その19
明くる日の朝。
俺は住宅街の片隅にある、鳥居だけポツンと置かれた小さな空き地へと来ていた。
今はその空き地を眺めて道に立っているわけだが、たまに通りがかる人たちはそんな俺を全く気にする様子もなく通り過ぎていく。
俺だけではなく、鳥居のある小さな空き地にもまるで気づいていないかのように見向きもしない。
それはずっと前から存在しててこの辺の人たちはもう慣れているからこその反応とも取れるが、そうではないことを俺は知っている。
この空き地にはある種の結界が張られていて、それによって普通の人はこの場所を認識できないようになっているのだ。
実際俺もこの道は過去に何度か通ったことがあるはずなのに、こんな場所があるなんて今日まで全く知らなかった。
最後に通ったのは異世界のあれこれがあるずっと前のことだったからな。
だが魔力を感じ、操ることを身につけた今ではハッキリと認識できるようになっていた。
さらに言えば鳥居の向こうには別の世界が広がっていることも魔力の流れから察することができた。
「どうやら、無事に認識できたようだね」
「うん、ちゃんと見えてるよ。でもこれって異界ってやつじゃないか?」
通行人が無視するさなか、俺に話しかけてくれたのは当然笹倉さんだ。
今日は俺を魔術師との闘争トーナメントに出場させるに当たってひとまず魔術師連盟とやらに顔見せと魔術師としての能力の証明を行う予定で、やや離れた公園で笹倉さんと待ち合わせをしてそこから案内されたのがこの鳥居のある空き地であった。
「そういうのも分かっちゃうんだ。残念、もっと驚く様子を見たかったのに」
「わー! なにこれ、鳥居? 何度か通ったことあるけどこんなのあったっけなー?」
「……そういうのはやめようか、新城くん」
「うっす」
驚く様子が見たいというので見せてあげたらジトーっとした目で睨まれてしまった。
何がダメだったんだろうか、女心は難しいからな。
「それにしても異界って魔力が集まってできる魔物の巣、みたいな場所だろ? そんなところが連盟本部って大丈夫……だから本部にしてるんだろうけど、どうなってるんだ?」
「ここは魔物のいない異界なんだよ。元々は自然発生のものだったんだけど……えーと、ここを中心とする六芒星の頂点に位置する場所の地下深くに要石が埋め込まれていてそれによって集まる魔力を浄化してる……だったかな?」
俺の疑問に、笹倉さんは思い出しながらゆっくりと説明してくれた。
要石に六芒星、それに魔力の浄化か。
魔物が発生するには魔力の性質みたいなのが関わっているということか。
何よりも気になるのはその要石と六芒星というのはつまり、陣を用いた魔法ということ。
だが、笹倉さんが以前使った魔法は魔法陣なんてものはなくただ魔力を放出することで実行していた。
俺が魔法を使ってみせた時も魔法の効果よりも魔法陣に驚いていたような気もするし、陣を用いた魔法は何か特別なものがあるのか?
っと、それは聞いたほうが早いか。
「陣を使った魔法もあるんだね」
「うーん。あるっていうかあったっていうか……」
というわけで、聞いてみたのだがイマイチはっきりしない答えが返ってきた。
「この要石を使って陣を作り、それによって異界を安定化するっていうのはずっと昔の魔術師が行ったんだ。その時代だと陣を用いた魔法が普及していたらしいんだけど、その後陣を用いない魔法が使われるようになって陣を使う魔法は手間がかかるからと廃れてしまったんだって。結果、陣を用いなければ扱えない魔法も失伝して今じゃ新しく異界を安定化することは不可能なんだよね」
「ただ六芒星に要になるものを埋めればいい……ってわけじゃないんだな」
「うん。多分、埋められた要石自体に魔法陣が刻まれてるんだと思う。でも下手に要石を触って効果が切れたら困るから」
「触らぬ神に祟りなし、か」
しかし、そうか……魔法陣は失伝したのか。
それに魔力を浄化するっていうのは一種の結界みたいなもん……だよな?
それが魔法陣によるものと言うことなら結界と魔法陣は相性がいいということなのだろうか。
だから、ビージの方の世界では魔王を封じるために魔法陣を用いる魔法が発達しているのかもしれない。
まあこれらはただの予想に過ぎないが、少なくとも魔力を浄化する結界については多少ビージの力になるかもしれないし、もう少し詳しく知りたいところだ。
「にしても、魔法陣が失伝したってことは、俺すっごく目立ちそうだよね」
結界についてはさておき取り合えず会話を繋ぐためにそう言って笹倉さんに笑いかければ、なぜだか人形のように固まっていた。
それから古びたからくり人形のようにギリギリと首を動かし、顔を青くしてしまう。
ちょっと怖い。
「ど、どうしたの、笹倉さん!?」
「あ、ああ……! ごめん新城くん、私完全に忘れてた……。そうだよね、新城くんの魔法は陣を用いた奴だから目立っちゃうよね……ど、どうしよう新城くん!?」
どうやら俺の魔法がやたら目立つことに言われてから気づきそれでパニック状態に陥ったらしい。
挙げ句、俺の肩を掴み激しく揺さぶりながらどうしようと、何度も問いかけてくる始末だ。
あれですね、あなた結構ポンコツですね?
だが、それがいい。
なんて考えながらも首がガクンガクンと揺らされる。
あ、ちょっとこれ気持ちいいかもしれない。
首が揺れる度になんかゆらゆらして、なんかちょっと空を飛べそうな気がしてきた。
「あっ、ごめんなさい!」
「おっとと」
そんな俺の様子に気づいてか笹倉さんはバッっと肩から手を離してくれた。
突然離されたのでちょっと体勢を崩したが、なんとか踏みとどまってしばらくすると少しモヤがかかりかけていた思考がハッキリとしてくる。
「ごめんなさい、ホントごめんなさい! でも、あの、どうしよう新城くん!?」
パニックを起こし、やや暴走していたことをしきりに謝りながらも尚も混乱のデバフから回復しない笹倉さん。
まあ、俺にどうしようって言われても諦めましょうとしか言えませんけど。
笹倉さんの問題を解消するためならどれだけ面倒でもノープロブレムだ。
「ま、なるようになるよ。目立つのはある意味悪いことじゃないし」
「へ? でもっ」
「ほら、どのみち俺は柵ぶっ壊さなきゃならないからさ。力見せつけておかないと」
そう言って笑ってみせる。
それは笹倉さんを安心させようとしての言葉ではあるが、紛れも無い本音でもあった。
むしろ陣が扱える魔術師というのは連盟としても得難い人材だろうから、一層笹倉さんとの関係もスムーズに進められるというものだ。
「で、でも……あいつらはきっと新城くんに協力を求めるんじゃなくて、利用しようとするよ」
「かもね。でも……」
笹倉さんの言葉に俺は頷く。
彼女から聞いた限りでは恐らくそうなるだろう。
自らの立場に必死にしがみついている奴らにとって魔法陣は立場を不変のものにする格好の餌なのだから。
であればなんとか利用できないかと企むのは当然の事。
もっとも――
「俺は、笹倉さん以外の誰にも利用されるつもりはないから」
――利用されるつもりはさらさらない。
力を見せて、言葉で語ってそれでもわからない奴には魔術師にとっての絶望をくれてやるとしよう。
「新城くん……ちょっと怖いよ」
「え、まじで」
っと、いかんいかん。
どうやら人に見せられない表情をしていたようで笹倉さんを怖がらせてしまった。
慌てて頬を揉みほぐす。
「うん……それに私には利用されたいっていう願望が全面に出ててちょっと気持ち悪かった」
「え?」
「まあ、そんなところが……ってそれは置いといて」
ちょっとその置いたやつ戻して、と思ったが流石に言わんとする所は分かっているので置いておこう。
置いて……うう、もったいない。これも魔術師のトーナメントに優勝するまでの我慢か。
「とにかくありがとう、新城くん。かなり目立っちゃうけど、お願いしても……お願いします」
「任せろ!」
ちょっとばかし頬を染めた笹倉さんの言葉に俺は力強く応えた。
そうして俺たちは魔術師連盟の本部がある異界へと足を踏み入れた。