その21
慌てて電話をかけて連絡を取る魔術師を見て電話通じるんだな、なんて思いつつも笹倉さんの方を見る。
「ああいうしゃべり方もするんだ」
「普通に話すといちいちバカにしてきて話が進まないからね……あれが地だなんて思わないでね?」
先ほどの話し方について聞いてみれば恥ずかしそうにしながらも理由を教えてくれた。
誤解しないでと上目遣いで訴えてくる笹倉さんは大層可愛いかったが、先ほどの荒々しい笹倉さんもまたいいものなのでどちらが地でも俺は気にしない。
それにしても、とふと思う。
「笹倉さんの下の名前ってそういえば由美っていう名前だったね」
「えっ、新城くん私の名前知らなかったの!?」
「いや、そんなことはないけど普段呼ぶ時も心のなかで考える時も笹倉さんだったからつい」
当然ながら笹倉さんの名前を忘れるなどありえないことだが、久しぶりに聞いたからちょっと新鮮だった。
でも、前から知っていて、忘れたことだってないはずなのにどういうわけか今初めて笹倉さんのフルネームを知ったような気がするのはなんでだろう?
それだけ長い間笹倉さんと呼び続けていたというわけか。
まあ、それはさておき笹倉さんはどうなのだろうとふと気になったので尋ねてみる。
「逆に笹倉さんは俺の下の名前知らないよね」
もともとただのクラスメートだったのが急接近した関係だし、接近以降も新城くんとしか呼ばれてないしな。
「雄二、でしょ? 体力テストで記録書くときに見たし、そうでなくてもクラスメートの名前くらいは把握してるよ」
「おお……神は以前から私のことを見ておられたのか」
「ふふっなにそれ、変だよ」
名前をちゃんと覚えてもらえていたことに対する俺の反応に笹倉さんは軽く笑うが、実のところほぼガチの反応である。
まさかモブであったころからちゃんと名前を把握してくれていたなんて。
なんと優しく美しいのだろう……やはり笹倉さんは神であった。
「おい」
「ああ?」
「あ、と、裏の修練場へ来いだそう、です」
そんな歓喜の中、横から雑に声をかけられたから、苛立ちで思わず魔力が盛大に漏れてしまった。
視線を転じれば先ほどの受付の男がいて先ほど漏らした魔力に当てられてか生まれたての子鹿のように身体を震わせながらもたどたどしくそう伝えてきた。
能力共有によって勇者であるビージと同量の魔力を持っているからな。
しかも無意識で漏らした場合は大抵ビージの感覚に倣って漏らしているようだから余計に威圧感を感じたのだろう。
というのも、勇者として魔王と戦う運命にあるビージは日々の訓練の末、より強く、より鋭く、より明確に殺気を込めることを身に着けており、それはあっちの世界最強の人間であるユナ様からもまずまずの殺気ですとお褒めの言葉を頂いているほどなのだ。
向こうの水準は色々おかしいので、そのまずまずの殺気とはこっちの世界では少々気の弱いものならガチで殺気だけで殺せるレベルである。
いろいろ頑丈らしいですよ、あっちの世界。
まあ、それを考えるとこいつは案外意識を保っている方であるし、図らずも話がスムーズに進んだということで気にしないでおこう。
チラリと笹倉さんの方も見てみたが多少驚いた様子ではあったが怯えているといったことはなく一安心。
まあ、笹倉さんに殺気は向けてないからね。
それから受付の男に軽く手を振って俺たちは修練場へと向かう。
「あっ」
修練場へと続くらしい扉へ手をかける前に、ふと立ち止まり振り向く。
「途中からビビッてたけど最初の態度はアウトっと」
笹倉さんを虐げるものには相応の罰を与えなければならない。
というわけで彼も厠へと招待してあげた。
「新城くん……えげつないね」
「え? ああ、魔力のこと? 思わず漏れちゃって」
「……(あの膨大な魔力をまともに受けただけで十分な罰だったよねえ……まあ、アレの自業自得かな)」
「え、なんて?」
「ううん、なんでもないよ」
受付の人を厠送りにしたらなぜか笹倉さんになんだか引かれていた。
漏れた魔力のことかなと聞いてみたが笹倉さんは苦笑しながらも小さく何かを呟いて、呆れたように首を振る。
聞き取れなかったので何を言ったのか聞いてみても適当に誤魔化して教えてくれない。
くっ、何を言ったのかすごく気になるぞ。
笹倉さんの様子をみる限り、俺が聞き逃したことについて特に思うところは無さそうだし何かを俺に伝えようとしたわけでは無いのだろう……まあ、笹倉さんが何でもないと言っているのだから気にしない方がいいか。
それから修練場へと続くらしい扉を開けその先の道を笹倉さんと雑談しながら歩いて行く。
「ところでさ新城くんってその……私のどこをす、好きになったの?」
「ん、まず顔」
「え、顔……そう……」
その中でふとした疑問なのか、どこを好きになったのかと尋ねられたので正直に答える。
答えとしては最低の部類だったのだろうちょっと笹倉さんが引いた様子を見せる。
まあ、流石にその反応は予想してたことなので構わず続けることにする。
「で、次に声が好きになった」
「声?」
「それからきれいな指先も好きになったし、友達と話している笑顔はすごく魅力的だった。ほんわかとしていた雰囲気も好きだし、そんな雰囲気を纏いながらも案外活動的で学校行事なんかも積極的に参加して心から楽しんでるって様子にすごく惹かれたよ」
「え、ちょ」
「あ、足もすごい綺麗だよね。近寄ったらすごいいい香りもするし。それから初めて見せた魔術師としての姿。あれはいつもの雰囲気とのギャップにすごいドキドキしたし、その後利用しようと近づいてきたちょっと黒い部分もなんだか素敵だった。でも虹色ブドウを食べてちょっと仮面が剥がれたところなんかすごいかわいかったね。それから」
「待って、ストップストップ! 十分、分かったから! ね、もうこの話はおしまいにしましょう」
次から次へと告げられる好きなところに、笹倉さんは顔を赤くして無理矢理に話を打ち切った。
そんな彼女に俺は肩を竦めて、
「まあきっかけは確かに見た目だったけど、それでも俺は笹倉さんの全てが大好きなんだ」
と、それだけ告げて話を終わらせた。
それを受けて笹倉さんは顔を赤らめながらも笑みを作り、こちらの手を握ってきた。
「もう、本当に……本当に、新城くんは重いんだから……」
そしてとても優しい声でそう言って少しだけ握る手に力が籠められた。
とりあえず、俺の解答は及第点は貰えたようである。
それから、雑談を交わしつつ歩いているとやがて大きな扉の前へと辿り着く。
もうすっかりお互い平常心で、彼女の頬も元のきれいな肌色に戻っていた。
「この先が修練場だよ。もっとも、実際に修練するために使う人はいないんだけど」
笹倉さんが扉を指しながらするなんとも奇妙な説明に首を傾げるしかないが、どういうことなのかは見れば分かるだろうと扉を開ける。
扉の先はどうやら外であったようで突然の明るさに手を顔の前に広げ、目を細める。
と、次の瞬間前方やや離れた場所に魔力を感じ、それがこちらへそれなりの速度で向かってくるのを察知した。
そして、ようやく明るさに対応した俺の目が捉えたのはもうすぐそこまで迫っているソフトボール位の大きさの火の玉。
不意打ちでの魔法ってわけだ。
「新城くん!?」
笹倉さんも気づいて叫び声を上げ、まるで盾にでもなろうとばかりに動きだしたので結界を張ってそれを止める。
笹倉さんに盾になられるわけにはいかない……って、これ普通に火の玉防ぐ形で結界張ればよかった。
それに気づいた頃にはもう火の球はすぐそこまで迫っていた。




