その18
「そろそろいいかな?」
こまめに水分補給をしながらもトレーニングを続けて、そろそろ時間も腹の空き具合もちょうどよくなったところで重力強化魔法を解除し、トレーニングを終える。
こうして区切りがつくとスイッチが切り替わるのか身体中がグンと重くなる。
それは重力強化魔法で感じる物理的な重さとはまた違う重さだ。
だが、それこそがしっかりトレーニングをした証だと考えるとそれも心地のよいものだと最近は思えるようになった。
筋トレ初日はただただ辛いとしか思わなかったけど今日まで続けて本当によかったと思う。
「相変わらずすごい光景だよな、これ」
それからふと、足元をみて呟く。
視線の先にはトレーニングで流れた汗による水溜まりがある。
こんな量の汗を流していたら脱水症状を起こすのではと不安になるほどだが、少し空腹な以外に体調に異変はない。
ちゃんと水分補給できているということなのだろうけど、もしかしたら飲んでいた水が例によって異世界産で、魔力をたっぷり含んだ水だから体調が悪くならないのかもしれない。
ちなみにこの水は勇者であるビージを召喚した国の王城敷地内に湧き出しており、基本は王族のみが飲むことを許される代物だ。
もっとも、湧く量が少ないわけでもなければ王族が私欲に独占しているわけでもない。
規制されているのは含まれる魔力が濃すぎるためだ。
濃度が濃すぎるがために王族以外が口にするとその者は魔力に酔い、二日酔いを何十倍にも酷くしたような状態になり最悪廃人になってしまう。
飲むだけでも最低限の強さが求められその最低限が王族レベルというちょっと怖い水である。
聞けばビージはこれを国王様に勧められるまま飲み、その後で危険な性質を教えられたらしい。
もちろん事前にある程度の確信を得てはいたらしいが、それでも廃人になるかもしれない水を笑顔で飲ませる向こうの王族怖い。
飲めればどんな水よりも圧倒的に美味しんだけども。
今では俺も気に入ってビージに毎朝12リットル分ウォーターボトルに入れてもらい、それを貰うようになっている。
一応対価としてジャンクフードなど日本の食べ物で好きなの注文してくれと言ってはあるが、結局今に至るまで要求はないため現状タダで貰っている状況だ。
さて、とりあえず足元に広がる汗の水溜りは見ていて気持ちいいものでもないし、さっさと魔法で片付けて、ついでに着ていた服も綺麗に仕上げておこう。
「ふぅーさっぱりした」
身体中に浮かんでいた汗も綺麗さっぱり無くなり、そのことに爽快感を覚えて一息入れる。
いつでもすっきり清潔になれるんだから、本当に魔法って便利だ。
まあだからといって風呂も入らず着替えもしないなんて選択はない。
これは精神的な問題だな。
それから、夕食の準備にとりかかる。
メニューは何にしようかなと考えつつも無限倉庫を開く。
「おや、魚か?」
肉や野菜などいろんな食材が放り込まれているが、その中に珍しく魚系のものが入っていることに気づく。
(スゥパシーフォックスっていう魚貰っていい?)
『ああ、構わんぞ』
テレパシーで聞いてみればどうやらエージが狩ったもののようで、寛大な言葉を頂いた。
直近でわりと酷い争いを繰り広げた割にはあっさりしているが、元が同一人物だからか互いに許容範囲が広く、とりあえず誰かが痛い目にあってそれを笑って喧嘩はさっぱりおしまいって感じになっている。
ほんとこいつらとの関係は気軽でいい。
友達だとこうはいかないからな……友達、笹倉さんしかいないから実際はどうなのか知らんけど。
昔は居たと思うがもはや記憶にないし。
それはさておいて、エージに確認も取ったので今日は焼き魚としよう。
エージのいる世界の魔物ということはこの魚は多分、最初からスパイスが効いてるだろうから素焼きでいいだろう。
なぜそんなことが分かるのかというと、エージのいる世界の魔物は特徴を変な感じに崩したものとその姿とは関係ない出鱈目な動物名との組み合わせの名称をしていることが分かっているからだ。
虹色ブドウを収穫できるトラウパサーモンもトラッパーが変に崩れてトラウパとなり、姿形と関係のないサーモンが付いてトラウパサーモンとなっている。
その方式にしたがって読み解くと、スゥパシーフォックスは恐らくスパイシーな魚であるはずだ。
正直このネーミングやめて欲しいと思うが、異世界の事なのでどうしようもない。
幸い無限倉庫で中身を確認する際、名称だけでなくその姿形も脳裏に浮かぶのでこうして魚だと理解はできるのだが。
「よっと、って思ったよりでけえ」
ただ、脳裏に浮かぶ姿は全体のものなのでその大きさがよくわからないのが欠点だ。
気軽に尾を掴んで引き出したスゥパシーフォックスはなんと全長2メートル程の化け物魚であった。
勇者基準の肉体能力によってどうってこともないが、これが一般人ならば重さに潰されるところである。
下顎から鋭く伸びた牙は口から外へと大きくはみ出しており、鋭利な刃物のように鋭く硬い鱗が逆立っている。正直、キモい。
この鱗も一般人であれば深い裂傷を負うこと間違いなしの鋭さだ。
俺は、というかビージの肉体能力は常軌を逸しているのでこの程度なんでもない。
さて、調理開始といこう。
まずは強固だがある程度接触により変形する結界を隙間を開けて二つほど設置。
そこに尻尾を挟むと後は力まかせに引っ張って隙間を通せば、ゴリゴリと逆立っていた鱗が落とされていく。
魔物なので多少荒く扱っても早々身は傷つかないから、これくらい雑にしても大丈夫なのはありがたい。
それから空中に結界で固定して勇者の剣を黙って借りて、それで腹を切って内蔵をかきだす。
さらに風と水の魔法を使って残った内蔵なども取り除けば、とりあえず下ごしらえは終了だ。
内蔵とか血は全部無限倉庫に放り込んでおく。
後は灼熱結界に閉じ込めて焦げないように気をつけつつも全体に熱を通せばサクッと巨大魚の丸焼きの完成である。
今回使った結界系の魔法は全部ビージが向こうで教わって覚えたものだ。
勇者に求められている最優先事項が復活する魔王の封印だからか、やたらと種類が多い。
あわよくば封印と同時に滅してくれようという考えが透けて見えるかのような凶悪なものもチラホラとある。
それを料理に使っていいのだろうかとも思うが、便利だからいいのだ。
出来上がったものから食べる分だけを切り取って残りは無限倉庫に入れておく。
こうしておけばエージやビージが気が向いた時に食べるだろう。
残ってたらまた今度食べればいい。
そうして、出来上がった焼き魚をおかずにして大量のご飯を腹に入れていく。
「ああ、超うめえ……」
予想通りスゥパシーフォックスは最初から程よくスパイスが効いていてただ焼いただけだというのにかなり美味しかった。
結局ご飯三合と、スゥパシーフォックスの身を5kg分を平らげてしまったが、この程度なんの問題もない。
それから十分ほど腹を休めてからトイレへと向かう。
準備が完了したので尿便意コントロールを使って消化を高速化し、食べたら出すという大自然の法則に身を任せた。
後は自己治癒力を魔法で高めてトレーニングの全工程を終了する。
「さて……やることが無くなっちゃったな……」
トレーニングも終わり、特にやるべきこともない。
そうなると当然考えてしまうのは笹倉さんのことだ。
今日、突然笹倉さんがやってきたかと思えば、彼女の悩みを聞き、彼女を傷つける存在のことを知った。
そんな存在に怒りを感じるが、そんな存在のおかげで彼女と急接近できたとも考える俺がいる。
もちろん笹倉さんを虐げ利用しようとしている時点で許せる存在ではないが、彼女と急接近するきっかけをくれたことだけには感謝してもいいだろう。
笹倉さんが言うには魔術師の能力を示すトーナメントは一ヶ月後とのこと。
早くその日が来ないかと思わずにいられない。
笹倉さんの顔を俯かせるものなど全てぶち壊さなければ。
そう、全てを。
「……よし、寝るか」
ふと、我に返りいろいろと考えがダークサイドに向かっていることに気づいた。
それが悪いとは思わないが、それに囚われるのはなんだかバカバカしいし、なんとなく笹倉さんに引かれそうな気もするからさっさと寝て一旦リセットしよう。
まだやや早い時間ではあるが、そもそも昨日から寝てなかったから丁度いいだろう。
そう決めてベッドに入り、数分後には俺は夢の世界へと旅立っていった。




