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その24

 恐らく社会的に死んだであろう二人をその場に残し、さっさとここを出ようとスタスタと歩いていく中、突然笹倉さんが前に出て振り向き後ろ向きに歩きながら話を切り出してきた。


「……ねえ、新城くん。優勝したら私をあげるって話、無しにしようよ」

「…………えっ、あ……! ぶねッ! ゲホッゲホッ!」

「え、ちょっと大丈夫!?」


 あまりにも突然に告げられたその言葉に俺は心臓が止まりそうになった……というか止まった。

 慌てて自身に電撃を与えていなければ昇天していたかもしれない。

 いや、そんな些細なことはどうでもいい!

 何が気に障ったのか聞かなければ!


「な、なんで!? あの、やっぱさっきの光景がすごい不愉快だったとか!? それともこれまでのイタズラが今に来て頭にきたとかかな!?」

「待って、落ち着いて新城くん、そんなんじゃなくて……」

「いや……そうだよな……あんな汚ないもの見せて、散々いたずらして……これまでがおかしかったんだ。はは……当たり前じゃないか……」


 慌てて色々聞こうと言葉にしてふと気付く。

 嫌われて当然じゃないか。

 そう、目の前で人を苦しめ漏らすシーンを見せたわけだし、そもそもずっと尿意弄っていたずらしてきたんだ。

 全て当然で、自業自得だった。

 それでもやはりショックは抑えられず涙が溢れそうになるのを必至に止める。

 涙は……見せない!

 それを見せたらそれこそ迷惑だろう。

 例え笹倉さんに嫌われたとしても俺が彼女を好きなのは変わらないし、幸せを願うのも変わらないんだ。

 だから今俺ができることはグズグズと未練がましく言い訳を言ったり落ち込んだりすることではない。


「いや……ごめん、取り乱して。うん。その、俺それでも柵壊すから。ちゃんと自由にするから……笹倉さんはちゃんと幸せになってね」

「え、いやいやいやいや! ちゃんと私の話を聞いて!?」


 俺の言葉に慌てて首を振って最後の決意も断ろうとする笹倉さんだが、それでも俺の意思は変わらない。

 だから笑みを作って、


「確かに俺に借りを作るのは嫌かもしれないけどこれは譲れない。例え嫌われててもこれだけは完遂するよ」


 そう告げた。

 瞬間、何かブチッと切れる音がして途端に背筋に冷たいものが走る。


「話を聞いてと――」


 なぜだか笹倉さんが膨大な魔力を身に纏いながら言葉を零す。

 

「――言ってるでしょっ!!!!」


 そして、そう叫ぶと共に彼女が床を蹴ると床が爆ぜたかと思えば突然目の前に笹倉さんが現れ、次に胸元を掴まれた感触を感じた瞬間後ろへ弾き飛ばされそのまま壁に叩きつけられた。

 勇者の耐久力を共有しているからダメージは皆無だったが、されたことの衝撃で俺は混乱して未だ胸元を掴んでいる笹倉さんへと視線を向ける。

 そこには俺を嫌悪し敵意に満ちた表情……ではなくほんのり頬を染めて決意を秘めた表情があった。


「っ……!?」


 そして目があったその瞬間に掴まれた胸元がグイッと下に引っ張られ体勢を崩されたかと思えば唇に柔らかくて熱いものが押し当てられて色々と考えていたことが頭のなかから吹っ飛んだ。


「ん……これが私の気持ちだから。新城くんを嫌いになったとかそういうことじゃないってのは分かった?」

「は……はい……」


 その衝撃に頭と心がついていけず、朧気な意識のまま言葉をこぼす。

 それからスルリと胸元を掴んでいた手が離され、力の入らなくなっていた俺はズルズルと床に崩れ落ち、その衝撃でようやく意識がはっきりした。


「え、……あっ! え!?」


 今、笹倉さんが……唇が……!

 嫌われてなくて……じゃあ最初の言葉は?


「はあ……やっと話を聞いてくれそうかな?」

「う、うん」


 何が起きたのかを理解してしどろもどろになんとか笹倉さんの言葉に返事をする。

 どうやら俺が早とちりしただけで話に続きがあったようだ。

 ならばもちろん聞くしか無い……おっと未だ座ったままだった。

 腰が抜けちゃってるので回復魔法で治して立ち上がるとしっかりと聞く体勢を取る。


「じゃあ、改めて。優勝したら私をあげるって約束だったけど……もうそういうの関係なしに、その……恋人になっちゃダメ、かな?」


 俺が体勢を整えたのを確認した笹倉さんは真剣な眼差しで話し始める。

 そして話していく内に彼女は顔を赤らめ時折目をそらし、最後は耳まで真っ赤にして顔を下に向けながらもハッキリと言った。

 思っても見なかった笹倉さんからの告白に俺は呼吸を忘れそうになる。

 そう、それは紛れもない告白であった。


「っ……もちろんだ! ダメなわけがない!」


 しばし驚きで硬直してからようやく再起動した俺は多分酷く緩んだ顔で快諾の言葉を叫びながら笹倉さんの手を取って両手でギュッと握る。

 本当は抱きつきたかったけど流石に急すぎるかなと咄嗟の判断で抑えた。

 その衝動は凄まじいもので、よく抑えられたと褒めてもらいたいぐらいだ。


「うん……! これからもよろしく、ね」


 俺の返事を受けてはにかむように笑う笹倉さんは一層可愛く見えた。

 否、一層可愛いと断言できる。

 そうしてずっと見つめ合っていると互いに気恥ずかしさからか笑い出し、しばらく笑いあった。

 ただそれだけなのにこれまでに感じたことがないほど幸せだった。


 しかし、ここは未だ連盟本部の中。

 それを邪魔するやつが現れるのも当然のことだった。

 フラフラとまるでゾンビのような足取りで帰り道の方から男がやってくると俺を見つけて酷く必死な様子で喚き散らし始めた。


「お、お前! これっ……お前の、仕業だろ!? 今すぐこれなんとか、うっ……し、しろよ! 出しても治まらねんだよ……!」

「うん、いいよ」


 明らかに邪魔者だったが、もはやそんなものどうでもいいってぐらいに今の俺は幸せに満ちていたので哀れなそいつの願いを叶え、尿便意コントロールで与えた便意を消してやる。

 そしてようやく消えた腹痛に喜び何度もお腹を擦って様子を探る男の顔面に拳もプレゼントしてその意識を刈り取った。


「これは笹倉さんに汚い言葉聞かせた罰だ……さ、こんなところはさっさと出よう」

「そ、ソウダネ」


 もはや聞こえていないだろうそいつに説明して殴った拳に浄化魔法を使い清潔なものにしておく。

 それからこのアホのお陰でまだ本部の中だってことも思い出したので笹倉さんに手を差し出しながら声をかけた。

 なぜだか困った人でも見るような笑みを浮かべていたが、それでも彼女はその手を掴んでくれた。 


 それからずっと手を繋いだまま、道中で出会うゾンビたちの腹を軽く押す程度に蹴ったりしながら進み、異界から出た時間はそろそろお腹が空いてくる11時。


 折角恋人になれたのだからと笹倉さんを遊びに誘ってみれば快く受け入れてもらえたので、その後はお昼を一緒に食べたり、ゲームセンターに行ったり、公園で魔法談義をしたりして過ごした。

 どうやら笹倉さんは余計なことはするなと抑えられてきた環境に反発してか、魔法の開発と改良が半ば趣味になっていたようで、俺がする異世界の魔法の話にものすごく食いついていた。


 それから時間もいい感じに流れて夕方になったところで、お別れとなり笹倉さんを家に送る。

 彼女の家は近いといえば近いが、遠いと言えば遠い一駅離れた場所にあったらしい。

 ストーカーではないから知らなかったけど、案外近い場所に住んでたんだなと感じてそれならもっと前から街で笹倉さんと出会えないか、ぶらぶらしてみればよかったと少し後悔した。


 さて、そんな笹倉さんの家だが内情は連盟の縮小版みたいなものと聞いていたので、正直帰すのがものすごい不安だった。

 だが、他ならぬ笹倉さんが問題ないと力強く言っていたので今回はそれを信じてそのまま帰し、俺は自宅へと戻った。

 一応何か危険が迫ったら発動する結界と、身につければ毒を無効化する魔法の籠められたネックレスを渡しておいたので大丈夫だとは思うが。


 そうして自宅へ帰り、維持する程度の筋トレを終えてから食事を取りつつふと今日のことを思い浮かべた。

 連盟の魔術師との対面は心底面倒で不快なものであったが、それがきっかけなのかトーナメントをまたず笹倉さんと恋人となれたし、手を繋いで歩いたり、デートしたことを踏まえればかなりいい一日だったかな。

 もはや俺の人生は輝きに満ちているといっても過言ではない。

 そんなことを考えているとどんどん喜びが体中から湧いてきて俺は頬が緩むのを止められなかった。








 その後、俺はエージ達に抑えきれぬ喜びを爆音で伝えてしまい再び地獄を見るのであった。

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