その23
感覚で陣が無事心臓に刻み込まれたことを悟った俺は腕を降ろす。
「っ!? 貴様! 一体なに……を……」
「くっ!? 不意をつかれたがこの程度で……なんだこれは!?」
そんな俺の動作と先程の魔力が体内に流れたのを感じたのだろう、ようやく二人は動き出して慌てて後方に下がった。
俺は既にやることはやったのでそれを追ったりすることはなく、その二人の行動をただ眺める。
そうして二人とも戦闘体制を取ろうとしてその身に異常が起きていることに気づいたらしい。片方は呆然と、もう片方は大きく取り乱して動揺のほどを表している。
つか、若い方の男はアホなのか?
不意打ちはお前らの十八番だろうが。
「言っただろう、魔術師として死んでもらうって。だからお前たちの魔力を封印させてもらった」
「なっ!?」
「う……嘘だ! そ、そんなことありえない! デタラメだ!!」
魔力を封印したという俺の言葉に二人はさらに動揺し、それでも若い方の男は大袈裟な身ぶりでそれを否定するがその顔色は青い。
魔力を扱えなくなっているのは当人が何よりも強く感じて分かっているだろうからそれも無理もない。
この封印術、その名を魔封陣といって、魔王封印に使われるものの一つだ。その効果は単純明快にただ魔力を封じるというもので、刻まれた魔法陣はその者の魔力を吸い上げて維持される。
魔力によって維持されるとはいってもその魔力を受け止める限界許容量がありそれを超える魔力を吸い上げてしまうと壊れてしまう他、この限界許容量は瞬間ではなく累計のものであるためいつか必ず解けてしまうのだが、それでも魔王と呼ばれるほどの存在の魔力すら50年の間封印し続けることができるのだ。ちょっと実力があってそれで満足する程度の魔術師に使えばそいつが生きている間に解けることはありえない。
俺が解除しない限りは、な。
そのようなことを魔王だとかの話は省いて説明してやれば二人とも慌てふためき、解除してくれと懇願してきた。
そりゃそうだろう。
魔力を封じられたこの二人はもはや凡人でしかないのだ。
むしろ今までずっと魔術師として生きて、魔法を使い異界浄化に励むことがこいつらの誇りだったのならそれができなくなれば凡人以下に成り下がるかもしれない。
少なくとも連盟の中での立場は一気に悪くなるだろう。
これまで当たり前にあった魔法を奪われて必死なのか高圧的な態度は消え失せただただ必死に許しを請うその姿はなんとも哀れ。
とはいえ、笹倉さんを散々貶し虐げてきた奴を許す義理など俺にはない。
ないのだが、本来の目的は別にこいつらを痛めつけたりすることではなくひとまずは魔術師のトーナメント、それに特別枠で参加することなのだ。
「じゃあ、これから言うことを守ると誓ってくれたら解除してやろう」
なので、条件を飲んでもらうかわりに解除してやることにした。
俺は、二人にそう告げながら紙を取り出す。
「一つ、俺の能力に問題はなかったとして魔術師トーナメントの特別枠での参加を認めること。
一つ、今後俺と笹倉さんに対して、危害を加えないこと。
一つ、契約や魔力を封じられたことは黙っておくこと。
これらを守れると誓えるなら解除してやろう」
告げた条件はかなり甘い内容だとは思う。
だが、ひとまずはこれでいい。
こいつらみたいなのをちまちまと処理をしていては笹倉さんを縛る柵を壊すのにどれだけ時間がかかることか。
面倒事はなるべく一度に片付けたい。
「ち、誓う!」
「私も誓う! だから魔力を……!」
もちろん、向こうからしてもその条件は実に簡単なものだったのだろう、ほとんど即答で二人は誓いの言葉を口にする。
その言葉は所詮魔封陣を解いてほしいがための保身の誓いなのが丸わかりであったが、兎にも角にも本人に誓わせることが大事であるので問題はない。
「慌てるな、まだ途中だぞ。次は指を一つ伸ばして前に出せ」
「こ、こうか……っ!?」
「これでいいか……な、何を!?」
うるさい二人を黙らせつつ、そう指示を出せば二人は恐る恐るといった様子で人差し指を伸ばして前に出してきた。
それを確認してポケットから取り出した風に装って無限倉庫からカッターナイフを取り出すと、ササッと二人の指先を斬る。
あ、必要以上に斬っちゃったからかふたりとも顔を歪めて痛がってこちらへ抗議の視線を送ってくる。
それでも手を前に差し出し続けている辺り、彼らもそれなりに必死のようだ。
ま、死にはしないし大丈夫だろう。
それからあえてのんびりとした動作で、二人の血を先程の紙に垂らせば紙に書かれた文字が一瞬強く光ったと思えば紙ごと消えて周囲に光の粒子を振りまいた。
それに紛れて幾つかの光の粒が二人に吸い込まれたのを確認してから魔封陣を解除する。
「これで契約は完了だ。もう魔力を扱えるはずだぞ?」
そう告げると二人は慌ててそれを確かめて、魔力を扱えることを確認してかホッと息を吐く。
そしてニヤリと二人して笑ってこちらを睨んだかと思えば、
「がっ!?」
「うあっ!?」
と、呻き声を上げて倒れた。
馬鹿め。何のための契約だと思ってるんだ。
「えーと、どうしたのこれ」
「契約を破ろうとしたからその罰を受けてる。全身に針を刺してグリグリと動かされてる程度の痛みが走っているんじゃないかな」
「ああ、やっぱりさっきのはそういう契約の魔法か。契約をして直後に破ろうとするとか本当に救いようの無いバカだね」
悶える二人を呆れたような目で見ながらどうしたのか尋ねてくる笹倉さんに軽く説明すれば、やっぱりと納得し、二人を見る目は更に呆れたものとなった。
だが、ふと笹倉さんは眉をしかめて鼻を隠すように手で覆うと俺の方へと視線を向ける。
俺も既に鼻は塞いでいた。
「……使った?」
「憂さ晴らしに少々」
「……帰ろっか」
「そうしますか」
短い言葉でやり取りしつつそっと扉を締める。
ちょっと弄っただけなのに……きっと契約違反で受けた痛みで我慢できなかったのだろう。
そうして俺たちは悪霊から逃げるようにそそくさと来た道を戻るのだった。




