その26
さて、話題、話題……話題、か。
共通の話題といえば魔法あたりになるのだが、認識阻害が働いていても学校で話すのも憚られるし。
うーん難しい。
これが挨拶から自然と会話をするならまだいろいろ話せたかもしれないな。
頭をフル回転して高速で思考するものの、そろそろ沈黙が辛くなってきた。
「ええっと……そうだ! さっきどんな本読んでたの?」
それは笹倉さんも同じだったようで、ポンと掌に拳を置いてとりあえずとばかりにそんなことを聞いてきた。
結局向こうから話を振ってもらって申し訳無さを感じつつも、これに乗らなければ気まずいままに終わってしまうので全力で乗る。
「さっき読んでたのはこれだよ」
そう言いながら本のカバーを外して笹倉さんに渡した。
「ええっと……これ、タイトルも読めないんだけどどこの言葉なの?」
「ああ、そっか。タイトルは『賢者スリスの魔法書:上級編』で、言語は……異世界のやつ」
渡したけど、ビージの世界の本を読んでたの忘れてたから渡す意味ほとんどなかった。
スキル「言語理解」のおかげで何でもかんでもスムーズに読めちゃうから、別言語の本を読んでるって気がしないんだよね。もちろん全てが日本語に見える、聞こえるってわけでもないんだけどもう理解できることに慣れちゃってるからその辺の区別はちゃんと意識しておかないとできなくなっているのだ。
というか、この本だと結局魔法関係の話題になっちゃうな。
ま、仕方ない。認識阻害の力を信じてこのまま続行だ。
「異世界の本かあ……って異世界の!? しかも魔法書!?」
「今更驚くことかなあ」
笹倉さんの反応に笑みをこぼしつつあたりを見渡す。
相変わらず認識阻害は有効なようで笹倉さんが大声を出したのに誰も気にした様子は見せない。
これなら安心してこの話題を続けられそうだ。
「驚くよ! 驚くに決まってるじゃない! 異世界のってだけでも価値は天井知らずなのに魔法書だよ!? 異世界の魔法の本だよ!?」
「んー、多少高い専門書と同程度の価値だよ」
「違うから! 全然違うから!」
すごいお宝を見つけたかのように訴える笹倉さんだが、向こうの世界は散々勇者召喚を繰り返し、その都度勇者から技術を取り入れているためか、製本技術も一通り揃っている。
向こうには新魔法を作り出す結構な実力者が一定数揃っているようで呼び出した勇者から技術の概念を絞りとる……教えてもらうだけでそれを再現してきたというのだから驚きである。
だから、価値としては本当に高めの専門書と同等なのだがそれは手軽に異世界の物を手に入れられるからこそ言えることだというのは俺も理解している。
理解していてもなんとなくそう貴重なものじゃないと思ってしまうのは仕方のない事なのだ。
「新城くんってホント適当だよね」
「ふさわしくて丁度いい回答と」
「そっちじゃないよ。ところでこれを読めば私も異世界の魔法……魔法陣を使えるのかな?」
価値について程々に説明すれば何故か呆れられた。
それからこれを読めば魔法陣を使えるようになるかと聞かれたが俺は首をふる。
「魔法書って言っても理論書だから。読んだら新しい魔法が使えるようになるってやつではないよ」
「そっか。でも理論を知り、実践すれば……?」
「まあ、使える可能性はあると思う。ええっと興味があるなら初級編貸してあげようか?」
そう提案しながら初級編を無限倉庫から取り出し表紙を見てふと手を止める。
そこには『賢者スリスの魔法書:初級編』と書かれていた。もちろん異世界の言語でだ。
「……あとで、翻訳したものを貸してあげようか?」
「あー、やっぱりそれもだよね。うーん興味はあるけどいいかな。そこまで迷惑かけられないし」
「別に笹倉さんのためなら苦でも」
断る笹倉さんに気にすることないと言おうとしたが最後まで言う前に目の前に手のひら差し入れられて止められる。
「そういうと思ったけど本当にいいの。それに……」
「それに?」
「本当に使いたくなったらさ。新城くんが教えてくれるでしょ?」
と、上目遣いに告げられて俺は黙って頷くしか無かった。
そのまま笹倉さんに見惚れていると次第にその頬が赤く染まっていく。
「うう……ダメ……やっぱり私おかしくなってる。こんな積極的に……でも止められないし……」
「あのー、笹倉さん?」
湯気でも出そうなくらいに顔を赤くして突然とあたふたし始める笹倉さんに和みつつも声を掛けるとはっとした様子で顔を上げた。
「っ! ごめん新城くん! そろそろ朝礼だし、席戻るね!」
「あ、うん。楽しかったよ」
そう言って席に戻る笹倉さんに楽しかったと言えば、一瞬にへらと笑ったかと思えばすぐに手で隠しそのまま席へと戻っていった。
はて、一体全体笹倉さんの心境にどういう変化が訪れているのだろうか。
気にはなるがしばらくすればいつもの笹倉さんに戻るだろう。
戻らなくてもかわいいから問題は皆無だしとりあえず彼女の新鮮な姿を脳内メモリーにいっぱい保存しておくとしよう。
この時はそう軽く考えていたのだがこの日、笹倉さんはどこか取り乱していてポンコツだった。
まず、授業が終わった後の休み時間。
俺の席まで駆け寄ってきたかと思えば直前で机の足に小指をぶつけて悶絶していた。
その後痛みが引いてきたのか顔を上げた笹倉さんはゆでダコのように真っ赤な顔をして涙目になりながらゆっくりと自分の席に戻っていった。
次に昼食時。
「新城くーん、一緒にたーべーよーっ! ……ごめん今のナシ。ちょっと頭冷やしてくる」
ご飯を一緒にと誘ってきてくれたかと思えば、突然真顔……いやそれを通り越して無表情になりそそくさと何処かへと旅立っていった。
俺はといえば一緒に食べたかったなあと思いながらも、持参した弁当を腹に入れながら見送った。
そして授業も終わり少しのんびりした後、さあ帰ろうかというところで笹倉さんが傍に来た気配を感じ取る。
「し、新城くん。一緒に帰らない?」
「もちろん喜んで」
一緒に帰ろうと誘われて断るわけもなく快諾し、チラッと笹倉さんへと視線を向けて驚く。
鞄はパンパンに膨らんでおり、それだけでなく大きいリュックサックと修学旅行に持っていくようなボストンバッグを背負っている。
今日はやたらと大荷物で学校に来ていたらしい。
一体どこに仕舞っていたのか。
「……どうしたの、その大荷物」
「えーっと……色々?」
聞いてみれば露骨に視線を逸らしながら適当に誤魔化されてしまう。
はたして一体何があったのかわからないがどうも俺に関することだけでなく何かしらの問題が発生しているようだ。
できればそれを聞き出して力になりたいところだが今は無理に詮索するのはやめておこう。
とりあえず笹倉さんが重そうに背負っているリュックサックとボストンバッグを奪い取って背負うことにした。
「あ、ありがと」
「いいよこれくらい。比喩とかでもなくてマジで普通の鞄背負うのと変わりないし」
これも筋トレの効果……ではなく勇者基準のアホみたいな肉体能力のおかげだ。
向こうの世界の人々は勇者でなくても実力者は大概見た目以上の肉体能力を有しているようだが、そんな奴らが一定以上いる世界とかあちらこちら穴ぼこだらけになってそうだ。
実際は地面などもありえないくらい丈夫だったりするらしいから向こうの世界そのものの作りがいろいろと頑丈なのだろう。
「じゃ、いこっか」
「う、うん」
手を差し伸べれば笹倉さんは手を引っ込めたり伸ばしたり何度も繰り返した末にギュッと手を掴んでくれた。
差し出した手前握ってもらえなかったらどうしようと思ってたので嬉しい限りだ。
その代償にクラスメートの視線を集めてしまったが、そんなものは気にせずに笹倉さんの手を引っ張って教室を後にした。
今回は笹倉さんも記憶を弄ったりもしてないので、クラスメートの皆に俺と笹倉さんが仲良くなっていることがバレてしまったのだろう。
教室を出てしばらくたってから聞こえ始めた騒がしい声を背に俺たちは黙って帰路を歩いていった。




