その20
異界に入ってすぐ目に入ってきたのは城だった。
それも西洋風なものではなく、将軍様でも住んでいるかのような日本のお城がそびえ立っていた。
「案外和風なんだな」
「和風にしようとしてこうなってるわけじゃなくて、あの城に固定されてるんだよ。多分異界の安定化をした人のイメージが反映されてるんじゃないかな」
思わずこぼれた疑問に反応した笹倉さんの説明に耳を傾けながら周囲を見渡す。
お城以外に目立った建物はなく、どこまでも平野が広がっているが、人の姿は一切ない。
「本当に何もないから。本部に用がある人は皆さっさと城の中入っちゃうんだよ」
「ああ、なるほど」
俺がまた疑問に感じているのを悟ったのか、笹倉さんが人が居ない理由を教えてくれた。
「本部がああいうのとなると魔術師は和服が正装だったりするのかね」
「別にそういうわけじゃないけど、やっぱり本部がああだから理由もなく和服を着ている人はそれなりにいるかな。特にプライドばかり高い若い男の魔術師なんかは和服を着ていることが多いんだけど、そういうのに限って着られてる感じでださいんだよ」
「辛口だね。ちなみに俺はどうだろう。和服似合うと思う?」
笹倉さんの他の魔術師に対する厳しい評価を聞きつつ、そう尋ねる。
それに応えようと笹倉さんはしばらくジーっと俺の姿を上から下までじっくりと見て頷く。
「うーん、新城くんもしばらくは着られちゃうかな」
「そうか。まあもっと歳を取ったら似合うようになるかな」
「そうだね。うん、きっとそうなると思う。その時がちょっと楽しみだね」
ある程度歳を重ねれば俺も和服の似合う男になれるそうだ。
笹倉さんはそうなった時の姿を見ることを楽しみにしてくれているらしい。
「その時が……か」
「え……あっ、その……えへへ……」
その言葉が意味するところを笹倉さんはわかっていなかったようで、俺が意味深に復唱してみれば顔を赤らめ笑って誤魔化した。
満更でもないというその反応だけで俺は幸せでございます。
「ちょっとあざとい。120点」
「あざ……それにどういう点数!?」
もちろん笹倉さんの可愛さを数値化したものだ。点数が高ければ高いほど可愛くて、評価上限は高すぎてもわかりづらいので100点となっている。
ただ笹倉さんが可愛すぎるからしばしば限界突破してしまうのが悩みどころだ。
まあ、これについてはとくにいう必要もあるまい。
「んじゃ、行きますか」
「もう! ほんと新城くんはバカなんだから!」
適当に流した結果、笹倉さんは怒ったようにそう言いながらも、俺の手をぎゅっと握る。
手を包む柔らかい感触と笹倉さんの体温を感じられる至福の時に意識が飛びそうで、引っ張られるままに魔術師連盟本部であるお城へと向かった。
流石にお城の近くまで来ると魔術師と思わしき人影が見え始めてくる。
内9割が和服でその内の6割が着られてる感じの若い男で、そんな和服に着られた若い男のほぼ全てが笹倉さんを見つけると途端に侮蔑するような目付きになりニヤニヤと口元を歪めている。
そのうち数人で集まっていた者たちが何か喋っているようなので魔力をちょちょいと動かして聴覚を強化してみれば、
「女がここに何のようだよ」
「あいつ笹倉じゃね? ここは勘違い女が来る場所じゃねえっつの」
「うわマジだ。つか、隣の男だれ? 嘘泣きして同情してもらったのか?」
「わー自信過剰な上にビッチかよ」
と、大変不愉快な会話が耳に届いた。
この集団は特に頭が残念な者たちであったようで他の人はそこまでバカな会話をしているわけではなかったが、それでも目付きや表情で笹倉さんを軽蔑しているのを隠そうともしていない者たちばかりだ。
また、ある程度歳を重ねそれなりに和服の似合うおっさんもいたが、こちらはこちらで苦虫を噛んだような表情で笹倉さんを睨んでいる。
なるほど、魔術師と関わる度にこんな視線に晒されてきたのなら魔術師共を嫌うのも当然のことだろう。
こんな環境の中で育ってよくあれほど快活にいられたものだと思う。
「アホだなこいつら」
「うん、本当にそうなんだよ。いっそ哀れなくらいに幼稚なんだよね」
呆れながらもこぼした言葉に笹倉さんも同意してため息を吐く。
この視線を向けられている笹倉さんに傷ついた様子は無く、逆に魔術師たちに哀れみの目を向けている。
俺がそんな彼女の顔を眺めていることに気付いてかこちらに視線を移し軽く笑う。
「……前は負けてやるもんかと躍起になってたけど、今思うと相手にする価値もない奴らばかりだって思えてくるよ」
「へえ」
「へえって、そう思えるようになったのは新城くんのおかげだからね?」
ぼそっと呟いた言葉にそんなもんかと相槌をうてば俺のおかげだと笑いかけて来た。
「新城くんが私のことをちゃんと見てくれた。怒ってくれた。私はそんな新城くんに勇気をいっぱい貰ったの」
「そ、そうか……」
そう真正面から言われると流石に照れてしまう。
「ま、それはそれとして積もり積もった恨みは消えないけどね。だからさ、新城くん。一つ私に利用されてくれないかな?」
「いいよ」
笹倉さんの言葉に即答し、俺は能力を発動して笹倉さんを嘲笑うバカ共にこれから一時間は下痢と腹痛を味わうようにしてあげた。
既にその前兆は現れていて嘲笑っていたバカ共の顔色が変わり腹を抑えて本部の中へと入ろうとしている。
それを見て俺達も本部の中へと向かう。
「え、こいつら何。わざわざ本部にトイレ借りに来てるの?」
「ぷふっ……新城くん、それは不意打ちだよ……ふふっ……」
途中で厠に我先にと並ぶバカ共の傍をわざと通りつつ、そいつらに聞こえるように言った言葉に笹倉さんが吹き出した。
そんな俺達のやり取りを聞いたバカ共が怒りと恥ずかしさが入り混じったなんとも言えない顔で睨んできたが、すぐに腹痛によって顔を青くして必死に耐えるように俯いてしまった。
その後も、何故だか突然腹を押さえて厠へと向かう者たちを見かけたが全部無視して笹倉さんに案内されるままに本部のなかを進んでいった。
そうしてようやく受付のような場所にたどり着く。
「ん? お前か。トロフィーが本部に何のようだ」
来て早々に受付の人がそう言葉にして露骨に嫌な顔をする。
やはり組織全体で笹倉さんを下に見ているようだ。
だが、そんな態度に怯むことなく笹倉さんがキリッとした表情を作り、口を開いた。
「私は魔術師、笹倉由美。例の魔術師トーナメントの特別参加枠を埋めに来たと上に伝えろ」
「あ? 特別参加枠? ……ああ、あれか。そいつがか?」
「私は上に伝えろと言った。死にたいのか?」
人が変わったみたいに強気な姿勢でさっさと用件を告げる笹倉さんに受付の人がチラリとこちらをみるが、それにたいして笹倉さんは強い殺気と膨大な魔力を放出することで答えた。
それを受けて先程まで不遜な態度だった受付の男は途端に顔を青くして慌てて電話で誰かに連絡し始めるのであった。




