その25
激動の休日が明けての月曜日。
笹倉さんと恋人になったとはいえ朝から待ち合わせる程に家が近いわけでもないため一人で登校し、学校に到着した。
その後はあまり騒がせると笹倉さんの心労になるかもしれないのでいつものように誰かと話すことなく一人優雅で静かな時間を過ごす……はずだったのだが、俺が教室に入ったところでそれを確認した笹倉さんが満面の笑みを浮かべて、
「あっ新城くん! おはよう!」
と、声をかけてくれたことでその予定は瓦解した。
「うん、おはよう」
ああ、別に関係を隠す必要はあちらとしてもないのかと納得しつつ挨拶を返すと一気に教室内が騒がしくなった。
「新城の野郎いつの間に笹倉さんと親しくなったんだ!?」
「新城のくせに!」
「え、由美、あんなのと友達になったの?」
「悪い人じゃないかもだけどちょっと意外だよね。地味だし」
「じゃ、じゃあ! 昨日仲良さげにいるの見たけど幻覚じゃなかったのか!」
「えっ、なにそれどゆこと?」
「あいつら付き合ってるのか?」
俺と笹倉さんが仲良さげに挨拶を交わしたことにクラスの男女問わず騒ぎ立てられて耳が痛い。
笹倉さんは可愛いし性格もいいし快活だし可愛いし当然の反応だ。
騒がしくなった周りの様子に笹倉さんは申し訳なさそうな顔で手を合わせるがそれについては特に問題はない。
挨拶をしてくれたのは無意識のことだろうし、なにより周りにばれても構わないと心のどこかで思ってくれていたからこそだと思えば嬉しくもある。
だが、こう騒ぎ立てられる中でこれ以上の会話は火に油を注ぐようなものだろうし俺は目礼して自分の席に座る。
当然ここぞとばかりに問いただしてくる人が押し寄せてくるが、持ち前のぼっち力によって全て無視した。
何を言っても解答どころか眉一つ動かさず本を読む俺に対してクラスメートたちはどうしようも無いことを悟って離れていく。
中には本を引ったくろうとするものもいたが、そのときだけ強く睨めばすぐに手を引っ込めた。
先週体力テストでやらかした記録を誤魔化すために始めた筋トレによってムキムキマッチョメンとまではいかないものの、それなりに威圧感を与える肉体になっているから実にスムーズだ。
もちろん以前であれば俺ももう少し動じていたかもしれない。
だが俺は珍事によって力を得た。
こんな態度を取れるのも何をされてもどうとでもできる力があるからだ。
結局何かあった時に頼りになるのは力である。
教室、チカラ、全て。
そう、ここはジャングルであったのだ。
「新城くんはもっと愛想よくしたほうがいいんじゃない?」
「あれ、笹倉さん?」
バカなことを考えているとなんと笹倉さんが近くまできて声をかけてきた。
どうやら今日の彼女は攻めの姿勢らしくこの騒ぎの中でも構わずやってきたらしい。
「笹倉さん! 新城とはどういう関係なんですか!?」
わざわざ笹倉さんから話にきたのを見たクラスメートの一人が好機と言わんばかりに声を張り上げる。
「んー」
笹倉さんは声を漏らしながらも目でどうする、と訴えてきたので思う通りにどうぞと頷く。
「うん、まあちょっと色々あって私たち付き合うことになりました」
「「「「ええ!?」」」」
顎先に指を当てながらも笑顔で告げられたその内容に多くの人が驚きの声を上げる。
俺も声には出さなかったが内心では笹倉さんの大胆さに驚いていた。
これまで観察してきた限りではこんな風に周りにひけらかすようなタイプではないと感じていたのだが。
もちろん俺との関係を隠さなくてもいいって考えてくれている彼女の宣言はとても嬉しいものでそれについて文句を言うつもりは全くない。
周りがどれだけ騒ごうとも笹倉さんとの関係を思えば気にもならないからな。
ただ笹倉さんらしくないなと思うだけだ。
「んー予想以上に騒がしくなっちゃったなあ……」
そう小さく呟く笹倉さんにもっと自身の容姿について自覚をもったほうがいいと思ったが、考えてみれば彼女が育ってきた環境は女だからと貶す時代遅れの組織だったから無理もない。
ともかくこの状況を予想していなかったらしい彼女は困ったような表情をしつつ、尚も収まらぬ騒々しさに一つため息を吐いたかと思うと魔力を教室に放出した。
その魔力の流れは体力テストの時に感じたものとそっくりで、それを裏付けるように突然クラスメートたちは騒ぐのをやめて何事もなかったかのようにそれぞれたわいのない会話に花を咲かせ始めた。
「ごめん。ちょっと思うところがあって公表してみたけど予想以上の騒ぎになっちゃったから一旦なかったことにしちゃった」
改めてこちらに向き直り両手を合わせて頭を下げる笹倉さんだが、そもそもどういう狙いでの行動だったのか分からないので肩を竦めることしかできない。
「まあいいんだけど……ってこうして話してたらまた騒がしくなるか」
「あっそれは大丈夫。さっきのは記憶を弄るだけじゃなくてしばらく認識を阻害する効果もあるから」
俺は騒がしくなってもいいが笹倉さんが気にするかと思って言った言葉に笹倉さんは問題ないことを説明してくれた。
「だから少なくともこうして普通に話すことはできるよ」
「お、おう。それはありがたいことですね」
次の瞬間、天使のような笑顔で嬉しそうにそう言った笹倉さんに照れくささを感じながらもそれに応える。
うっかり硬い感じになってしまったが、笹倉さんは気にした様子もなくニコニコと笑っている。
それを見てホッとしつつも、折角の機会を頂いたわけなのでここは一つ会話に花を咲かせようと思ったのだが、こうやっていざ丁重に話の場を作られてしまうと逆に何を話題にしていいものやら分からない。
さて何を話したものだろうか、俺は頭を悩ませて考え込んだ。




