるって言ってくれたときすごく嬉しかったし重たく感じるほどの想いも嬉しかった」
ふと、手を握られる。
俺はされるがままに時折頷きながら聞き入っていた。
「嬉しくて好きになって……でも簡単に好きになったことが恥ずかしくて、だから言葉にはできなかったけど……」
そこで一度言葉を区切り、何かを思い出すように目を瞑る。
数秒後にゆっくりと目を開きながらまた言葉を続ける。
「昨日あいつらに攻撃されたのを見て私は自分が軽く考えていたことを思い知った」
握られた手から少し震えが伝わって来たので俺は少しだけ力を込めて握り返した。
それに気づいた笹倉さんが嬉しそうに小さく笑ったが、それもすぐに引っ込んで真面目な表情になる。
「私がお願いしたことは新城くんを危険に晒すことだったんだってようやく気付いたよ。ううん、多分そういうことだって最初から分かってた。分かってて目を逸していたんだと思う。昨日のアレは結果的に新城くんを脅かすほどのものではなかったけど、それでもそういう状況に追いやったのは他でもない私なんだよね」
思わずそんなことないと言おうするが、笹倉さんの顔を見てその言葉を飲み込む。
陰りのない表情と、強い意思を感じさせる目が過度に自分を責めている訳ではないのだと教えてくれていたのだ。
どうやら先程の話について笹倉さんはしっかりと受け入れてなんらかの決意をしたらしい。
ならばここは黙って耳を傾けるべきだろう。
「巻き込んで、危険に晒して、挙げ句想われるままに自分の想いは曖昧にしたままなんていくらなんでも情けないから。だからせめて自分の正直な想いを伝えようって、そう決めたんだ。そう決めて恋人になろうって持ちかけて、一晩眠ったらさ。なんかもう、絶対に離れたくないなって思って」
今日はそれが空回りしちゃったけどねと、笹倉さんは笑い、それからこちらの顔を覗き込むようにして言葉を続ける。
「まあ、つまりさ。これからは自分に正直になってうんと新城くんに甘えるつもりだから覚悟してね?」
そう言ってこちらを見つめる笹倉さんの瞳になんだか妖しい光が見えた気がして、なんとなく自身がいつの間にか強靭な糸に絡み取られたようなそんな錯覚を覚える。
はたしてそれは気のせいなのか、それとも今後の未来を予測してのことなのか。
どちらにしても望むところだ。
それから彼女は立ち上がると繋いだままの手を引っ張って俺も立ち上がらせた。
気づけば笹倉さんが本来降りるはずの駅は通り過ぎていて俺が降りる駅がもうすぐそこに迫ってきていた。
「さ、帰ろう?」
もちろんこれから向かうのは笹倉さんの家じゃない。
俺の家だ。
なのにまるで当然のように告げられた言葉に俺は、
「うん、帰ろう」
同じく当然のようにそう返すのだった。




