その22
眼前に迫るのは小さな火の玉。
もちろんそれが魔法であることは明白であり、そうである以上その見た目とは裏腹にそれなりの威力を持つことは明らかだ。
そしてついに、光を遮るために伸ばしていた手に触れ――
「キャッチ、アーンド、リリースってな」
――それを乱雑に掴み、手首のスナップだけで前方へと放れば、軽い動作とは裏腹に猛烈な勢いで飛んでいき、恐らく先程の火の玉を放ったであろう術者のすぐ横を通り抜け、最後には壁に当たって小規模ながらも人一人は殺せる程度の爆発を起こした。
うーん、コントロールが甘かったか。
もうすこし右に投げてれば顔面ストライクだったのに。
「全く余計なことはしないで……えっ、と、え……は?」
「これで立場をわきま……!?」
予め段取りでも決めていたのだろう、何事かを言おうとして混乱した様子で言葉を区切る二人の声が前方から聞こえてきた。
一人はどこかキザったらしい印象を受ける二十前後の男で、もう一人はなかなか皺が多く歳を重ねてそうなジジイだ。
「し、新城くん? 今何して……いや手は大丈夫なの!?」
「あ、うん。全然大丈夫だよ。ほら」
そして笹倉さんもまた混乱した様子で声をかけてくる。
最初に説明を求めようとしながらもすぐにそれを取りやめて俺の心配を優先して聞いてくれたことに感動しつつ、俺は問題ないと手をひらひらと動かしたりして怪我もやけどもしていないことを見せた。
「よかった……でも、どうして?」
「状態を維持するだけで他の制御を切り離された魔法なんてこっちから干渉できて当然。そう言い切れるぐらい勇者の方の俺が鍛えられてるからね」
やり方は魔力で包んでポイするだけだ。
ふざけてるように思えるが、実際その感覚でやるのがてっとり早い。
まあ、こっちの魔法に対してもできるのかは未確認だったが、結果的にできたんだし何も問題はない。
そんな俺の説明を聞いた笹倉さんは何だか困ったような表情を浮かべ、口を開いた。
「そうなんだ……わかってたつもりだけど尿意とか弄ったりしなくても十分すごいんだね、新城くんって」
「え、待って。俺って尿便意コントロールだけの人って思われてた? ちょっとショックなんですけど」
「じょ、冗談だよ? ちゃんと新城くんはすごいんだって分かってたから。うん」
思わぬ言葉へのツッコミにすごい目を逸らされながら弁解する笹倉さん。
そんなに目を逸しながら言われても説得力に欠けるんですけど……。
俺が尿便意コントロールだけの存在だと思われてたとはいくらなんでも心外だ。
とりあえずてっとり早いから使うことが多いだけなのに。
これはちょっと抗議しなければなるまいて。
「新城くん? 今はそんなときじゃないよね?」
「あっはい、すいません」
てなわけで、笹倉さんの尿意をほんのちょっぴり弄ろうとしたらそれよりも先に冷たい目で睨まれて釘を刺されてしまい思わず謝罪の言葉を口に出す。
なぜだ。
なぜ使うよりも前にバレたのか。
まさか度重なる俺のイタズラが笹倉さんを尿意マイスターに――
「新城くん?」
「あ、はい。もうしません。変なことも考えません」
今度は俺の考えを読んだのか、更に底冷えするような声で名前を呼ばれ俺は思わず姿勢を正して謝った。まさか、考えてることを見抜かれるとは思わなかった……いや、もしかしてこれは愛なのでは?
笹倉さんも俺のことをちゃんと好きに感じているからこそ考えを読めるのではないだろうか。だとしたらこれほど嬉しいことはないし、もっと俺の考えを読んで欲しい。
さあ、ばっちこい!
「っと、それより問題はあいつらだね。新城くんが対応できたとはいえあんな不意打ちなんて……!」
俺の想いは通じなかったようでスッと視線を未だ混乱から抜け出せずにいる二人の魔術師へと向け怒りの言葉を呟く。
仕方がないのでそれに倣うようにして俺もそいつらを睨みつけた。
「あなた達、不意打ちなんてして恥ずかしいと思わないの!?」
「っ……ふん! 後ろで守ってもらってた女が偉そうに。そっちのお前も調子に乗るなよ。さっきのは手加減してやったんだ。アレぐらいまともな魔術師なら誰だって防げるさ」
「そうとも……。それに不意打ちと言うが、あれも対応できぬような者を特別枠に入れたらそれこそ恥というものだろう。全くこれだから女というのは……」
「トロフィーが余計な事をしないでほしいね」
「そんなつまらない考えで新城くんを……っ!」
笹倉さんの問いかけでようやく混乱から脱したのか、その二人はなんとも下らぬ言い訳を並べ立てていく。先程の動揺を無かったことにしたいのかやけに饒舌だ。
不意打ちをしたことに対しての反省をした様子もないし、そもそも不意打ちをすることに何ら恥を感じていない様子。
それに対して笹倉さんは俺の為に怒ってくれた。
自分のことも貶されてるのにそれよりも俺に不意打ちしたことを怒ってくれることに感激して思わず笑顔になりそうだ。
流石にこの状況でそんなことはしないし、残念ながら今は感激よりも怒りの感情が上回ってしまっているからそもそも笑顔なんて無理な話であるが。
別に不意打ちされたことについては俺はなんとも思っていない。
そもそも不意打ちが悪いこととは思わないしな。
目的があれば手段など選んでられないときもよくあることだし、俺にとってここは敵地なのだから警戒せずに不意打ちを受けるほうが悪いだろう。
それにあの程度、直撃したところで勇者基準の耐久力で無傷で済んだだろうし。
だから不意打ち以前にそもそも攻撃されたこと自体どうでもいい。
多少腹立たしいが、その程度のことならいちいち気にするまでもなく流してやっても構わない。
しかしだ。
こいつらは不意打ちを仕掛けてきたばかりか、勝手なことを偉そうに次から次へと並べ立て、挙げ句の果てに笹倉さんを貶しやがった。
笹倉さんを貶す奴を。
害する存在を。
俺が許すはずがなかった。
「よう、ゴミクズ共。取り合えず命は見逃してやる。その代わり魔術師としては死んでもらおうか」
「新城くん……?」
ぶち殺してもいいかもしれんが、魔術師であるこいつらにはその魔術師であることを奪ってやったほうが効果的だろう。
そう思ってしばらく口を閉ざしていた俺が口を開くと、二人は怪訝な様子でこちらを見て侮るような笑みを浮かべた。
一方で笹倉さんはこれまでにない俺の様子に少し戸惑った様子を見せる。
笹倉さんを怖がらせるのは本意では無いので軽く笑みを見せてから、笹倉さんよりも前に出て二人の魔術師を睨みつける。
「アレにほだされる雑魚に何ができると言うんだ」
「まあ、勝手に言わせておけばよかろう。所詮あの女が選べた程度の者に、試験を合格できるはずもないのだから」
どこまでも驕り、どこまでも人を見下しながらそんなことを言う二人に思わずため息が漏れそうになる。
頭おかしいんじゃないか、こいつら。
そもそも試験だなんだのと勘違いも甚だしい。もはやお前らの試験を受ける必要は他ならぬお前らの行動によってなくなった。
どのような結果を出そうとも不当に評価をねじ曲げるのが目に見えている試験など誰が受けるか。
「本当に癇に障る奴らだな」
重ねて笹倉さんを侮辱した二人への怒りに小さく呟く。
もはやこれ以上の言葉は不要。俺は足裏に極小の結界を作り思い切り踏み込んだ。
そして二人の男の間へと一瞬で体を潜り込ませ、肉体にはダメージを与えないように慎重に二人の胸の辺りに掌を押し当てる。
二人はその感触にようやく俺が傍に移動していることに気付いたようで目を見開いていた。
そんな反応に構うこと無く、俺はそれぞれの胸に押し当てた掌から魔法陣を形成しそれを心臓へと打ち込んだ。




